5 拠点完成!
まだ名前もない島──アクセルらヴォルフ商会が拠点にする島。
重機が動き、作業員が走り、あちこちから怒鳴り声が飛ぶ。潮の匂いに土埃が混じり、エレオノーラは鼻先を指でこすった。
ここに港ができ、人が住みつき、街になるのだろう。
もっとも、今は道を引いて家を建てるところからだ。街を歩くには、まず街が要る。
エレオノーラは遠くにいるアクセルを見やった。
(そういえば……本来、砂の惑星で船が座礁していたはずでは?)
原作『銀河聖国の星乙女』で、アンナたちがアクセルと出会うイベントである。
『砂礫の幻灯』
砂漠の惑星で事故を起こし座礁して困っている彼のもとへ、星乙女が颯爽と登場。あれやこれやを解決するうちに親密度が上がり、イベントボスを倒し、砂の惑星の小さな街とアクセル一行を救って、めでたく仲間になる。なお、ガチャで引けていなくても以降のストーリー内では仲間になっていることになる。
イベント報酬の美形幹部たち。
限定ピックアップ。そして、あの顔。
(属性もりもりの見た目に、ハスキーで掠れた低音……大変、好評でしたわね)
何しろ銀髪、紫眼、褐色肌、眼帯、ギザ歯。そのうえ引き締まった上裸に肩掛けの上着である。
盛れるものは盛っておこうという、強い意志を感じる。
あの声で甘く囁かれたら、それはもう──。
「だから、そこ塞いだら荷が通れねえだろ!」
好評の低音が、工事現場に響いた。
「こっちも掘らなきゃ先へ進めねえんですよ!」
「先に向こうを──ああ? 資材の着陸待ち?」
アクセルが通信機へ顔を向けた。
「……イベントどころではありませんわね」
エレオノーラは、しみじみつぶやいた。
しかも原作で仲間になったのは、アクセル一味である。
巨大宇宙基地ごとではなかった。
こちらは面談を重ねていたら金枠が現れ、ついでに基地までついてきた。
ついでの方が二十キロある。今は惑星ノイエルデの宇宙基地として機能している。なんなら小さな町ひとつ分の移民つきだ。
「というかわたくし、イベント開始前にガチャで引いてしまいましたわね?」
「何を仰っているのか分かりかねます」
隣のセバスティアンが、いつもの顔で答えた。
「アンナより先に、こちらで人材確保できましたわ!」
エレオノーラは得意げに胸を張った。
原作なら、アンナが砂の惑星で出会う男。
現実では、ノイエルデの島で工事担当者と揉めている男。
(……では、アンナのイベントはどうなるんですの?)
ちょっと気になった。
船が座礁するはずの本人は、今、工事現場を指揮している。
この先、アクセルは砂の惑星へ行くのか。行かないのか。
そもそも、同じことが起きるのか。
少し考えたが、遠くでアクセルがまた何やら叫んだので、考えるのをやめた。
「まあ、わたくしには関係ありませんわ。先に引いた者勝ちですもの!」
と、考えていたら。
「お嬢様。ノイエルデ首都にて、お嬢様の受け入れ準備が整いました」
「まあ!」
エレオノーラは振り向いた。
「お家ができましたの?」
─────
白い壁。ミントグリーンの屋根。
新しい木造洋館が、剥き出しの土の上に、ちょこんと建っていた。
公爵家の本邸には遠く及ばない、小ぶりな館である。
それでも窓や玄関まわりの造りは美しく、貴人の住まいとして十分に整えられていた。
庭はない。植栽もない。道は仮舗装。
「お庭は、これからですのね」
「はい。本来の領主公邸は別途建設いたします。こちらは将来的に迎賓館、あるいは離れとして使用する予定でございます」
セバスティアンが玄関の扉を開いた。
「魔導機器、電気、上下水道、通信、防犯設備は、すべて使用可能です」
「では、暮らせますのね!」
「はい」
エレオノーラは、弾む足取りで中へ入った。
白を基調に、サーモンピンク。
曲線を描く装飾には、上品な金。
ロココ調にも似た華やかな内装に、思わず頬が緩む。
「まあ……わたくしの好みですわね」
「当然でございます」
セバスティアンは、確認する必要すらなかったという顔をしていた。
エレオノーラが部屋を見て回る間にも、玄関からは次々と荷物が運び込まれる。
メイドたちの動きは速かった。
箱が来る。指示が飛ぶ。箱が消える。
魔法による荷物の制御であっという間に荷物が消えていく。
ディートリヒも運搬対応に組み込まれていた。
「これはどちらに?」
大きな箱を抱えて階段を上がってきた彼に、マリーが振り向く。
「この階ではございません!」
「ああ、じゃあこっち──」
「お嬢様の寝室は立ち入り禁止です!」
今度はジュリアが立ち塞がった。
「ああ、悪かったよ!」
ディートリヒは箱を抱え直し、慌てて向きを変えた。
そこへ、寝室からエレオノーラが顔を出す。
「まぁ!わたくしは──」
「「よろしくありません!」」
二人の声が重なった。
ディートリヒは箱の陰から、困り果てた顔を覗かせた。
「俺を巻き込まないでください!」
─────
「ようやく本拠地完成ですわね!」
ベランダに出たエレオノーラは、手すりに手を置いた。
見渡す限り、工事現場だった。
向こうで土を掘り、こちらで柱を立て、仮の道を荷台いっぱいの資材が通っていく。
ついこの間まで荒野だった場所に、少しずつ建物の形が生まれていた。
近くの暫定役所にも、人が出入りしている。
今度からは、ここで暮らすのだ。
エレオノーラは満足げにうなずき──ふと、眉を寄せた。
「そういえば、この街の名前」
隣に控えるセバスティアンへ顔を向ける。
「ノイエルデ監獄中央区、なんですわよね?」
新居の住所として、あまり嬉しくない響きだった。
原作にも存在しない星だ。名前も適当すぎる。
監獄中央区。
白い壁とミントグリーンの屋根の屋敷が、少々気の毒である。
周辺の区画名も、《第一〜三開墾区》《川端》《北荒野》《旧懲罰労働区》《第一湾区》《原野》。
川のそばだから川端。 北の荒野だから北荒野。
原野に至っては、命名すら諦めている。
「もう少し、ちゃんとした名前にいたしませんと」
「それが……」
「どうしましたの?」
セバスティアンが、わずかに間を置いた。
「現地住民の間では、すでにここは《エレンシュタット》と呼ばれております」
エレオノーラは静止した。
「……エレン?」
「お嬢様のお名前から」
「誰が許可しましたのーーー⁉」
ベランダに声が響いた。
セバスティアンは動じなかった。
「すでに商店の看板にも使用されております」
「浸透が早い!」
家が建ったと喜んでいる間に、街の名前まで生えていた。
「《エレンシュタット中央市場》《エレンシュタット建設》《エレンシュタット交通》など」
「多いですわね⁉」
市場も建設も交通も、もうこちらの名前で営業する気である。
エレオノーラは手すりから身を離した。
「止めるなら今ですわ!」
「もう地図にも載りました」
「遅かったですわーーー‼」
エレオノーラが頭を抱えた、そのとき。
近くの暫定役所から、誰かが飛び出してきた。
「領主様ー! 人が足りません!」
街の名前は、領主抜きで決まっていたが──
仕事は、領主を待ってくれなかった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
面白い、続きが気になると思われた方は、ぜひ下にある【☆☆☆☆☆】評価&ブックマークで応援をしていただけると嬉しいです。
感想もお待ちしております!




