19 アンナSide 常夏の星
長くなりました。
白い砂浜。青い海。
風に揺れる椰子の葉と、冷たい飲み物を売る屋台。
アルビオン星間王国辺境植民星サマーセットは、到着した人間から順番に働く意欲を奪っていくような星だった。
アンナは砂浜へ降り立ち、胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。
(来た! 夏イベント!)
原作『ホリスタ』の期間限定イベント。
水着。海。限定衣装。そして、専用のイベントCG。
何もかも、ゲーム画面で見覚えのある景色が現実になって広がっている。
「海だな!」
マクシミリアンは、すでに上着を脱いでいた。
早い。
荷物を下ろすより、脱ぐほうが早かった。
「泳いでくる!」
「せめて荷物を置いてからにしてください」
コンラートが言うと、荷物が渡された。
「そういう意味じゃないんですけど」
その横では、ルーカスがウクレレを鳴らしていた。
首にはレイ、アロハシャツ、ハーフパンツ、サンダル。
完全に満喫している。
「……それ、いつ買ったんです?」
「さっき」
「馴染むの早くないですか!?」
ぽろん、と南国らしい音が返ってきた。
「コンラートもアロハシャツくらい着なよ。ほらほら」
「え、えぇ……」
「お待たせ!」
アンナが更衣室から戻ると、四人の動きが止まった。
風に揺れるストロベリーブロンド。
ビキニから伸びるしなやかな手足。
いつもマントに隠れている肩も腰も、今日は潮風にさらされている。
アルブレヒトは一度だけ目を伏せ、すぐに上げた。
「……似合っている」
「ありがとう!」
笑いかけられ、サマーパーカーの襟元へ手をやる。
暑い。
先ほどまでは、これほどでもなかった。
マクシミリアンは海を指差した。
「泳ぐか!」
「気が早い!」
コンラートもアンナと目が合う前に、荷物へ視線を落とした。
ルーカスのウクレレがぽろんぽろんと気の抜けた音楽を奏でる。
「皆さんは着替えないの?」
「僕は遠慮しておきます」
「俺も、こっちで」
コンラートは荷物を抱え直し、ルーカスはウクレレを掲げた。
アンナは頷いた。
水着の美男子が二人。
南国スタイルの美男子が二人。
背景は海。
(いい……)
夏イベントは、開始直後から非常によかった。
─────
波打ち際で遊び、屋台を眺め、日差しを避けて少し休む。
アンナが海へ目を向けたのは、ちょうどその頃だった。
(そろそろ、来るはず)
沖に、背びれが見えた。
すう、と水を切って近づいてくる。
大きい。
思っていたより、だいぶ大きい。
「サメェェェェ!!」
海水浴客の悲鳴が上がった。
マクシミリアンが振り向く。
「サメだな!」
「確認してる場合ですか!」
ビーチパラソルの下で休んでいたコンラートが立ち上がった。
水面が盛り上がる。
巨大な顎が開いた。
そのサメへ、紫色の触手が巻きついた。
「えっ」
アンナの声と同時に、サメが横倒しになった。
びりびりと痙攣する巨体。
その上へ、半透明の巨大な傘が覆いかぶさる。
クラゲだった。
サメを包める大きさの、クラゲだった。
海水浴客が悲鳴を上げながら、一斉に陸へ走った。
サメも大惨事だが、そのサメが食われている。
海の危険度が、今、ひとつ上がった。
さらに巨大なトビウオが跳ねた。全長四メートルはある。
波間から、やたら脚の多い甲殻類が這い出してきた。
「なんだあれ」
「あれって食えるのか?」
「やめておけ」
アルブレヒトは、マクシミリアンが指差した甲殻類を見もせず止めた。
「最近、こんなのばっかりなんだよねえ」
串焼き屋の青年が、屋台から顔を出した。
日に焼けた肌に、肩まで伸ばした金髪、垂れ目にチャーミングな笑顔。
顔がよい。声もよい。
アンナは、ぱっと振り向いた。
(ロジャー!)
現地加入のSSR。
格闘が得意で、夏イベントでは屋台を営んでいる。
「商売上がったりだよ。あ、お姉さんかわいいね。一本あげる!」
「わ! ありがとう! ほんとに原作どおりだ!」
「喜ぶところじゃないですよ!?」
コンラートが、海を指差した。
クラゲが浅瀬へ迫っていた。
先ほどまでサメだったものは、もう見えない。
「……大きいですね」
「今、怖くなりました?」
「ちょっと!」
─────
「海岸から離れろ! 浅瀬にも入るな!」
アルブレヒトの声が飛ぶ。
逃げる海水浴客の間を抜け、マクシミリアンが走った。
「騎士機は!?」
「ここでは出せん!」
浜辺には人がいる。
みんな端末をかかげ巨大クラゲやトビウオを撮影している。
浅瀬には、逃げ遅れた──野次馬までいる。
巨大な騎士機を下ろす余地など、どこにもなかった。
「なら、このままだな!」
マクシミリアンがボディボードを掴んだ。
「何する気です!?」
「盾!」
「それ、浮くためのものでは!?」
甲殻類の鋏が振り下ろされた。
マクシミリアンはボディボードで受けた。
受けた。
「なんでそれで盾が成立するの!?」
コンラートの叫びを背に、マクシミリアンが相手を押し返す。
砂を蹴り、甲殻類の横へ回り込み、殴った。
大きな殻が傾いた。
もう一発殴った。
ひっくり返った。
「よし!」
「よしじゃないですよ!」
隣では、アルブレヒトの蛇腹剣が魔力を帯びて伸びた。
襲いかかる触手を切り払い、返す刃で巨大魚を退ける。
パーカーの裾が風に翻った。
銀髪が水飛沫と太陽に照らされキラキラと輝く。
無駄に絵になっていた。
アンナは一瞬見とれ、それから慌てて魔導ユニットを構えた。
(戦闘中! 今、戦闘中!)
ピンク色の光が弾ける。
仲間たちを包んだ輝きが、その動きを軽くした。
ルーカスがウクレレを鳴らす。
ぽろん、ぽろろん。
陽気な音色に乗って、支援の魔力が広がった。
「曲だけ、すごく平和なんですけど!」
「夏だからね」
「状況を見てくださいよぉ!」
コンラートは回復用のユニットを握り締めた。
誰も彼の味方がいない。ツッコミの。
そこへ、屋台を閉めたロジャーが駆けてくる。
「こっちも手伝うよ! クラウス!」
「聞こえている」
もう一人、青髪の術師の格好をした青年が手を上げた。
(クラウスも!)
アンナの胸が弾んだ。
こちらも現地SSR。
ロジャーの友達で海洋学者。つまり海の生物特効の魔法使いだ。
原作どおりの参戦だ。
ロジャーが跳び、甲殻類を蹴り飛ばす。
クラウスの術が水面を走り、群れの進路を塞いだ。
「串焼き屋さん、強くないですか!?」
「焼く前の仕入れも大事だからね!」
「今の、仕入れなんです!?」
マクシミリアンが振り向いた。
「やっぱり食えるのか?」
「君は今、戦ってくれ!」
クラウスにまで突っ込まれている。
アンナは足元へ視線を落とした。
波に、薄く紫色が混じっている。
知っている。
これは、厄介な状態異常の予告だった。
「海中に毒が染み込んでいます! 麻痺に注意してください!」
「分かった!」
アルブレヒトが、迫る波から身を引く。
(やはり、先見か)
アンナの声に迷いはなかった。
彼はその警告を信じ、マクシミリアンへも下がるよう促した。
そのマクシミリアンが、片脚を振った。
「少し痺れた!」
「早い!」
コンラートが駆け寄る。
「こっちは腕!」
「僕も少し手が」
「待ってください、順番! 麻痺の解除と傷の回復、僕一人で!?」
右へ回復。
左へ麻痺解除。
後ろへ回復。
休暇に来たはずなのに、誰よりも走っていた。
─────
「あそこです!」
アンナが沖を指差した。
水面に、紫色の触手が何本も伸びている。
その根元が、ゆっくり持ち上がった。
巨大なイソギンチャクだった。
家より大きい。
触手は立派。
真ん中は、妙にぽってりしている。
どちらかというと、マスコットキャラクターのような可愛らしさがある。
あれだけの騒ぎを起こした元凶としては、少々締まりのない姿だった。
「あれを倒せばいいんだな!」
「なんで嬉しそうなんですか!」
コンラートは、マクシミリアンの肩を掴んで回復を終えた。
「はい、もういいです!」
「助かった!」
「次は避けてくださいね!?」
返事の代わりに、ボディボードが掲げられた。
触手が振るわれる。
マクシミリアンが受け止め、ロジャーが横から叩く。
クラウスの術が続き、切り開いた隙間へアルブレヒトの剣が走った。
ルーカスの演奏が速くなる。
陽気さは失われなかった。
海辺の昼下がりにぴったりの曲で、全員が必死に巨大イソギンチャクと戦っていた。
(なんで水着で、こんな本気の戦闘を……!)
アンナは魔力を練った。
原作では水着姿で戦うのが嬉しかった。
実際にやると、膝に砂がつく。潮が目に入る。防御面が心もとない。
限定衣装は、鎧ではなかった。
「アンナ!」
アルブレヒトが手を伸ばす。
「合わせられるか?」
「はい!」
彼の剣へ、ピンクオーロラの光が絡んだ。
クラウスが触手を抑える。
ロジャーとマクシミリアンが、前へ出た。
「道、空けるぞ!」
「任せて!」
巨大な触手が左右へ弾かれた。
アルブレヒトが踏み込む。
蛇腹剣が伸び、輝く軌跡を描いて、イソギンチャクの中央へ突き進んだ。
アンナは両手でユニットを支えた。
「いきます!」
星乙女の魔力が、剣を追い越した。
光。
水柱。
降り注ぐ海水。
巨大な体がぐらりと傾き、触手が次々に力を失っていく。
「うわっ、冷たっ!」
コンラートが頭を抱えた。
勝利の瞬間まで、濡れるのは平等だった。
崩れ落ちたイソギンチャクから、小さな球が浮かび出た。
紫黒の球。
アンナが手をかざす。
ピンクオーロラの魔力がそれを包んだ。
ぱりん。
薄い硝子を割ったような音がして、球は砕けた。
海面に広がっていた紫色が、薄れていく。
アンナは息を吐いた。
「終わりました……!」
「よし!」
マクシミリアンがボディボードを下ろす。
コンラートは膝に手をついた。
「僕、泳いでもいないのに……」
「腹減ったな!」
「僕の話を聞いてます!?」
─────
「今日はいっぱい焼くよー!」
ロジャーが炭火の前で腕を振るった。
戦闘が終わった。
海の安全を確認した。
バーベキューが始まった。
切り替えが、早かった。
網の上で肉が焼ける。
香ばしい匂いが潮風に乗る。
マクシミリアンの皿は、盛られては空になった。
「これは、普通の肉ですよね?」
「もちろん!」
「よかった……」
コンラートが安心して皿を受け取った。
ルーカスは、またウクレレを弾いていた。
ようやく景色と音楽が一致した。
「さっきは助かったよ」
ロジャーがアンナへ串を渡す。
「君たち、また旅に出るんだって?」
「はい」
「なら、俺も一緒に行こうかな。海が落ち着いたところだし」
「私も同行しよう」
クラウスが続いた。
アンナは串を持ったまま、顔を輝かせた。
「本当ですか!」
仲間加入。
ここもゲームプレイの記憶どおり。
隣から、アルブレヒトが皿を差し出した。
「熱い。気をつけて」
「ありがとう」
アンナが串を置くと、彼は自然に隣へ腰を下ろした。
肩が近い。
目が合う。
アンナが笑うと、アルブレヒトの口元も緩んだ。
少し離れたところで、コンラートがそれを見ていた。
「……仲いいな」
胸の奥が、ちくりとする。
羨ましいのか、面白くないのか。
考えかけたところへ、大きな皿が差し出された。
「肉、食わないのか?」
マクシミリアンだった。
「食べます」
「そうか!」
「どんどん食べて! まだ焼くから!」
ロジャーの声が飛ぶ。
コンラートは肉を一枚取った。
熱かった。
おいしかった。
考え事は、噛み終わってからにした。
─────
NEW!
《フォト機能が解放されました》
アンナの視界に、通知が現れた。
(これ!)
待っていた機能だった。
冒険の途中で仲間たちを撮影し、思い出を残せる。
あの夏イベントの、報酬のひとつ。
「みんなで写真を撮りませんか?」
「いいね! せっかくだし海を入れよう!」
真っ先に乗ってきたのはロジャーだった。
撮影位置を決め、皆を呼び、立つ場所まで張り切って指示する。
「アンナちゃんは真ん中! 公子様、その隣で!」
「ここか」
「うん、すごくいい!」
アルブレヒトの隣に、アンナが並ぶ。
海風に髪が揺れた。
彼がそっと、アンナの顔にかかった髪を払う。
「ありがとう」
「ああ」
「はい、そのまま! 今の感じで!」
ロジャーの声に、コンラートの背筋が伸びた。
「僕、どこを見れば」
「正面! そんなに固くならなくていいよ!」
「普通にしてるんですけど」
「じゃあ、もう少し普通に!」
難しい注文だった。
後ろでは、マクシミリアンが肉を食べている。
「せめて撮る間だけ置いてください」
「今か?」
「今です」
「これ食ってから」
「さっきから食ってるでしょう!」
ルーカスはウクレレを構えたまま、少しだけ横へ寄った。
クラウスがその隣に立つ。
ロジャーも急いで輪へ加わった。
全員、よく見ると少しずつボロボロだった。
髪は乱れ、服には潮がつき、マクシミリアンの足元には傷だらけのボディボード。
コンラートは回復で疲れ、笑顔が若干ひきつっている。
それでも、背景には青い海があった。
光を浴びて笑うアンナ。
その隣に寄り添うアルブレヒト。
賑やかな仲間たち。
アンナが知っている、夏イベントの一枚だった。
「撮ります!」
光が瞬いた。
写真の中でも、マクシミリアンは肉を食べていた。
─────
アンナは、撮れた写真を眺めた。
少し笑ってしまった。
ゲームの絵より、皆ずっと落ち着きがない。
それでも、こうして残してみると、やっぱり素敵だった。
(ちゃんと、進んでる)
夏イベント。
モンスター撃破。
新しい仲間。
アルブレヒトとの時間も、フォト機能の解放も。
全部、原作どおり。
アンナは写真を閉じ、青い海へ目を向けた。
「アンナ! 肉なくなるぞ!」
振り返る。
マクシミリアンが皿を掲げていた。
「ほとんどあなたが食べてるんでしょう!」
「焼けてるぞ!」
コンラートの指摘は、肉の追加で処理された。
ロジャーが笑い、ルーカスがウクレレの弦を鳴らす。
アルブレヒトが、アンナの隣の席を空けて待っていた。
「今行くー!」
アンナは、砂を蹴って駆けていった。
─────
遠く離れた、暗い場所。
歪んだホログラムが浮かび上がっていた。
ホーエンフェルス。
槍が抜かれ、解放される精霊。
映像が乱れ、切り替わる。
サマーセット。
砕ける紫黒の球。海のヌシを縛っていたものが消え、その前に星乙女が立っている。
ヴェールやフードで顔を隠した者たちが、無言で記録を見つめていた。
ホリスタのヴィラン達である。
その一人が、画面へ手を伸ばした。
腰まで届く長い髪が揺れる。
男の姿をしたその者の、紫色の唇が開いた。
「……これが」
指先が、映像の中のアンナをなぞった。
「星乙女?」
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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