12 南の島の大混乱
「お嬢様は?」
イルゼが仮設役所の執務室へ踏み込んだ。
書類を抱えた職員が、びくりと肩を跳ねさせる。
「緊急事態でして、出動なされました」
「じゃ、ネーベル監査官は!?」
「同行しております」
イルゼの目が細くなった。
「ネーベル監査官……さぼったわね!」
職員は抱えた書類を、少しだけ胸元へ引き寄せた。
「あとで承知しないよ!」
「い、いえ、本当に緊急事態でして」
「緊急事態と監査役は関係ないでしょう」
職員は口を開き、閉じた。
「……そう言われてみたら?」
「でしょう!?」
─────
「……なぜ、私までいるんでしょう」
救難へ向かう飛行船内で、アドリアン・ネーベルは膝の上の手を見つめていた。
窓の外には海が広がっている。
「そう言われてみれば?」
斜め向かいに座るエレオノーラが首を傾げた。
セバスティアンも、静かに視線を向ける。
「まだ監査する書類が山積みでしたよね」
「……」
ネーベルは咳払いをした。
アクセルがくっくっと笑った。
「帰ったら大変そうだな」
「現地調査も監査の一環です」
「さっき、なんでいるんだって言ってなかったか?」
「現地調査も監査の一環です」
二度目は、少しはっきり言った。
─────
島は、上空から見ても散らかっていた。
砂浜には中型船。
その周りに、箱、家具、建材。
建設途中らしき柱に、日除けの布だけが吊られている。
その下で、金髪の青年が何かを怒鳴っていた。
向かいには、二足歩行のトカゲに似た住民たち。
こちらも負けずに怒鳴っている。
戦闘機形態の騎士機を着陸させ、ディートリヒは操縦席から降りた。
「救難信号を確認した! 負傷者は!」
「おお! ようやく迎えが来たか!」
クレーメンスが駆け寄ってきた。
「まず僕を帝都へ送ってもらおう!」
「負傷者は?」
「それと荷物だ。そこのソファは高かったんだぞ」
住民の一人が、クレーメンスを指差した。
ギャアギャアと、鋭い声が飛ぶ。
言葉は分からない。
ただし、ものすごく怒っているのは分かった。
「……何をしたんです?」
「見れば分かるだろう! 早くあいつらを焼き払え!」
ディートリヒは、クレーメンスを見た。
住民たちを見た。
もう一度、クレーメンスを見た。
「まず、どうしてこうなったのか」
「私が説明いたします」
老執事が、疲れきった顔で進み出た。
─────
エレオノーラが砂浜へ降り立つと、クレーメンスはぱっと顔を明るくした。
「君が新しい領主か!」
「エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルクですわ」
「ちょうどいい。この島を僕に譲れ!」
エレオノーラのブーツが、砂の上で止まった。
「救難希望された方が、なぜ土地交渉を始めてますの?」
老執事が深々と頭を下げた。
なかなか上がってこなかった。
同行した職員たちが、魔導翻訳機を持ち出す。
「まず、お話を順番に」
その声へ、大きな影がかぶさった。
エレオノーラは顔を上げた。
入道雲の向こうから、赤い翼が現れる。
広い。巨大だ。
それが羽ばたくたび、砂浜へ風が叩きつけられた。
住民たちが、一斉に騒ぎ出す。
「あいつだ!」
クレーメンスが空を指差した。
「あいつが僕の開拓を邪魔するんだ!」
エレオノーラは、翼の持ち主とクレーメンスを交互に見た。
「あなた、何をしましたの?」
「巣が邪魔だったので撤去を」
全員が黙った。
風にあおられ、日除けの布がばたばたと鳴った。
「バカですの?」
今度は、セバスティアンも止めなかった。
翻訳機から、途切れ途切れの声が流れる。
『空と……炎……翼の神……怒らせた』
『出ていけ。この島から』
『こいつを、連れて帰れ』
ディートリヒは老執事へ向き直った。
「説明は、あとで伺います!」
騎士機へ駆け戻る。
エレオノーラは空を見上げたまま、目を細めた。
「あれはリオレウ……」
「赤色のワイバーンです、お嬢様」
「……そうでしたわね!」
セバスティアンが手袋を整えた。
次の瞬間には、砂を蹴って空へ上がっている。
護衛たちはエレオノーラの周りに展開した。
『住民を避難させてください!』
ディートリヒから通信が入る。
「わかりましたわ!」
エレオノーラは職員たちへ振り向いた。
「皆様を船の陰へ! 荷物は後ですわ!」
「僕のソファは!?」
「後ですわ!」
─────
赤色ワイバーンが口を開いた。
炎が噴き出す。
ディートリヒ機が急上昇し、セバスティアンたちが左右へ散った。直後、炎が空を横切った。
熱風が砂浜まで届く。
護衛騎士たちが魔力で防御盾を構築する。
エレオノーラは思わず顔を扇でかばった。
「大きいだけではありませんのね!?」
ワイバーンが翼を振る。
騎士機がその一撃をかわし、懐へ飛び込んだ。
「いいねぇ!」
アクセルの目が輝いた。
「俺も混ぜてくれよ!」
『ヴォルフ様は飛べないのでは』
通信越しにセバスティアンの声がした。
「船なら飛べる。呼んでいいか?」
「ダメですわ!」
「まだ何もしてねぇよ」
「絶対に主砲撃つって顔してましたわ!」
「バレてやんの」
アクセルは口元を指でなぞった。
笑みは引っ込まなかった。
エレオノーラは、隣へ向き直る。
「ネーベル!」
「嫌な予感がしますね」
「飛んで援護してくださいませ!」
「魔法使いだから全員飛べるわけではありません!」
エレオノーラが目を丸くする。
「あら……でも、ディートリヒは生身でも飛んだり戦えると伺ってますわ」
「あれは魔力も身体能力もエリートクラスの、魔人とか超人です!」
「そんなに!?」
「はい」
二人で空を見た。
黒い燕尾服の執事も空中で戦っている。
「執事にもできますわよ?」
エレオノーラは首を傾げた。
「一般魔法使いと執事を比較しないでください!!」
─────
コックピットの中で、ディートリヒは歯を食いしばっていた。
全身が汗ばんでいる。
拡張感覚が繋がっているせいで、ワイバーンの爪が掠めるたび、まるで自分の肌をなぞられたような悪寒が走った。
息が浅い。
操縦桿を握る手に、力がこもりすぎている。
それでも、止められなかった。
視界の端に、砂浜のエレオノーラが映る。
(ここで退くわけには……!)
ワイバーンの尾が振られる。
紙一重で躱す。
機体の外側で起きていることのはずなのに、心臓は自分の胸の中で、ばくばくと痛いくらいに鳴っていた。
─────
「ディートリヒ!頑張ってー!」
閉じた扇をブンブンと振った。
騎士機がワイバーンの爪を受け流し、剣を叩き込んでいた。
ワイバーンも負けじと噛みついた。
「巨大すぎます」
ネーベルが青ざめる。
ワイバーンは翼を広げただけでも数十メートルはある。
「……そう言われると、確かに普通の大きさではありませんわね」
アクセルがネーベルの肩へ手を置いた。
「なあ、俺を飛ばしてくれよ」
「嫌です」
「即答かよ」
ネーベルはこめかみを押さえた。
すでに現地に来たことを後悔していた。
「飛べませんが、できることはあります」
彼が片手を上げた。
空に、もう一機のディートリヒの騎士機が現れた。
続いて、セバスティアンが二人。
追加で四人。
さらにその後ろへ、騎士機が広がっていく。
「まあ!」
ワイバーンの首が右へ向いた。
左からも騎士機が迫る。
噛みついた。
歯は空を切った。
本物のディートリヒ機は、その脇を抜けていた。
「さすが配布SSR!」
「何の話です?」
アドリアンが指先を動かす。
偽の部隊が一斉に降下した。
ワイバーンが翼を持ち上げ、そちらを迎え撃つ。
がら空きになった側面へ、本物の攻撃が入った。
「やっぱり攻撃も上がりますわ!」
「ですから、何の話なんです?」
ワイバーンが身をよじる。
その視線を、次の幻影がさらっていった。
エレオノーラは扇を握り締めた。
やはりネーベルは配布として、あまりにもお得だった。
「僕の島を荒らすなぁ!」
銃声がした。
全員の顔が、音のした方へ向いた。
クレーメンスが猟銃を構えていた。
赤色ワイバーンの目が、地上を捉える。
大きく息を吸い込んだ。
「「「お前は黙ってろ!」」」
地上と通信から、声が重なった。
「な、なぜ僕が怒られる!?」
ディートリヒ機が急旋回する。
セバスティアンたちが魔法を放ち、ワイバーンの顔をそらした。
炎が海面をなめ、白い蒸気が噴き上がった。
クレーメンスの銃を、老執事が無言で取り上げた。
騎士機ことキャヴァリエは概念的にはゴーレムとか鎧なので痛覚はありません。
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