10 スパイ潜入!?
その日はずっと面談づくしだった。
百二十連目。
十人目の男の枠が黄金に輝いている。
(金ですわー‼)
ガタッ、と椅子が鳴った。
が、エレオノーラは立ち上がりかけ、そのまま座った。
「……金」
ディートリヒも目を見開きかけた。
初めて聞く色。
金。
ついに来たのか、あたりが。
金といえば福引なら国内旅行級のはずだが。
モニターに映るのは白金髪に青い目の人の良さそうな男。
ユリウス・フォン・アイゼン。
地方惑星の、さらに田舎で、代々旅館業。領主というより、町長家系。
画面の男は、かなりの美男子。
エレオノーラも微笑んだ。
確認事項を済ませ、面談を終える。
通信が切れた。
「今日はここまでですわ」
パン、と畳んだ扇で手のひらを叩いた。
「ディートリヒ。先ほどのアイゼン卿を」
「はい、金でしたね。艦内での教師職を志望。歴史、アルビオン語に堪能です」
「セバスティアンに連絡して、監視をつけさせてくださいませ。最速で地上へ」
「は? はい!」
記録しかけた指が止まる。
「……監視?」
「ええ」
「金はあたりなのでは?」
エレオノーラは扇を顎へ当てた。
ユリウス。
存じている。
キャラクターストーリーもプロフィールも。
「あたりのなかでも大外れのほうですわ」
「お嬢様、監視というのは、何か問題が?」
「彼はアルビオンのスパイですわ」
「スパイ⁉︎」
「声が大きいですわ」
「すいません」
「まず訛り、田舎の山奥の小さな町長一家からどうしてアルビオンなまりの帝国人が排出されますの?」
ディートリヒは口を閉じ、履歴書を見た。
それから、ぐっと声を落とした。
「……ですがよろしいのですか。スパイを」
「よろしくってよ!」
エレオノーラの声は大きかった。
「ノイエルデには人工衛星もございませんもの。外への通信は、すべて《ヴァルテンベルク》経由ですわ!」
扇を開く。
口元を隠したその上で、緑の瞳が笑った。
「検閲済みの印付きで、本国に報告なさるといいわ!」
「それ、スパイとして機能してるんですか?」
ディートリヒは、教師志望の欄をもう一度見た。
アルビオンからのスパイである。
セバスティアン宛ての連絡に書き加えた。
─────
ユリウス・フォン・アイゼン。
本名、ジュリアン・ロングボトム。
エレオノーラは、ホリスタでの彼を思い返した。
星乙女アンナの情報を本国へ送りながら、当のアンナに恋をする。好感度がMAXに近づけば、祖国への忠誠と愛の間で苦悩する、正統派の美形スパイだった。
(ただ、初期恒常SSR。性能は控えめ。しかも、正体が割れているから、隠密行動、初手で失敗しておりますわね)
(配下に加えてしまえば情報は全て本国に送られてしまいますし)
それでも、歴史とアルビオン語は教えられる。
「まあ、とりあえず地上で泳がせますわ!」
─────
「……えっ。こちらは移民船では?」
ユリウスは搭乗口の案内を見上げた。
地上行き。
何度見ても、地上行きだった。
「列をはみ出すな!」
「いえ、私は船内で教員を――」
「おい!」
心臓が跳ねた。
「皆、並んでいるんだぞ!」
列の話だった。
ユリウスは帽子を直し、一歩戻った。
前にも後ろにも、荷物を抱えた移民がいる。列は滞りなく船内へ進んでいた。
「あの、勤務先の確認をお願いしたいのですが。私は艦内での教師職を希望しておりまして」
今度は搭乗口の軍人へ申し出た。
軍人は端末を確認する。
「教員ですね。こちらで合っています」
「ですが、地上行きと」
「現在、《ヴァルテンベルク》は開拓任務中につき新生児・乳幼児を除いて、子供は地上へ移動しています。学校なら地上ですよ」
「……学校は、もうあるのですか?」
「まだ建設中ですが」
「建設中!」
「次の方!」
確認が終わった。
搭乗も済んだ。
席へ案内され、安全帯を締める。
異議を申し立てる相手を探しているうちに、船が動きだした。
ユリウスは窓へ顔を向けた。
宇宙を背に、巨大な《ヴァルテンベルク》がゆっくりと遠ざかっていく。
ユリウスは帽子のつばを下げた。
(艦内潜入は見送りだ。地上にも領府はある。探るべきものはいくらでもある)
─────
「学校の先生ですか? こちらへ」
地上へ着くなり、軍人に連れ出された。
車に乗せられた。
揺られた。
数時間後、ようやく止まった。
─────
学校に案内された瞬間、かばんが手から落ちた。
どさり。
トタン屋根。 柱。壁は、ない。
仮設の吹きさらしの教室で、子供たちが小さな黒板を膝に載せている。まだ魔導炉によるエネルギー網すら、まだない。
近隣ではあらゆる場所で建設機械が地面を固め、杭を打っている。
当然壁がないので騒音がすさまじい。
「皆さーん、新人の先生を紹介します」
女教師が、にこやかに手招きした。
ユリウスはかばんを拾い、帽子を取った。
「……よろしくお願いします」
「ユリウス・フォン・アイゼン先生です。よろしくお願いします」
よろしくおねがいしまーす、と子供達の声が一斉に重なる。
「先生はアルビオンからのスパイですから、アルビオンの文化を教えていただきましょう」
「は?」
「な、ななな、何をおっしゃる!」
「皆さん、ご存じですよ」
「先生ー! しゃべる犬は?」
「……何?」
「エスパーの犬は?」
「いない」
「えっいないの?」
「アニメの見すぎだ!」
子供たちは、ひどく残念そうな顔をした。
「腕時計からワイヤー出る?」
「出ない」
「でも、壁を登るときに使うんでしょ?」
「使わない。そもそも私は壁を登らない」
「じゃあ、靴の先からナイフは?」
「出ない!」
ユリウスは反射的に靴先を隠した。
子供たちの視線が一斉にそこへ集まる。
「今、隠した!」
「違う! これは普通の靴だ!」
「車、水の中走る?」
「走らない」
「じゃあ、車が沈んだらどうするの?」
「脱出する」
「スパイなのに?」
「スパイでも無理なものは無理!」
子供たちは顔を見合わせた。
「超能力者の女の子はー?」
「それもアニメの見すぎだ!」
「でも、アルビオンのスパイなら、変装して、透明になって、敵の基地を一人で壊滅させるんでしょ?」
「しない!」
「敵の基地に忍び込んで、見つかって、爆発から走って逃げるんでしょ?」
「そんな予定はない!」
「予定がないだけで、できるの?」
「できない!」
「すっごい高いといころからとびおりるんだろ?」
「そんなことをする必要はない!」
アルビオン星間王国は、スパイ映画やアニメで有名だった。
祖国の文化は、すでに十分浸透している。
ただし、浸透しているのは現実の諜報活動ではなく、フィクションの派手な秘密道具と無茶なアクションのほうだった。
「先生の本名は?」
「それは秘密だ!」
しまった、とユリウスは思った。
子供たちの目が、いっそう輝いた。
「やっぱり本名があるんだ!」「アルビオン訛りだ!」「本名を言えないなら、変装もできる?」
「できるが、今はしていない!」
「できるんだー」「すごーい!」「みせてー!」「犬ー!」
子供たちが一斉に興奮する。
ユリウスは頭を抱えた。
墓穴を掘った。
「じゃあ、先生の顔も偽物?」
「本物だ!」
「本物のスパイって、顔も偽物じゃないの?」
「本物のスパイは、顔まで偽物にする必要はない!」
言い返すたび、墓穴が深くなっていく。
子供たちの目は、まだ期待に満ちている。本当は、どこからか秘密道具が出てくるはずだ。そして彼は華麗に変装し、敵を欺き、データを盗み、高所から飛び降り、犬とともに荒野を駆ける。
犬は、どうしても外せないらしかった。
(……まずい。早くここを脱出せねば!)
だが、教室には壁すらなかった。
逃げ出すところを見られずに脱出することさえ、今の彼には難しそうだった。
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