6 なぜ投げ出さない
「殿下」
侍従のオスカーが差し出した端末を、エアハルトは不機嫌そうに見た。
「なんだ」
「ヴァルテンベルクのご令嬢が、奇策を打ち出したのはご存じですよね」
その呼び方だけで、眉間に皺が寄った。
端末を受け取り画面に目を落とす。眉が跳ねた。
「百年で永住権!?」
記事には、百年間の居住を条件とした土地の永久所有について、図まで添えて説明されていた。
続く見出しは、移住希望者の急増。 企業進出。開拓の進展。
新しいビジネスモデル。
「馬鹿な。この星は……」
「ご令嬢のもの、です。殿下」
オスカーが丁寧に補足した。
エアハルトは黙った。
「現在も移民・移住希望者が列をなし、急速に開発が進んでおります」
「忌々しい!」
「なぜ投げ出さない!」
オスカーが、わずかに口を開いた。
何か言いかけたようだったが、閉じた。
エアハルトはニュースを睨んだ。
話が違う。
辺境へ放り出せば、あの女もさすがに困ると思っていた。ろくに整備もされていない惑星で、何ができる。いずれ音を上げ、助けを求めてくるはずだった。
星ごと与えておけば、失敗しても本人の責任。
公爵家の金をいくらつぎ込もうと、帝国も皇室も後始末をする必要はない。
あれほど偉そうにしていた女が、惑星ひとつ持て余して投げ出す。
そのときは、存分に笑ってやるつもりだった。
なのに、《新聞〈ニュース》によれば人が増えていた。 企業まで来ている。
困っているのは、船が多すぎることらしい。
「……昔から、気に食わん女だった」
きついつり目。
勝ち気な性格。
こちらが皇太子であろうと、ずけずけ物を言う。
少しは機嫌を取ればいいものを、間違いを見つければ即座に指摘する。
しかも、皇妃──母と茶を飲む。
その茶会のあとには、たいてい母から小言を食らった。
茶菓子と一緒に、何をどれだけ告げ口をしていたのか。
(寵愛が欲しいのなら、もっと俺を立てるべきだった)
エアハルトは鼻を鳴らした。
(少しはアンナを見習えばいいものを……)
アンナは、自分を頼ってくれる。
好意を向け、必要としてくれる。
自分を皇太子ではなく、一人の人間としてみてくれる。
「……アンナは」
画面から顔を上げた。
「今、どこにいる」
「現在はホーエンフェルス公爵領に。アルブレヒト公子らとともに、現地の異変を調べているとのことです」
「ふん……」
興味はない、という顔で端末へ視線を戻す。
「まだ戻らんのか」
「帰還予定の報告は、まだ」
エレオノーラは辺境で勝手に開拓を進め、アンナはアルブレヒトと旅をしている。
何もかもが気に食わない。
「それと……」
オスカーが、ニュースの別の面を示した。
エアハルトは目を見開いた。
「海賊だと!?」
今度は、大きな見出しだった。
〈ノイエルデ、海賊基地を誘致か〉
〈十八歳の開拓領主、宇宙基地を借り上げ〉
〈ヴァルテンベルク公爵令嬢「島を一つ提供」〉
さらに、脇にはこんな文句まで躍っている。
〈悪役令嬢、海賊を飼う〉
「何をしている、あの女は!」
「当人たちは商人を名乗っておりますが、海賊ヴォルフ一家の末裔でしょう」
困って泣きついてくるはずの女が、海賊に島を一つ丸ごと与えていた。
しかも借りているものは宇宙基地である。規模がおかしい。
「これを許しているのか?」
「現地では、すでに受け入れが進んでいるようです」
「勝手なことを……!」
エアハルトは端末を机へ叩きつけた。
その画面が切り替わり、大きな広告が覗いた。
真紅をあしらった募集広告。
中央には、姿勢よく立つ若い空騎士。
灰金の髪。 整った顔立ち。爽やかな笑顔。
〈その翼を、ヴァルテンベルクで。〉
エアハルトは、無言でそれを睨みつけた。
「……これは」
「ノイエルデの人員募集です。帝都および各領地へ配布されております」
広告には、軍人、警察官、騎士、魔法使い、各種募集中とある。
通信端末用のデータだけでなく紙や、動く魔導ポスターまで用意されているという。
画面の中の美形騎士がこちらを向き、笑う。
歯が、きらんと光った。
エアハルトの眉が、ぴくりと動いた。
少し待つと、広告は最初に戻った。
笑う。きらん。
「ふざけやがって」
エアハルトは端末を伏せた。
「妨害だ」
「は?」
オスカーが聞き返した。
エアハルトは咳払いをした。
「海賊との提携だと? 言語道断だ! 監査を送り、移民審査も厳格化させる!」
勢いよく椅子に背を預ける。
そうだ。海賊である。
これは自分が腹を立てているからではない。
海賊だからだ。移民にも限度がある。
「あいつの好きにはさせない」
エアハルトは、ようやく少し機嫌を直した。
オスカーの視線が、伏せられた端末と、皇太子の顔を順番に巡った。
さっきまで「なぜ投げ出さない」と言っていた口が、今度は監査の必要性を説いている。
「……殿下。念のため、確認ですが」
「なんだ」
「正式なご指示でしょうか」
「当然だ!」
─────
一方、ノイエルデ軌道上ヴァルテンベルク。
募集広告の公開翌日、人事担当者は応募件数を見て、もう一度見た。
見ている間にも増えた。
「志望動機の三割が、“広告を見て”です」
報告する声には、喜びと疲れが半分ずつ混じっていた。
─────
街には、巨大なディートリヒのポスターが掲げられている。
〈ヴァルテンベルク領ノイエルデ〉
〈軍人・警察官・騎士・魔法使い 各兵種・公務員募集中〉
その下を、通行人たちが通っていく。
本人の知らないところで、今日も歯は輝いていた。
きらりん。
本日は2話掲載ですよろしくお願いします。
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