10 アンナSide 救星の乙女
ノイエルデで移民船が渋滞し、エレオノーラがまだ海賊と基地をガチャで引いていた頃。
星乙女アンナは、ひとつの星を救おうとしていた。
ホーエンフェルス公爵領。
帝国三大公家の一角が治める、巨大な勢力圏である。
支配下の惑星数こそヴァルテンベルク家にやや及ばないものの、多数の宇宙コロニー、人工居住区、資源拠点を所持している。
その中核たる主惑星ホーエンフェルスは、十九年間、まともに恒星の光を浴びていなかった。
─────
船の扉が開いた途端、頬を刺すような冷気が吹き込んだ。
アンナは小さく肩をすくめ、マントの前を押さえた。
白い。
どこまでも、白い。
降り積もった雪の上に、暗い空が重く垂れ込めている。昼のはずなのに、夕暮れよりも光が乏しい。
「足元に気をつけて」
差し出された手を、アンナは見上げた。
アルブレヒトが待っていた。
その声は優しかったが、故郷へ戻った喜びは、表情のどこにも見当たらなかった。
「……ずっと、こんな空なの?」
「ああ。十九年になる」
彼の手を取り、雪を踏む。
きゅ、と靴底が鳴った。
気温は下がり続け、氷雪域は年々広がっている。農地が雪に埋もれるたびに食料輸送が増え、暖房と魔力の供給は膨らみ続けた。
コロニーへの避難。地下施設の整備。あらゆる気候対策。
帝国屈指の大公爵家が、持てる力を注いでいた。
それでも、冬を終わらせることだけができない。
船内で目にした報道の見出しが、アンナの脳裏をよぎった。
──主惑星ホーエンフェルス、全球凍結の危機か。
隣に立つアルブレヒトは、暗い空を見つめていた。
アンナは、取った手に少しだけ力を込めた。
「行きましょう、アルブレヒト」
彼がこちらを見る。
「まだできることがあるわ」
雪の中、ストロベリーブロンドの髪が揺れた。
白と金、水色をまとった星乙女。
滅びかけた故郷へ、彼女を迎えた公爵家の青年。
『銀河聖国の星乙女 ―Holy Star Maiden―』、
アルブレヒトストーリー。
まさしく、物語の始まりであった。
─────
異変の原因を追う旅は、古い教会の地下から始まった。
長い年月、誰にも触れられることなく残されていた、禍々しい封印。
それを解くことができたのは、星乙女であるアンナだけだった。
封印が消えた、その先。
地下へ続く道には、冷気が満ちていた。
吐く息が白く染まり、岩肌には薄い霜が張りついている。
進めば進むほど寒さは増した。
そして、その闇の中から現れたのは死者だった。
触れられるほど実体化した幽霊。
冷気そのものが形を得たような、異形の怪物。
それらを退けながら、アンナとアルブレヒト、そして同行する仲間たちは、凍てついた星の奥深くへと降りていった。
洞窟は、どこまでも深かった。
いつしか地上の風は届かなくなった。
人の気配もない。
聞こえるのは、自分たちの足音と呼吸だけ。
その音だけが、凍りついた岩壁のあいだを、いつまでも反響していた。
「……いた」
アンナが足を止めた。
紫黒の槍。
それに貫かれた精霊が、そこに封じられていた。
小さな炎の形をしたマスコットのような姿。
炎が消えかけては、また灯る。あまりにも細く、頼りない炎だった。
星を巡るはずの力が、十九年間せき止められていた。
その間にも地表から熱は失われ、雪は積もり、氷は広がっていった。
「これが……」
アルブレヒトの声が低く落ちた。
アンナは彼の横顔を見た。
槍を見据える目。固く結ばれた唇。
彼の手に、自分の手を重ねる。
「助けましょう」
「アンナ」
「この子も、あなたの星も」
アルブレヒトが、重ねられた手を握った。
「ああ」
今度は、迷いのない声だった。
アンナが槍へ手を伸ばす。
アンナの手に虹色の光がともるが紫黒のオーラに弾き返される。
「……っ!」
その手にアルブレヒトの手が重なった。
「一人ではない」
握る手の力が、強くなる。
アンナはうなずいた。
アルブレヒトの、アンナを思う気持ちが星乙女の力を増幅させ、紫黒の力を飲み込んだ。
二人で、槍を引く。
槍は動かない。
それでも手を離さなかった。
背後には仲間がいる。隣には、同じものを救いたいと願う人がいる。
アンナが歯を食いしばった、そのとき。
紫黒色の槍が、わずかに浮いた。
「……っ!」
アルブレヒトが踏みとどまる。
アンナも、もう一度力を込める。
二人の手の間から、光があふれた。
紫黒の槍が、抜けた。
幻のように消えてゆく。
十九年。
冷え続けた星の奥で。
《星の種火》が、蘇った。
その一行を高みから見下ろすものがいた。
紫黒のオーラに身を包んだ怪しい人影。
『ホリスタ』のヴィランである。
─────
洞窟を出たとき、寒雲が裂けた。
アンナはまぶしさに目を細めた。
厚い雲の切れ間から、一条の光が降りていた。
雪を照らし、岩を照らし、やがて一行の足元へと届く。
枝先の氷から、雫が落ちた。
もう一滴。
岩に張りついていた氷の下を、細い水が流れ始める。
「……光だ」
アルブレヒトがつぶやいた。
その声に、アンナは振り向かなかった。
まずは彼に、この景色を見ていてほしかった。
雲の割れ目からは、青空と太陽が覗いている。
どこかで、小鳥が鳴いた。
アルブレヒトは顔を上げたまま、動かなかった。
アンナは数歩先へ進み、光の中へ出た。
マントを揺らし、ふと振り返る。
「アルブレヒト」
彼が目を見開いた。
恒星の光を受けた髪が、柔らかく輝いていた。
オーロラピンクの瞳が、まっすぐに彼を見つめる。
「よかったね」
アンナは笑った。
アルブレヒトの唇が、何かを言いかけて止まる。
故郷に光が戻った。
その光の中に、彼女がいる。
伸ばしかけた手を、今度はアンナのほうから取った。
彼はそれを握り返し、しばらく離さなかった。
アルブレヒト、攻略完了。
好感度、最大。
背景は雪解け。
公爵家の青年は、完全に恋に落ちる。
─────
かくして、惑星ホーエンフェルスの長い冬は終わり始めた。
精霊は救われ、星の未来はつながれた。
二人の絆も、揺るぎないものとなった。
その感動の余韻がもう少し続いてもよかったのだが。
NEW!
アンナの視界に表示が現れた。
【ホーエンフェルス家の家具職人、SRエルマーが仲間になった!】
「……まあ!」
アンナの前で、家具職人が恭しく一礼した。
顔がよかった。黒髪に黒目の爽やかな好青年。
これから専用ルートが始まると言われても、何の疑問も抱かない顔である。
「お望みの家具がございましたら、どうぞお申しつけください」
NEW!
【マイルーム機能が開放されました】
アンナの視線が表示へ、それから家具職人へと戻った。
しかし、『ホリスタ』は止まらない。
NEW!
【ホーエンフェルス家の調理人Rデニスが仲間になった!】
次に進み出たのは、落ち着いた物腰の男性だった。
年を重ねた顔立ちに、柔らかな微笑。若い青年たちとは違う、余裕のあるたたずまい。
また顔がいい。
「お食事のご希望も、遠慮なくお聞かせください」
声までいい。
NEW!
【お料理機能が開放されました】
【レシピ帳機能が開放されました】
アンナは口元に手を添えた。
十九年の冬を終わらせた先で、美形が家具を作り、イケオジがご飯を作ってくれることになった。
アルブレヒトとの愛を確かめたばかりである。
追加の美形が、もう二人来た。
彼らとも交流を深めれば、彼らにまつわるストーリーを解放できる。
ホリスタはそういうゲームである。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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