18 監査の結果……!?
「殿下。ネーベル監査官より、正式な報告が届きました」
侍従のオスカーが差し出した報告書を、皇太子エアハルトはすぐに開いた。
人材不足。
資金不足。
物資不足。
「ほう」
通信インフラは未整備。行政機構はいまだ仮設。各部署から人員の補充要請が相次いでいる。
「やはり苦戦しているではないか」
エアハルトは満足げに頷いた。
そうだろう。
そうでなければ困る。
元婚約者のエレオノーラ。
十八歳の令嬢が、惑星を一つ与えられた程度で、何もかもうまくできるはずがない。
安心して、次のページをめくった。
移民流入は継続。
企業進出も増加。
区画整理およびインフラ復旧は順調に進展。
「……?」
ページを戻す。
足りない。
めくる。
増えている。
エアハルトは二枚を並べた。
「オスカー」
「はい」
「これは同じ星の話か」
「はい」
地上側に新宇宙港の建設計画。
現地住民への説明完了。
救難体制と哨戒体制の構築。
知らないうちに、仕事の種類まで増えている。
エアハルトは総括へ目を移した。
「『慢性的な人材・資金・物資不足ではあるが、原因の大半は開拓速度が供給能力を上回っているため』……待て」
読み直した。
開拓速度が、供給能力を上回っている。
要するに、進みすぎて人手が足りないらしい。
「これは失敗報告ではないのか!?」
「監査報告ですので……」
「なぜ上手くいっている!」
オスカーは少し考えてから、黙ることにした。
エアハルトは末尾へ目を走らせる。
追加人員の派遣を推奨。
資材輸送枠の拡張を推奨。
通信衛星整備を推奨。
その下には、必要な職種と資材、それぞれの優先順位まで記されていた。
「なぜ、あいつを助ける方法が書いてある!」
「改善勧告かと」
「見れば分かる!」
腹が立つほど、よくできた報告書だった。
─────
後日。
帝国議会へ、ノイエルデの監査報告が正式に提出された。
議員たちは資料をめくり、表を見比べた。
「人員不足は深刻ですな」
「資材も不足している」
「通信網も急ぐ必要があるでしょう」
そこまでは、エアハルトの読み方と同じだった。
「しかし、これは開拓速度に供給が追いついていないだけでは?」
「むしろ成長が想定以上なのではありませんか」
「企業の進出件数をご覧ください」
議員たちが頷き合う。
不足の原因と、必要な支援が分かる。
優先順位もある。
数字も揃っている。
話が早かった。
「この段階で監査を入れたのは、適切な判断でしたな」
「ええ。問題が大きくなる前に洗い出せた」
「皇太子殿下の先見の明でしょう」
その言葉を聞いたエアハルトの頬が、ぴくりと動いた。
褒められた。
褒められているのに、少しも嬉しくない。
「開拓補助金に加え、インフラ整備費の措置を」
「資材の輸送支援も必要です」
「通信網整備は、今後の行政運営にも直結しますな」
話が進むたび、エレオノーラのところへ届くものが増えていく。
止めたい。
だが、先見の明があると褒められたばかりだった。
「殿下も、現地の窮状を案じておられたのでしょう」
エアハルトは口を開いた。
案じてなどいない。
窮状を楽しみにしていた。
さすがに、それは言えなかった。
「……当然だ」
オスカーは、皇太子の椅子の肘掛けから目をそらした。
指が食い込んでいた。
─────
議場のやり取りを、フェリクス・フォン・ファルケンラート公爵は、穏やかな笑みを浮かべて聞いていた。
明るい金茶の髪。
金の瞳。
そして、美形。
皇室傍系の血を引き、社交界では《若き鷹》と呼ばれる人気者である。
「土地を配る、ね」
彼は政策の項目へ指を置いた。
「百年間の居住を条件に、永久所有を認める……なるほど」
帝国の土地には、たいてい先客がいる。
皇族。
大貴族。
その下に連なる領主たち。
寄親も、有力な会社も持たない都市貴族であれば、爵位があったところで新たな利権には手が届かない。
まして、自分の土地を持たない企業や個人なら、なおさらだ。
そこへ、百年住めば自分のものになる土地が現れた。
百年は、そこで暮らし、事業を続ける見通しを立てられる。
「では、人も資本も集まる」
フェリクスは隣の者へ、にこりと笑いかけた。
「商会の進出準備を。銀行、保険、それから船会社にも話を通しておいてくれ」
「すべてですか?」
「人が移れば、物を買う。家を建てれば、金を借りる。船が増えれば、保険も必要だろう?」
資料を一枚めくる。
輸送枠不足。
「ほら。運ぶ仕事も、もうある」
「ですが、皇太子殿下とヴァルテンベルクのご令嬢は……」
フェリクスは、向こうにいるエアハルトへ目を向けた。
「殿下のご判断で、必要な支援が明らかになった。喜ばしいことだね」
笑顔は変わらない。
皇室への忠誠と、皇太子個人の好き嫌い。
その二つを同じ勘定に入れるつもりはなかった。
まして、商売の帳簿には。
「国庫から支援が出るなら、進出の条件もよくなる」
「では、支援決定を待ってから」
「準備は今からでいい」
フェリクスは資料を閉じた。
「皆が気づいてからでは、よい場所がなくなるよ」
─────
こうして、ノイエルデへの正式支援が決まった。
開拓補助金。
インフラ整備費。
輸送支援。
通知を受け取ったエレオノーラは、ぱっと顔を輝かせた。
「まあ! 助かりますわ!」
次の行を読んだ。
皇太子殿下の先見の明により。
顔から笑みが消えた。
「……ここ、必要ですの?」
セバスティアンが書面を覗く。
「お嬢様の領主任命、監査の派遣を命じたのは、殿下でございますので」
「それは存じておりますけれど!」
エレオノーラは紙を置いた。
もう一度、補助金の項目を見る。
嬉しい。
皇太子の項目を見る。
腹が立つ。
補助金へ戻る。
「……お金はいただきますわ」
「もちろんでございます」
─────
「お前たちはクビだ!」
遠隔会議が始まった。
挨拶はなかった。
仮設役所で画面に向かっていたネーベルは、そのまま固まった。
「……は?」
隣の部下たちも顔を上げる。
「え?」
「全員だ! 監査任務を解く。帝都側の所属も外す!」
ネーベルは画面を見つめた。
聞き間違いではない。
部下も聞いている。
全員、同じ顔をしていた。
「殿下。監査報告に誤りがございましたか」
ネーベルは指で眼鏡を直した。
「そういう話ではない!」
「では、どのような」
「以上だ!」
通信が切れた。
黒くなった画面に、監査団一同の顔が映る。
誰も動かなかった。
やがて、部下の一人が口を開いた。
「……我々、今、どこの所属ですか」
ネーベルは答えようとして、答えがなかった。
─────
監査に来た。
帳簿を見た。
不備を指摘した。
指摘した分だけ、書類が増えた。
会計を手伝い、案内表示を出し、工事現場の誘導灯まで担当した。
救難にもついていった。
ワイバーンの前で幻影を出しながら、それでも自分は監査役なのだと思っていた。
報告書は、きちんと仕上げた。
そして、クビになった。
「……私は何をしていたんでしょうね」
肩に、ぽん、と手が置かれた。
振り向くと、セバスティアンが微笑んでいた。
「……何でしょう」
「ちょうど人手が足りておりません」
「嫌な予感しかしませんが」
「監査官としてではなく、正式にこちらへいかがでしょう」
ネーベルは、執事の背後を見た。
イルゼがいた。書類を抱えていた。
廊下では職員が、誰か手の空いている者はいないかと呼んでいる。
別の職員は、魔法支援の依頼を持っていた。
手の空いた者なら、今、ここに数人できたばかりだった。
「……選択肢は?」
「ございますよ」
「本当に?」
セバスティアンは、にっこりと笑った。
「行政、監査、魔法支援のどれになさいます?」
アドリアンは、肩に置かれた手を見た。
「職種の選択肢ですか」
通りかかったエレオノーラからも声がかかる。
「では、うちで働けばよろしいですわね」
にっこり。
ネーベルは咳払いした。
「前向きに検討させていただきます」
土曜日なので2話投稿しました。
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