7 優秀なスパイ?
夜。
プレハブ宿舎の一室で、ユリウス・フォン・アイゼンは端末へ向かっていた。
新領主邸の設計図、盗聴器の配置、道路計画、港湾設備、軍施設の位置。
アクセル商会の要求と、巨大宇宙基地の移籍交渉まで、重要情報はすべて揃っている。
圧縮、暗号化、分割。授業教材、出席簿へ巧妙に偽装した。
「完璧だ」
ユリウスは送信ボタンを押した。
─────
数十分後、本国アルビオンから返信が届いた。
「早いな」
期待に胸を膨らませ、添付ファイルを開く。
黒い。
設計図も、軍施設の位置も、交渉記録も、盗聴器の配置も、見事に黒塗りされている。
中央にはどんと赤い文字。
《検閲済み》ヴァルテンベルクの紋章。
「何をどう見破った!?」
圧縮も暗号化も分割も、形式変更もした。
それなのに解読、ご丁寧に黒塗りされている。
本文には、さらに短い叱責が添えられている。
『学校の近況報告ではなく、茶葉の生育状況に関する情報を送れ。再提出を命ずる』
「送るそばから全部見つかっているのか!?」
そうとしか考えられない。
机を叩いた。
残った資料を確認する。
学校行事の日程、給食の献立今週の天気、子供たちの出席率。
『児童の出席率向上は評価する。引き続き教育任務に励め』
「そこは評価しなくていいんだが」
「こうなったら……直接持ち帰るしかない」
電気も上下水道も校舎もろくに整っていない未開の惑星である。なんの未練もなかった。帰りたくて仕方がない。
ユリウスは端末を閉じ、データを保存した記録媒体をかばんへ移した。
夜の港へ向かい、輸送表示を確認する。
《ヴァルテンベルク》方面。
「帰還だ……!」
人目を避け、貨物コンテナへ滑り込んだ。
─────
ガコン。
コンテナが揺れた。
ドン。
腰を打った。
「っ……」
さらに揺れ、箱の角が肩へ当たる。
次は頭を打った。その次は膝を打った。
最後に、かばんが美形の顔面へ飛んできた。
「ブッ」
やがて振動が止まった。
「着いたか」
ユリウスは慎重に扉を開けた。
光の向こうにあったのは、鉄骨、足場、建築資材。
工事現場だった。
「…………」
空は突き抜けるほど青い。
鳥まで飛んでいる。
まだ地上だった。
「お、新入りか」
作業員が駆け寄ってきた。
「人手が足りないんだ。ヘルメットをかぶって、そこの箱を運んでくれ」
「違う! 私はヴァルテンベルクへ──」
「次はあっちの資材な」
「話を聞け!」
「上、気をつけろよ」
ヘルメットを載せられ、かばんを置く場所まで指定された。
労働が始まった。
─────
その頃。
「スパイ先生、いないのー?」
学校では、子供たちが教室の入口を覗いていた。
女教師が笑顔で手を叩く。
「アイゼン先生は、今日は奉仕活動のため、お休みでーす」
「逃げたんでしょー」
「もう宇宙?」
「奉仕活動です」
女教師は、にっこり笑った。
─────
翌日。
ユリウスは校長室で深々と頭を下げていた。
「……ご迷惑をおかけしました」
肩も腰も痛い。
「次からは事前に休暇申請を」
「はい……」
「授業の代行にも準備が必要なんですよ」
「はい……」
「それと、昨日の奉仕活動先から連絡がありました」
「……はい?」
「非常に助かったそうです。来週も来てほしいと」
「…………」
「休暇申請を出すのをお忘れなく」
潜入経路も、持ち出した情報も問われなかった。
アルビオンの諜報員による脱出未遂は、学校の無断欠勤として処理された。
なお、工事現場での無断就労については、無給のため、問題にならなかった。
─────
プレハブの校長室を出たユリウスは、重いかばんを引きずるように、まだ舗装もされていない土の道を歩いた。
かばんの中には、祖国を揺るがす機密情報が詰まっている。
向こうから女教師が来る。
いつもの笑顔。腕には授業の教材。
すれ違う瞬間、低い声が落ちた。
「逃げられると思うなよ」
「……え?」
振り返る。
誰もいない。
女教師はすでに壁のない青空教室へ入り、何事もなかったように黒板へ日付を書いている。
子供たちの声と、授業開始のチャイムだけが響いている。
いつもの学校だった。
ユリウスは、かばんを握りしめた。
その瞬間、かばんの中から通知音が鳴った。
『本国より。茶葉の生育状況を再送せよ』
「…………」
ユリウスは、ゆっくりと空を見上げた。
チャイムが鳴った。
授業が始まる。
諜報員の一日は、今日も始まった。
「次こそは必ず! この星から脱出する!」
情報収集は優秀なんですけど他はダメです。本来は星乙女がいないと実力(?)が出ないので。
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