1 責任のゆくえ
エーデルシュテルン銀河帝国、議会──
「婚約破棄と、辺境への追放。処分としては重いが、事情は理解できる」
相手は星乙女である。
伝説に語られる救世主。帝国が国家を挙げて保護すべき存在だ。
そのアンナへの度重なる不敬、嫌がらせ、さらには害した罪を問われた公爵令嬢。
皇太子との婚約を破棄され、中央を離れて謹慎する──
「では、続けます。帰還の条件は、惑星ノイエルデの開拓を成功させること――」
「開拓を成功させるまで、帰還を認めない、と」
「それは刑罰なのか?」
「国家事業では?」
議場の空気が、一斉に仕事の話になった。
─────
皇帝は重々しい顔で、眼下の紛糾を見つめていた。
(余、そんな話は聞いてないんじゃが)
顔には出さなかった。皇帝なので。
「入植者の受け入れ、産業誘致、上下水道、電力及び魔力供給、港湾設備、航路、治安、金融、技術者──」
「そもそも、事業主体は?」
「エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルク嬢です」
沈黙。
「……お一人で?」
「開拓領主として任命されています」
「十八歳の?」
「はい」
「無理では?」
中立派だった。
今のところ、どちらにも肩入れするつもりはなかった。
ただ、無理そうだった。
「むろん、実務は配下に任せることになりましょう。ヴァルテンベルク家には、それだけの人材が――」
「その人材は暇をしていると?」
ヴァルテンベルク系の席から、低い声が飛んだ。
説明していた皇太子派の貴族が口をつぐむ。
「我々の領地では、道路も水道も勝手に出来上がるとお考えか。技術者も行政官も、既存の事業に就いている」
「しかし、三大公家の一角であれば」
「惑星を複数持っていれば、もう一つ増えても同じだと?」
「庭の植木鉢ではないのだぞ!」
皇帝は頷いた。
(そうなんじゃよなあ)
頷いたところで、味方が増える状況ではなかったが。
「通常の惑星開拓であれば、複数の貴族家と企業が出資し、金融機関と調整を行い、軍及び行政の協力を取りつけるものです」
開発担当が、閉じた資料をまた開いた。
「数年で済めば上出来。事業によっては数十年を要します」
「その間、令嬢は帰還できないのか?」
また、議場がざわついた。
「婚姻はどうなる!」
「そもそも開拓成功とは、何をもって成功とする!」
皇帝は手元の命令書へ目を落とした。
(そこ、大事じゃな)
今さら気づきたくなかった。
─────
「お待ちいただきたい!」
皇太子派の貴族が立ち上がった。
「これは星乙女をお守りするための処置です。殿下は、アンナ嬢の身の安全を第一に――」
「そのために辺境に水道を引かせるのか?」
「そういう意味ではない!」
「港も造らせるのだろう?」
「話を矮小化しないでいただきたい!」
「惑星一個の話をしておる!」
机が鳴った。
皇帝は、眉間の皺を深くした。威厳は増した。
胃の具合は悪くなった。
(あやつがやらかしたのは、分かっておる)
エアハルトがアンナに肩入れしていたことも、エレオノーラとの関係が悪化していたことも承知している。
婚約破棄。
追放。
公爵領での謹慎。
そのあたりまでは、皇帝の頭の中にもあった。
(なぜ謹慎先で惑星を仕上げることになっておる)
反省して帰ってくる話ではなかったのか。
帰ってくる前に、産業基盤を確立しなければならないらしい。
「費用について、確認を」
財務に携わる貴族が手を挙げた。
議場が、少し静かになった。
「誰が支払うのでしょうか」
皆、知りたかった。
「現状、ヴァルテンベルク家が支援しております」
「それは現状のお話です。命令に伴う支出の負担先を伺っています」
もう少し静かになった。
「国庫でしょうか」
皇太子派が黙った。
「皇室でしょうか」
皇帝の指が、肘掛けの上で止まった。
「それとも、ヴァルテンベルク家が全額を?」
「まさに、それを申し上げている!」
ヴァルテンベルク系の貴族が立ち上がった。
「これは令嬢への処罰を名目に、我が派へ惑星開拓の費用を押しつけたものではないか!」
「そのような意図は――」
「意図がなくても請求は来る!」
財務の席が頷いた。
そこは、まったくそのとおりだった。
「既存領の開発予算を削れと? 人員を引き抜けと? 星乙女のために、公爵家を食い潰すおつもりか!」
「不敬な物言いですぞ!」
「支払う側には敬意が要らんらしいな!」
「静粛に!」
静粛にはならなかった。
─────
「その前に、処分そのものの妥当性を!」
ヴァルテンベルク系が声を上げる。
「星乙女保護という大前提をお忘れなく!」
皇太子派も引かなかった。
全員、怒っていた。
怒っている箇所は、見事にばらばらだった。
皇帝は、重々しく息を吐いた。
それを見た者たちが、わずかに声を落とす。
陛下がお考えになっている。
考えていた。
(で、これの責任を取るのは、余なんじゃよなー……)
命令を出したのは皇太子。
勝手に押されたのは皇帝の印だった。
名義は皇室。
その頂点には、自分が座っている。
今も座っている。
たいへん座り心地の悪い椅子だった。
─────
「あの……よろしいでしょうか」
文官が一人、端末を胸に抱えていた。
「まだ何かあるのか」
「ノイエルデにつきまして」
今、その名前で胃が痛くなっている。
皇帝は顔を動かさず、続きを促した。
「現在、同惑星の領主権及び開拓権は、エレオノーラ・フォン・ヴァルテンベルク令嬢に帰属しております。その令嬢が先日、少々、異例の施策を打ち出しました」
「異例?」
「領府が定めた区画において百年間、継続して居住・開発した者に対し、その後永久所有を認める、と」
議場が静まった。
「……百年?」
「永久所有?」
「はい」
皇帝は、肘掛けに置いた指を組み直した。
(何を配っておるんじゃ、あの娘)
文官が端末を操作した。
議場中央に、ノイエルデ周辺宙域の立体映像が浮かび上がる。
惑星。
旗艦。
その周囲に、小さな点。
さらに点。
また点。
「現在、この制度を知った移住希望者の船舶が、帝国内及び諸外国から殺到しております」
船舶識別表示が増えていく。
重なった。
まだ増えた。
「……表示が重複しておらんか?」
「すべて別の船です」
質問した貴族が黙った。
先ほどまで机を叩いていたヴァルテンベルク系の貴族も、手を机に載せたまま動かなくなっていた。
「外国からも?」
「はい」
「移民が?」
「企業もです」
映像が切り替わった。
銀行。輸送会社。建設会社に商社、農業、医療、鉱業。
見覚えのある企業ロゴが並んだ。
自領にも支店がある、という顔をした貴族が何人かいた。
「国内外から、支店設置、融資、物流拠点、住宅開発、資源調査などの問い合わせが相次いでおります」
「銀行まで?」
財務の席が、前へ出た。
「はい」
「あの、何もない惑星に?」
「何もないからこそ、と見られます」
「何もないのだぞ?」
「ですから、これから必要になるものが、すべてございます」
銀行。住宅。輸送。設備。
文官が順に指し示すたび、財務の貴族の目が動いた。
「百年という条件は長期ですが、家族による世代継承や企業の存続を前提とすれば、検討の余地があります。しかも、公爵家の領地です」
完全な無法の辺境へ飛び込むわけではない。
法と治安、そしてヴァルテンベルク家の信用がある。
そこへ、先に入れば土地を確保できるという話がついた。
「令嬢は土地そのものを売ったわけではございません。将来の所有権を条件に、居住者と資本を先に呼び込んでおります」
皇帝は、ゆっくりと映像を見上げた。
(あの娘、何をしておるんじゃ)
先ほどと同じ疑問だった。
意味は、少し変わっていた。
「待て。では、開拓費用は?」
「全額を令嬢側が負担する形ではなくなりつつあります。移住者が自ら住宅を建て、企業が設備を持ち込み、金融機関が融資を検討し、輸送業者が航路開設を申し出ております」
「……民間資本で開拓させている?」
「結果としては」
「公共設備の負担は残るだろう」
「はい。融資も航路も、まだ検討や申し出の段階です。事業全体が成立したわけではございません」
(惑星開拓を罰として押しつけたはずが、なぜ投資案件になっておる)
「これは……軌道に乗る可能性もあるのでは?」
つい先ほど、無理では、と言った貴族だった。
資料が変われば見解も変わる。そこは柔軟だった。
「殿下は、令嬢に更生の機会をお与えになったのであって――」
「まだ成功したとは言っておらんぞ」
ヴァルテンベルク系が即座に遮った。
「しかし、成果が上がれば、任命のご判断にも相応の――」
「費用の話では黙っていたのに、功績の話は早いな!」
また机が鳴った。
怒りは消えていなかった。
ただ、怒っているヴァルテンベルク系貴族も、ちらちらと企業の一覧を見ていた。
(うちの令嬢、何を始めておるんだ?)
「引き続き、報告せよ」
皇帝は重々しく命じた。
(余、ますます聞いてないんじゃが)
「はっ。なお、現在、最も深刻な問題は――」
「まだあるのか」
文官が映像を戻した。
《ヴァルテンベルク》周辺。
入植船、商船、企業船、家族船、小型輸送船。びっしり。
「船が多すぎます。入域審査と管制が追いついておりません」
誰も、すぐには返事をしなかった。
さっきまで、人を集めるだけでも大事業だと言っていたのだ。
「……成功したのか、失敗したのか。どちらなんだ」
「現在、その判定が難しい状況です」
映像の端に、また一隻、識別表示が増えた。
皇帝は、玉座の肘掛けを指で叩いた。
(勲章と始末書、どっちを用意すればいいんじゃ)
三章です!
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