9 配布SSRですわ〜!
仮設役所、領主執務室の玄関が開いた。
キラキラキラーン。
エレオノーラの目には、黄金の輝きが見えた。
金枠。
SSR。
「配布SSRですわ〜!」
玄関先で、端正な顔立ちの青年が足を止めた。
淡い藤色の髪。レンガ色の瞳。
切れ長の目を持つ冷たい印象の美形。魔法使いらしいロングコート。
土とコンテナだらけの仮設役所では少々浮いている。
「……監査役として参りました、アドリアン・ネーベルでございます」
ネーベルは領主の発言を聞かなかったことにして、優雅に一礼した。
その後ろには、帝都から同行してきた部下が数人。
エレオノーラは目を輝かせた。
「まあ! 皆様、監査がお得意なんですのね!」
「そのために参りました」
「ちょうど人手が足りませんの!」
「いえ、我々は監査の会計補佐に」
「会計補佐だって!?」
奥から、イルゼが飛んできた。
「今すぐ仕事があるよ! あんたとあんたは会計部! そっちの人は支払い記録の照合!」
「お待ちください。我々は監査役の随行員で」
「帳簿を見られるんだろ?」
「はい」
「じゃあ見ておくれ!」
「そういう意味では」
反論が終わる前に、部下たちは一瞬でイルゼに連れていかれた。
帝都から来た監査団は、到着から一分で会計部へ配属された。
ネーベルの目が、その背中を追う。
「……返していただけますか」
「監査が終わりましたらね!」
─────
監査は、書類の確認から始まった。
ネーベルは机に積まれた資料へ目を通し、一枚抜き取る。
「不備が多すぎます」
エレオノーラの肩が跳ねた。
「やはり、そうですの?」
「申請の様式が部署ごとに違います。予算の付け替えも多い。それから……」
「まあ!」
エレオノーラは身を乗り出した。
「お詳しいんですのね!」
「当然です。私はこれまで会計顧問として……」
「では、こちらもご覧になって!」
別の書類の山が、どん、と置かれた。
ネーベルの口が止まった。
「こちらは新宇宙港の予算案ですわ! あと、移民用住宅の追加建設と、魔導炉の運転費用と、水道復旧後の維持費についても!」
「いや、私は監査に……」
「あんた、さっきの連中のボスだって!?」
扉が勢いよく開き、イルゼが新たな書類の束を抱えて現れた。
どんっ。
今度は、先ほどより高かった。
「私は監査役ですが」
「だから、この星の金の流れを監査しておくれ!」
「今ここでですか?」
「今困ってるんだから、今だよ!」
正論のようで、何かがおかしい。
─────
現地を見れば、問題はいくらでも見つかった。
無計画に広がった仮設住宅。
慢性的な人員不足。
建物の多くはいまだコンテナ式で、仮設役所に至っては場所までよく変わる。
「これは……」
ネーベルは配布区画を見渡した。
粗を探すまでもない。
粗だらけである。
住宅用地と商業用地は分けられ、道路も順次整備されている。水道の復旧工事が進み、停止していた魔導炉も運転を再開していた。
住民が増えている。増えすぎている。
住宅を建てる。
完成する前に、次の移民船が来る。
雇用が増える。
人手不足が少し解消する。
その人々が新しい仕事を始め、さらに人手が必要になる。
仮設港湾の処理能力も改善していた。
税収の見込みも増えている。
犯罪や事故への対応制度は、まだ完成していない。それでも警備隊と役所が連携し、必要な規則を作り始めている。
ネーベルは端末へ記録を打ち込んだ。
問題だらけ。
だが、失敗してはいない。
むしろ問題の大半は、予想を超えて人が集まった結果だった。
「どうですの?」
隣から、エレオノーラが覗き込む。
「不備は多数あります」
「やはりそうですのね」
「しかし、区画整備は機能しています。人口増加に対して、設備の拡張が追いついていないだけです」
「では、もっと急いで建てれば解決ですわね!」
「その結論に至るには、予算と人員の検討が」
「イルゼ! 予算の検討ですって!」
「聞こえてるよ! ネーベルさん、あとで会計部へ来ておくれ!」
「私は問題点を指摘しただけなのですが……」
指摘するたびに、担当者として扱われる。
監査という仕事は、こんなに逃げ道が少なかっただろうか。
ネーベルは咳払いをした。
「んんっ。誤解があるようですが、私は本職の監査官ではありません。本来は魔法使いです。監査役は片手間でして、予算の仕事に関しては……」
「魔法もお得意なんですの!?」
エレオノーラの目が、さらに輝いた。
「手が回らないので助かりますわ!!」
「なぜそうなるのですか」
監査を断ろうとしたら、魔法の仕事まで増えた。
ネーベルはようやく気づいた。
(もしや、何を言っても仕事が増えるだけでは?)
「幻影魔法がお得意なんですのね」
エレオノーラはネーベルの経歴を眺めていた。
「あまりにも役に立たないので、普段は会計士をしております」
「いいえ、とっても役に立ちますわ!!」
「まだ魔法を使うか申し上げておりませんが」
─────
ほよん。
淡い光が宙へ広がった。
《ノイエルデ領府暫定役所》
《住民課》
《土地区画整備課》
《工事中/立ち入り禁止区域》
空中へ色分けされた表示が浮かび、それぞれの方向を矢印が示す。
役所を訪れた住民が足を止めた。
「おお、分かりやすい」
「住民課はあっちか」
「昨日と場所が変わってるから助かるな」
人々が迷わず歩き始める。
ネーベルは黙った。
幻影魔法、役に立った。
表示灯として。
なんだか釈然としない。
「素晴らしいですわ! 仮設役所が移動しても、これなら皆様迷いませんわ!」
「役所が頻繁に移動する状況を先に改善するべきでは?」
「それには人と予算が必要ですわ!」
「ネーベルさん!」
遠くからイルゼの声が飛んできた。
「こっちも頼むよ!」
「今度は何ですか」
「移民の職業別名簿と、各部署の人員表を照合しておくれ!」
「私の仕事に関係ない仕事が増えているようですが」
そこへ、ディートリヒが顔を出した。
「お疲れ様です」
「……どうも」
まともな挨拶をする人間が現れた。
ネーベルは、わずかに安堵した。
「工事現場から、夜間作業用の誘導灯を増やしてほしいと依頼が来ています。そちらの幻影魔法で対応できるでしょうか」
「あの、私は誘導灯担当ではなく……」
「あとできれば、街の中の案内標識も……」
幻影魔法使いだと言ったのは、つい先ほどの自分だった。すでに後悔し始めている。
部下たちは会計部で帳簿をめくっている。
外には、彼が出した案内表示。
執務室のエレオノーラのそばに設置された机には、確認待ちの予算案。
工事現場からは、誘導灯の依頼。
「さすが配布SSRですわ! もう大活躍ですわね!」
エレオノーラが満面の笑みで言った。
ネーベルは、虚空を見上げた。
仕事はまだ、終わる気配がなかった。
アドリアン・ネーベル。
生真面目な研究者肌の魔法使い。星乙女と恋愛をしても奥手であり、受け身がち。それでも、常に彼女のために自分のできることを最大限努力する男、だった。ゲーム内では。
原作ホリスタではイベント報酬の配布SSRとして実装されたキャラクターで、役割はデバッファー。中でも幻影付与による弱体・補助効果が非常に強力だった。
エアハルトは嫌がらせのつもりで美形SSRを配布してしまったのである。
どんどん美形が増える!乙女ゲームだからね!
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