11 不法占拠ですわよ!?
突き抜ける青空に、もくもくと育つ入道雲。
白い砂浜へ、透き通った波が寄せては返す。
椰子の木が鬱蒼と茂る南の島。
その向こうには、透明度の高いエメラルドグリーンの海が広がっていた。
「ふふ。気に入った、気に入ったぞ!」
その絶景を前に、金髪の青年が胸を張った。
カッパのように切り揃えた髪。誇らしげに突き出た前歯。
クレーメンス・フォン・ノイマン子爵令息である。
「ここを僕の島とする!」
到着して、まだ五分だった。
「ぼっちゃま。初期審査だけでもお受けになりませんと……」
高級中型船から追いかけてきた老執事が、端末を差し出した。
「ふん、後から連絡でも問題ないとあるではないか!」
「こちらには『先行して着陸した方は、お近くの公務員にご連絡ください』と」
「ならば、そのとおりにすればよい!」
老執事は辺りを見回した。
海。
砂浜。
鬱蒼とした森。
お近くの公務員に連絡がつきそうにない。
救難信号であれば、届くかもしれないが。
「ウオォー! 僕の島ダァー!」
クレーメンスが両腕を突き上げた。
エレオノーラの星である。
「ここに水上コテージだ! 日除けのカーテンを吊って、耐水クッションとソファを置く!」
「ぼっちゃま」
「あそこには僕の本拠コテージ。この辺りはビーチバーだな」
「ぼっちゃま」
「ホテルもいいなぁ。ここに誘致しよう!」
指を差すたび、彼の目には夢の建物が見えていた。
「ぼっちゃま」
「なんだ」
「まずは伐採の必要がございます。せめて、その前に周囲の安全を確かめませんと」
「チッ、めんどくさいなぁ」
彼らから、はるか後方。
ガサガサ。
茂みが動いた。
─────
執務室隣の控えの間。
「詩吟ですか」
「はい」
ディートリヒは、目の前に置かれた教本を見た。
食事作法やら立ち方やら、覚えることは山ほどあった。
今日は詩である。
「俺には……」
「上流階級では、比喩や詩に愛の言葉や求婚の意思を託すことがございます」
セバスティアンがページを開く。
「そして時には、暗号として用いられることも」
「暗号ですか」
「お嬢様のおそばに立つなら、知っておくべきでしょう」
「はい」
それならば仕方がない。
ディートリヒが背筋を伸ばすと、横から声がした。
「詩吟ねぇ」
隣の席で、アクセルが茶を飲んでいた。
「なんでヴォルフ氏までいるんですか」
「姫さん、いま本船と会議中でさ。俺も暇で」
「俺の勉強を見ていても、暇でしょう」
「いや?」
アクセルは楽しそうだった。
「なお、女性側からは返歌を贈る文化があり、その内容によって相手への態度を図ることができます」
セバスティアンが続ける。
ディートリヒは慌ててノートへ向き直った。
「はい」
「大変だねぇ」
「では、例題です」
セバスティアンが教本の一節を示した。
「もしお嬢様から、『月が綺麗ですね』に類する詩を贈られた場合、どう返しますか」
ディートリヒは眉を寄せた。
お嬢様から。
月についての詩。
「……警戒します」
「なぜです」
「暗号の可能性が」
「恋文です」
横で、茶器がかちゃりと鳴った。
アクセルが口元を押さえている。
「軍人すぎんだろ」
「先ほど、暗号にも使われると仰ったではありませんか」
「その可能性だけを覚えないでください」
「では、どう覚えれば」
「詩全体と、相手との関係をお考えください」
「……はい」
教本を見直す。
月の下には、花についての詩があった。
こちらも何か暗号を警戒すべきなのだろうか。
「では、実際に作っていただきましょう」
「作る?」
「想いを寄せる女性へ、一首」
「い、今ここでですか!?」
「姫さん宛て?」
ディートリヒはアクセルへ振り向いた。
「違います!」
「私は何も申し上げておりませんが」
今度はセバスティアンへ振り向いた。
二人とも、こちらを見ている。
ディートリヒは、ゆっくり正面へ戻った。
「……例題ですよね」
「はい。どなたを思い浮かべていただいても」
「分かりやすいな」
「少し静かにしていただけますか!」
白紙にペン先を置く。
点ができた。
点から先へ、まるで進まない。
そのとき、ディートリヒの通信端末が鳴った。
「通信です!」
ディートリヒが顔を上げた。
反応が早かった。
連絡はオットーからだった。
『改良型の試作機を届けにきたぞ! 乗りに来んか!』
「すぐ参ります!」
今度は返事が早かった。
ペンに蓋をして、ノートを閉じる。
アクセルがにやにやと見送った。
「命拾いしたなぁ」
「何の話ですか」
「ディートリヒ様」
立ち上がったところで、セバスティアンに呼び止められた。
「続きは、戻られてから」
「……はい」
恋文は、宿題になった。
─────
輸送機で搬入された愛機を前に、ディートリヒはようやく息をついた。
こちらなら、何をすればいいか分かる。
パイロットスーツに着替え、操縦席へ乗り込んだ。
ノイエルデには、他の空騎士たちも順次配備される。
哨戒。
移民船や輸送船の監視。
救難信号を拾い、事故や災害があれば駆けつける。
人は足りない。
星は広い。
飛べる者には、飛んでもらうほかなかった。
「電源投入。表示、正常」
見慣れた画面が立ち上がる。
OSは変わっていない。
ディートリヒは操縦桿を握り、魔力を通した。
「……お?」
拡張感覚が、一気につながった。
明らかに事故前より速い。
機体の指先。
足元の接地。
翼の開き具合。
確かめようと意識を向ける前に、もう分かる。
ゆっくりと機体の手を開く。
自分の手を開いたようだった。
「すごい……自分の体のようだ」
『そうじゃろ、そうじゃろ!』
『せっかく魔導炉を改良したんじゃから、それを伝える魔力網も構築し直したぞい!』
通信越しのオットーは、声だけでも胸を張っていると分かった。
機体を浮かせる。
慎重に高度を上げ、進路を変えた。
ついてくる。
思ったとおりに、ぴたりと。
「これも順次配備で?」
『うむ! そのための試作品じゃ!』
「これは、かなり使いやすいです」
『よしよし。無事、爆発せぬよう……』
「ば、爆発!?」
ディートリヒは操縦桿を握り直した。
「今、何と?」
『安全性の確認も兼ねとるということじゃ。試作機じゃからな』
「飛ばす前に言っていただけますか!?」
計器を見る。
正常。
別の表示を見る。
正常。
全部正常なのに、気持ちだけが異常事態である。
そこへ、電子音が鳴った。
「っ!」
反射的に表示を確認する。
機体の異常ではない。
救難信号だった。
はるか南方、島嶼部方面から発信されている。
ディートリヒは顔を引き締めた。
「救難信号を捕捉。管制、受信していますか」
座標を確認し、戦闘機形態へ移行する。
機首を南へ向けた。
「これより現地へ向かいます」
─────
執務室。
「緊急通信です!」
会談を終えたエレオノーラのもとへ、地上管制から連絡が入った。
「まあ!」
セバスティアンが端末を確認する。
アクセルも、壁に寄りかかっていた姿勢を正した。
「南方島嶼部で救難信号を受信。バウアー機も捕捉し、現地へ向かっております」
「まあ、さすがディートリヒですわ」
「それで、何がありましたの?」
貴族所有の中型船が、島から離陸できないという。
燃料が足りず、物資も不足しているらしい。
さらに、現地住民と揉めている。
エレオノーラは眉間へ指を当てた。
「……ちなみに、どなたですの?」
「クレーメンス・フォン・ノイマン子爵令息を名乗っております」
あまり聞き覚えはない。
少なくとも、ヴァルテンベルクの寄子貴族ではない。
下位貴族であれば、無所属派だろうか。
「何をしてますの、その方」
「島を自領だと主張しております」
指が止まった。
「わたくしの領地で?」
「はい」
セバスティアンが答えた。
エレオノーラは少し考えた。
考えても、感想は変わらなかった。
「バカですの?」
「お嬢様、お言葉が」
「では、どう申し上げれば?」
「……まずは状況の確認を」
言い換えは出てこなかった。
ネーベルが横から口を挟む。
「しかし、現地住民とは?」
エレオノーラは顔を上げた。
「……そうですわね?」
燃料不足。
物資不足。
人の島で領有宣言。
手前の情報が邪魔すぎて、聞き流しかけていた。
「初耳でしてよ」
「初遭遇です」
セバスティアンが端末の情報を確かめながら答えた。
エレオノーラは頭を抱えた。
自分の惑星に、知的種族がいた。
第一報を持ってきたのは、調査隊ではない。
勝手に降りて、勝手に占有した子爵令息が、現地住民とトラブルを起こした。
「現時点の情報では、原始的な文明を持つ、爬虫類型の二足歩行種とのことです」
「その方々と、揉めておりますのね?」
「そのようです」
エレオノーラは、ゆっくりと顔を上げた。
セバスティアンを見る。
アクセルを見る。
ネーベルを見る。
誰も、ただの燃料配達で済むとは言ってくれなかった。
「つまり、わたくしが向かう事態、と」
シルバーウィークなので2話投稿しました。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております!




