4 お嬢様の星
遥か太古。
人類は神より、魔力という恩寵を授かった。
それは、ただ不可思議な力ではなかった。
一定の法則と術式に従うことで、火を生み、水を湧かせ、雷を招き、風を操る──世界そのものへ干渉する力であった。
やがて人は、その恩寵を戦へ用いた。
そうして、生み出されたのは岩と泥を組み上げ、魔力によって命令を与えられた巨大な人形──ゴーレム。
兵を踏み潰し、城門を打ち砕き、砦の石壁さえその腕で崩した。
だが、その力には致命的な弱点があった。
ゴーレムを操る術者は、その巨躯の外にいた。
いかに強大な人形を従えようとも、術者自身が弓矢や魔法の標的となれば、ゴーレムはただの土塊へと戻る。
そこで人々は、術者を守るため、ゴーレムそのものを鎧とした。
騎乗ゴーレムの始まりである。
厚い装甲で巨体を覆い、その内部へ術者が乗り込み、みずからの魔力によって直接巨人を操る。
戦争が激しさを増すにつれ、その巨体はさらに大型化していった。
しかし、巨大な身体を動かすために必要な魔力は、もはや一人の術者が備える量を遥かに超えていた。
人々はそこで、地中より掘り出される魔力を秘めた鉱石──魔石を機体へ搭載した。
術者の魔力を補い、蓄え、増幅し、巨大な躯体へ安定して供給する装置。
それが、やがて魔石炉へと発展していく。
時代が進むにつれ、騎乗ゴーレムは戦場だけの存在ではなくなった。
そして戦場は陸から海へ、空へ、そして星の海へ。
それこそが──
現代の騎士機である。
ロマンの塊である。
その騎士機に、今日、ディートリヒは乗っていない。
「……なんで、騎士の俺が土木作業を……」
ディートリヒ・バウアーは、木を一本引き抜いた。
ずぼん、と根ごと地面から抜ける。
ただし乗っているのは騎士機ではない。
土木作業用人型工作機械である。
先日の改修事故で愛機は現在修理中。
だからといって空騎士が暇になるわけではなかった。
ノイエルデでは今、人手が圧倒的に足りない。
結果。
帝国空騎士ディートリヒ・バウアー、本日の任務。
伐採。
『おーい、騎士様ー!』
通信機から、やたら陽気な声が飛んできた。
アクセルだ。
『その辺も頼むわ! もうちょい見晴らしよくしてくれよ!』
「…………」
土木用ゴーレムの巨大な手が、ぎしりと木を握りしめる。
「俺は……空騎士なんだが……」
『知ってる知ってる。だから手際いいな!』
「…………」
もう一本。
ずぼん。
「ディートリヒー!」
遠くから声がした。
ディートリヒが振り向く。
エレオノーラが扇を手に振っている。応援してくれてるようだ。
「頑張ってー!」
ツナギ姿だった。
開拓領主として現場を歩き回るようになってからというもの、ドレスよりもこちらの方がすっかり板についている。
もっとも。
その頭上には、メイドが差した大きな日傘。
首元まできっちり紫外線対策。
肌の露出は最小限。
開拓作業には参加する。
しかし美容について妥協する気は一切ない。
「はいっ!」
ディートリヒの返事が元気になった。
「俺が言ったときと反応違わねえか?」
「気のせいです!」
「そうかぁ?」
さらに木が一本、勢いよく引き抜かれた。
その様子を眺めながら、R《軍事顧問》ヘニング・ブロームが髭を撫でる。
「しかし……島を丸ごとですか」
「ああ」
アクセルは島の海岸線を見渡した。
「できりゃ、坂や段差があるところがいい。平らな浜だけじゃ困るんだよ。ドックも造りてえし、船を上げる設備もいる。港にしやすい地形が欲しくてな」
「なるほど」
ヘニングは海岸線を見ながら考え込む。
一方、エレオノーラはあっさりしていた。
「そんなことでしたら、いくらでもありますわ!」
「島でも湾岸でも、余りまくってましてよ!」
アクセルが笑った。
「景気いいな、姫さん」
「土地だけはございますもの!」
ヘニングが小さく息を吐く。
「……土地だけは、ですな」
その背後では、土木用ゴーレムに乗った帝国空騎士が、また一本。
ずぼん。
「……俺、本当に何してるんだろう」
誰にも聞こえない声で、ディートリヒは呟いた。
─────
昼飯時。
作業場の隅では、海賊も作業員も移民も、腰を下ろして飯をかき込んでいた。
「領主様、ほんとに現場来るんだな」
一人が、エレオノーラたちの去っていった方角を顎で示した。
「公爵令嬢なのにツナギだべ」
「土埃もついてたぞ」
「でも日傘さしてもらってたぞ。メイドに」
「やっぱお嬢様だな」
なるほど、と一同うなずいた。
ツナギで現場に来るが、日傘はメイドがさす。自分たちとは、日陰のでき方から違う。
「そういや、あの人ん家ってどんだけでかいんだ?」
エネルギーバーを噛みちぎりながら、海賊の一人が言った。
「大公爵だろ?」
「屋敷の話か?」
「いや、土地とか」
「土地っつったって、おめえ。星だべ」
「ああ、そうか。星、何個持ってんだべ」
全員、少し考えた。
「五、六個くれえじゃねえか?」
匙をくわえていた男が、片手を広げた。
「五、六個かあ」
「一個でもでけえのにな」
「いや、百個くらいあるべ」
隣の男が、あっさり言った。
五、六個と言った男が、広げた手をそっと下ろす。
「百?」
「大公爵だぞ」
「……ああ、大公爵だもんな」
それで納得しかけたところへ、一人が端末を取り出した。
「調べりゃ出るべ」
皆が顔を寄せる。
男は指で画面を叩き、待った。
待った。
「今日はこの時間つながんねえべ」
「昼だからな」
「んだな」
端末はしまわれた。
確認作業、終了。
星の数は、百個が優勢のまま残った。
「まあ、娘に惑星一個ポンとやるくらいだもんな」
「んだんだ」
「一個しか持ってなかったら、やれねえべ」
「五、六個でも、ちょっと考えるわな」
「百ならなあ」
「百なら一個くらいなあ」
誰も百個あるとは確認していなかったが、話はもう百個ある前提になっていた。
「娘に、ほれ、好きに使えってか」
「すげえな。うちの親父なんか、道具一本貸すにも返せ返せって」
「星は返せって言われても困るべ」
「引っ張って帰れねえもんな」
どっと笑いが起きた。
婚約破棄も追放も、飯の席ではすっかり抜け落ちていた。
残ったのは、娘に星を一個くれた、たいへん気前のいい父親である。
「やっぱ大公爵閣下すげえな」
「領主様もすんげぇ」
遅れて飯を持ってきた男が、空いた場所へ腰を下ろした。
「何がすげえんだ?」
「領主様ん家、星が百個もあるんだと」
「百個⁉」
「んだ。そんで娘に一個、ポンよ」
男は匙を止めた。
「……百個のうちの一個が、ここかあ」
皆、しみじみとうなずいた。
──大公爵家でも惑星はそんなに持っていない。
名前が思いつかなくてようやく読み仮名つけました。騎士機がキャヴァリエです。英語圏発祥でしょう。
なお、騎士はリッターです。ディートリヒなどの騎士階級持ちの人間ですね。こっちがドイツ語。
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