16 それでも人材不足ですわ!
惑星ノイエルデ、エレンシュタット(仮)。
そこにある領府暫定役所──という名の、エレオノーラの執務室。
もはやここが市役所なのか、領府役所なのか、それとも領主専用プレハブなのか、誰にもよくわからない。
「行政官が足りないよ」
会計担当の老婆イルゼが言った。
「人手が足りませんね」
皇太子エアハルトより遣わされた監査官ネーベルも続けた。
最近はもっぱら監査というより、ありとあらゆる事務作業の補佐をしている。激務のあまり、視力の低下まで感じ始めていた。
二人の視線の先にいるのは、弱冠十八歳の領主、エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルク。
今日も今日とて、膨大な移民の入植申請、決裁、苦情対応、各所との調整に追われていた。
エレオノーラは、机の上を見た。
端末。書類。端末。書類。
片づけると、次が来る。
最近は、片づける前に来る。
「人口は増えておりますのに?」
「増えているからです」
イルゼが端末を操作すると、ノイエルデの地図が表示された。
集落を示す印が、あちこちに増えている。街区も増えている。道路も延びている。
喜ばしい。
喜ばしいのだが、その全部から問い合わせが来る。
「各街区や集落に、行政を取りまとめる責任者が必要です。市長に当たる人物ですね」
ネーベルが続ける。
「現状では、現地で判断すべき案件まで、すべてこちらへ上がってきます」
「予算の確認も同じです。中央で一件ずつ見ていては、日が暮れます」
「暮れておりますわね」
「昨日も暮れたよ」
イルゼの返事が重い。
エレオノーラは、そっと執事セバスティアンを見上げた。
「代官や執政官が欲しいですわ」
「平民であれば、志望者はおります」
「でしたら、その方々を」
「ですが、行政経験がございません」
開きかけた扇が止まった。
「……駄目ですの?」
「いきなり都市を一つお任せするには、難しいかと」
「小さめの都市でも?」
「規模の問題だけではございません」
小さいところから試す案は、早々に却下された。
「まずは書記や役所の職員、補佐官として実務を学んでいただく必要がございます」
「その育成は進めるべきですね。ただ、教える側の人手も必要です」
ネーベルが付け加える。
人手が欲しい。
人を育てれば増える。
育てる人手が欲しい。
「ぐるぐるしておりますわ……」
エレオノーラは扇を閉じた。
「今すぐ現地へ行って、よろしく頼みますわ、とお任せできる方はいらっしゃいませんの?」
「経験者となりますと、ほぼ貴族階級になります」
「…………」
なるほど。
土地を治める経験なら、土地を治めてきた人間に頼むのが早い。
「では、貴族を募集すればよろしいのでは?」
名案だった。
募集なら慣れている。
面談も慣れている。
セバスティアンは、穏やかに問い返した。
「お嬢様の下で働くことを希望する貴族が、現在どれほどおりますでしょうか」
「…………」
エレオノーラは、これまでの面談を思い返した。
移民。職人。商人。技術者。労働者。
来た。
いっぱい来た。
船が渋滞するほど来た。
「……そういえば」
エレオノーラは、ゆっくりと口を開いた。
「わたくし、平民ばかり面談しておりますわね?」
「はい」
返事が早い。
エレオノーラが招聘した専門家チームも全員平民である。
名前の真ん中に「フォン」が入っていて、しかも都市を任せられる人材。
その条件で面談の記憶を探すと、急に候補が見当たらなくなる。
フォン持ちの金枠なら引いた。アルビオンからのスパイだったが。
しかし金枠だからといって、市長経験がついてくるわけではない。
「貴族向けの募集が、届いておりませんの?」
「届いていないというより、応募に至っていないものと」
「つまり……わたくしの下で働きたい貴族、おりませんのね」
口に出すと、思った以上に寂しかった。
イルゼが書類へ目を落とす。
ネーベルが書類へ目をむける。
セバスティアンは、いつもの落ち着いた美声で続けた。
「商人であれば商機を、移民であれば土地や仕事を求めて参ります。しかし貴族が代官として仕えるとなれば、お嬢様へ臣従するという意思表示になります」
「お仕事の応募ですのに」
「家として、どなたにつくかという話でございます」
派手に婚約破棄され、中央から追放された十八歳の令嬢。
赴任先は、辺境の元流刑地。
開拓は進んでいる。商売も回り始めた。
ただし、まだ半年も経ってない。
履歴書を送る側からすると、なかなか思い切りが必要だった。
「では、寄子貴族からは? お父様のところにはいらっしゃいますでしょう?」
「まだ連絡はございません」
「どうしてですのーーー!?」
実家のつながりまで、待機中だった。
「やはり、様子見かと」
「企業はあんなに来ていますわよ!?」
「企業は利益が出なければ撤退できますので」
「…………」
儲かりそうだから来ました。
儲からないので帰ります。
商売なら、それで済む。
臣従しておきながら、思っていた職場と違いました、と帰るのは難しい。
「それに、地方領主ではなく、惑星ひとつを丸ごと領有する領主が十八歳というのは、前代未聞でございます」
「…………」
エレオノーラは自分を指さした。
セバスティアンがうなずいた。
指を下ろした。
それから、机に額をつけた。
「お嬢様。書類が」
「今だけ下敷きになっていてくださいまし……」
足りないのは行政官。
集まらない理由は領主。
募集要項のいちばん上で、引っかかっていた。
「親御様に不幸があり、未成年で一地方を相続した例なら、過去にもございますが」
机に伏せたまま、エレオノーラはくぐもった声を返した。
「慰めになっておりませんわ……」
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