3 ヴォルフ商会⁉︎
その頃、ディートリヒは宇宙を背負っていた。
正確には、あとで宇宙になる予定の緑色の幕を背負っていた。
「もうちょっと顎を引いて!」
「はい、目線こっち!」
「肩の力を抜いて!」
「抜きすぎ! 軍人らしく!」
カメラの向こうで、写真家の女性が指を動かす。
ディートリヒは、騎士服姿でヘルメットを抱えて立っていた。
朝から騎士服。
次に制服。
その次は訓練装備。
そして、もう一度騎士服。
着替えては立ち、立っては直され、直されては撮られる。
(セバスティアンさんがいなくても、同じことを言われる……)
照明が眩しかった。
暑かった。
顔が痒かった。
そのとき。
警報が鳴った。
「警報!?」
ディートリヒの表情が変わった。
身体が先に動く。
抱えていたヘルメットを持ち直し、出口へ足を踏み出す。
「あー、ちょっとちょっと! 動かない!」
「ですが!」
「こっちは仕事なんです!」
「俺も軍人なんですが⁉︎」
─────
発端は、エレオノーラの一言だった。
「ディートリヒを広告に出せば、応募者が増えますわ!」
自信に満ちていた。
推しを広める。
その下に募集要項を置く。
自分なら見る。絶対に見る。
何も考えずに応募する。
「騎士服! 制服! 訓練着も必要ですわね!」
エレオノーラは指を折った。
「あと、顔が見えるように兜は脱がせてくださいまし!」
「承知しました」
セバスティアンは即答した。
人前に立つ訓練になる。
姿勢と表情を整える機会にもなる。
広報担当者や撮影スタッフと接すれば、社交性も養える。
いずれ公爵令嬢の隣に立たせるなら、カメラ一台で固まっていては困る。
推しを大きく載せたい主人。
伴侶候補を人前に出せるようにしたい執事。
二人の思惑は、見事に一致した。
「では、ディートリヒで!」
「ええ。適任かと」
本人の予定表に、強制的に撮影が入った。
─────
「あの、これと俺の仕事、何の関係があるんです?」
写真家がカメラから顔を上げる。
「ヴァルテンベルク軍の士気と、人材の招聘に関わる、大事なお仕事ですよ!」
「……士気?」
「はい、次! もう少し爽やかに!」
「この状況でですか⁉︎」
不意に、警報が止まった。
ディートリヒは顔を上げた。
「……止まりましたね」
「はい、じゃあ続き!」
写真家が、すぐにカメラを構えた。
「結局、何だったんだ……」
写真家が自分の口元を指さす。
「口角を上げて。そう。歯を光らせて!」
「どうやって!?」
「美形ならできますよ! セバスティアンさんもできます!」
「歯……? はぁ?」
初めて聞く技能だった。
セバスティアンは、そんなことまでできるのか。
礼儀。
教養。
事務処理。
部署間の調整。
歯の発光。
最後だけ、習った覚えがない。
「はい、笑って! 歯を光らせる!」
「どうすればいいんですか!?」
─────
『採用、ありがとな』
全部、聞かれていた。
「…………」
エレオノーラの微笑みが固まる。
男は愉快そうに笑い、片手を上げた。
『まあ、改めて名乗っとくか』
銀髪をかき上げる。
『アクセル・ヴォルフ。ヴォルフ商会の頭やってる』
「ヴォルフ商会……?」
エレオノーラが首を傾げた、その横で。
ヴァルターの顔色が変わった。
「ヴォルフ……?」
数秒遅れて、声を荒らげる。
「まさか──海賊ヴォルフか!」
『人聞き悪いな』
「帝国航路で何度警告を受けたと思っている!」
『数えてねえよ』
「やはり貴様か!」
アクセルは肩をすくめた。
『そりゃ先代だな』
『うちは商売もしてる。護衛もする。頼まれりゃ戦う。ついでに荷物もいただく』
「最後のそれが海賊行為だ!」
『臨時収入だ』
エレオノーラは二人のやり取りを聞き流しながら、背後に浮かぶ巨大基地を見上げた。
「それで。その海賊──」
『商人』
「商人が、何をしに来ましたの?」
『まずは商売だな』
「商売」
『見りゃ分かるだろ。客が百隻も浮いてる』
「客?」
『燃料が欲しい。水が欲しい。飯が欲しい。船が壊れた。病人が出た。寝床が欲しい』
指を一本ずつ折っていく。
『なのに、入れる港がねえ』
「…………」
『だったら、港を持ってくりゃいい』
エレオノーラは、正面モニターいっぱいに映る二十キロ級の宇宙基地を見た。
「……持ってくる規模がおかしくありませんこと?」
『まぁな』
そのとき、別回線からアクセルの画面に通信が割り込んだ。
『船長、移民船から緊急要請』
『燃料補給希望が十一隻』
『順番つけとけ。水と飯が切れそうな船を先に入れろ』
アクセルが答える。
通信が切れる。
ほどなくして、巨大基地の外周灯が次々と点灯した。
ドックの誘導灯が伸びる。
待機していた移民船の一隻が、ゆっくりと列を離れた。
「第三待機区域、一隻離脱!」
「所属不明基地へ向かっています!」
「……いや、受け入れています!」
さらに一隻。
また一隻。
停滞していた船列が、少しずつ動き始める。
ブリッジに、なんとも言えない沈黙が落ちた。
エレオノーラは巨大基地とアクセルを交互に見た。
「…………」
『で、だ』
アクセルは親指で背後を指した。
『この基地、貸してやってもいい』
「貸す?」
にやりと笑う。
『運営は俺たち』
『もちろん、おたくからは使用料はもらう』
「まあ」
『レンタル料金込みだ。慈善事業じゃねえからな』
エレオノーラは扇を口元へ運びながら、じっとアクセルを見る。
「……それだけではありませんわね」
『ん?』
「宇宙基地まで持ってきて、わざわざ辺境の開拓惑星まで来たのですもの」
緑の瞳が細くなる。
「何がお目当てですの?」
アクセルは、少しだけ黙った。
さっきまでの軽薄な笑みが薄れる。
『──俺たちさ』
「あなたたち?」
『俺のところにいる連中のことだ』
基地。全長20キロに及ぶ巨大な岩石。小さな町が食い込み、無数の灯りが瞬いている。
『俺たちは、ずっと星から星へ流れてきた』
『商売して、戦って。居心地が悪くなりゃ、また次へ行く。こいつは俺たちの本拠地そのものだ』
『まともな国籍を持ってねえ奴も多い』
エレオノーラは黙って聞いていた。
『別にそれでも生きてはいける』
アクセルが肩をすくめる。
『けどよ』
モニター越しに、彼は笑った。
『そろそろ、日のあたるあったけえところで暮らしてえって奴が増えてきた』
「……」
『土地と──ちゃんとした国籍が欲しい』
ブリッジが静かになった。
エレオノーラは一度だけ瞬きをする。
そして。
「よろしくってよ」
『……軽いな』
「何人おりますの?」
『そこからかよ』
「まとめていらっしゃいな」
エレオノーラは胸を張った。
「みーんな、わたくしのモノになればよろしくってよ!」
『おい』
アクセルの眉が上がる。
『人を物みたいに言うな』
「違いますわ!」
エレオノーラは即座に否定した。
「あの星が丸ごと、わたくしのモノなんですの!」
『…………』
「ですから、わたくしの星で暮らすならあなた方もわたくしのモノですわ!」
アクセルはしばらく黙っていた。
やがて。
『……とんでもねえ姫さんだな』
ギザ歯を見せて、笑った。
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