9 ひとりひとりがオンリーワン
ブリッジでは今日も管制官が移民船を誘導していた。
この船でもっともブラックな部署だと専らの噂である。
「三百メートル級移民船、接岸します」
ずずん、と《ヴァルテンベルク》が揺れた。
「チッ。へたくそが」
艦長ヴァルターの舌打ちが響く。
─────
エレオノーラは通路を家臣達を引き連れ歩いていた。
移民対応。行政整備。面談。決裁。
(誰かが夜中に仕事を繁殖させておりますわね……)
睡眠は取れているが寝ている間も処理すべき書類と仕事は増える。
そのとき、足元がずん、と揺れた。
エレオノーラの足が、半歩よろめいた。
「お嬢様」
すぐ横から、手が伸びた。
大きな手が、彼女の手をしっかりと支える。
「……大丈夫ですわ」
ディートリヒだった。
礼を言おうとして──指先が、その手に触れたまま止まった。
触れたところは思ったより硬く、指の付け根にはたこがあった。細かな傷もある。
親指で、そっと撫でる。
あたたかい。
もう一度、握ってみた。
ちゃんと体温がある。
脈まで打っている。
「……生きてらっしゃるのですね」
「……はい、当然ですが」
真顔で返された。
ディートリヒの耳が赤くなった。
手のひらを返され、指を触られ、今度は手首で脈を確かめられている。
「あの。何か、手に?」
「……そうでしたわ。あなた、カードではありませんのね」
「カード? 俺は最初から人間ですが」
もっともだった。
エレオノーラは、瞬きをした。
周囲を見渡す。
そばにはメイドのマリーとジュリア。
その後ろに、フルフェイスのマスクをした女護衛騎士たち。今日はカリーナとロッテ。
ちゃんと名前がある。
金色の枠をまとったセバスティアン。
(皆さま、生きておりますのね……)
はじめてセバスティアンをみたときも生セバスティアンだと感動した。
今改めて感じる。人間だ。
「……皆さま、生きておりますのね」
あまりにも忙しく、カードのように人間たちを扱っていた。
あまりにも大事なものを、足元を見ていなかった。
見えていなかった。
一番大切なこと。
「もちろんでございます、お嬢様」
感動が胸の奥から込み上げてきた。
──五秒。
感動の持続時間は、五秒だった。
「……同じ人間を待つ必要がありませんわ」
「……はい?」
エレオノーラが、勢いよく顔を上げた。
「だって皆さま、生きてらっしゃるんでしょう⁉」
「それは、そうでございますが」
「移民審査のお話でしょうか」
「ガチャですわ!」
「面談です」
ディートリヒが、まだ少し赤い顔で二人を見た。
つい今しがた、命について何か大切な話をしていた気がする。
もう終わったらしい。
「しかも重ねる必要もありませんわ!」
「何を重ねるんです?」
「同じ人間を五人も集める必要がありませんのよ‼」
「あってたまるか!」
思わず声が出た。
セバスティアンがこちらを見たが、今回は何も言わなかった。
「完凸不要! 一人一人がオンリーワン!」
「おっしゃっていることの後半は、分かります」
「素晴らしいですわ! 同じディートリヒを何人も引く石が浮きました!」
「俺、何人集められる予定だったんですか⁉️」
エレオノーラは答えなかった。
もう次を考えていた。
ホリスタ──『銀河聖国の星乙女ーHoly Star Maidenー』。
主人公の星乙女アンナが銀河を股にかけ、各地で困っている美形を助け、仲間にし、ストーリーを進めていくソーシャル型乙女ゲームだ。
星乙女が行く先。
新たな星で美形が困る。
助ける。
仲間になる。
次の星でも、美形が困っているる。
銀河には、困っている美形がなぜか多い。
増え続ける。
そこへ年に幾度ものピックアップ。
限定ガチャ。
季節イベント。
春夏秋冬、男が出る。
全員、顔がいい。
声のついていないノーマルから最高レアまで百人以上。
つまり。
つまり、だ。
(このまま四周年記念ピックアップを引き続ければ……)
目の前には、URディートリヒ。
目玉はもう引いた。
アンナは引けない。
「ディートリヒ!」
「はい!」
呼ばれるなり、ディートリヒは勢いよく答えた。
「アンナはいま、どちらに? 入管記録を照会してくださいまし」
「はっ」
早速、照会の手順を確認し始める。
その横から、セバスティアンが声を落とした。
「監視は必要でしょうか」
「いりませんわ。どこにいるか分かれば、だいたいの進行度は分かりますもの」
エレオノーラは扇を広げ、余裕たっぷりに微笑んだ。
どの星にいるか。
それが分かれば、どのストーリーを進めているのか、誰の加入イベントが近いのか、見当はつく。
(とはいえ、三、四年前のストーリーやピックアップキャラは、かなりあやふやですけれど!)
「承知しました。まずは所在の確認を」
セバスティアンが頷く。
エレオノーラも、頷き返した。
アンナと出会うより先に、こちらへ!
(しかも、重ね不要……!)
一人来れば、その一人でよい。
同じ顔を追加で四人引くために、財布をひっくり返さなくてもよいのだ。
エレオノーラの口元が、じわじわと上がった。
一人一人が、かけがえのない命。
そこから導き出された結論は。
(なんてお得なガチャですの……!)
(一人で完凸……!)
─────
「星乙女より先にSSRを多く引きますわよ!」
「ですから、面談のお話ですね」
「先に引けばこちらのものですわー!」
しかも、入植、採用応募者は今も船でやってくる。
エレオノーラは窓の外を見た。
接岸した大型移民船、まさに宝の山だ。
「つまり今わたくしが引いているのは……URディートリヒガチャ!」
「はい!」
名前が聞こえたので、ディートリヒは返事をした。
「引き続ければ、恒常SSRが引けますわ!」
「はい!」
「お分かりになりまして⁉」
「いえ!」
全くお分かりになっていない。返事だけはよかった。
「ディートリヒ! 面接を! 今日も十連やりますわ!」
「十人ですね。会議室を押さえます」
「十連ですわ!」
「訂正がいらないくらいには慣れました」
端末を操作しながら、ディートリヒが言い直した。
セバスティアンは、その横顔を見て頷いた。
もうついていけている。
よい成長だ。
「素晴らしいですわ! さらにガチャを回して回して! 回し続けますわ! 出るまで!」
颯爽と歩き出した主君の背を、メイドと護衛騎士が慌てて追う。
マリーが、ジュリアへ小声で囁く。
「……お元気になられましたね」
「ええ、五秒前まで湿っぽかったですのに」
ディートリヒは端末を抱え直し、セバスティアンを振り返った。
「あの。何か、命についてのお話をされていませんでしたか?」
「そのはずだったのですが」
廊下から、明るい声が飛んできた。
「ディートリヒ! はやくついてらっしゃい!」
「はいっ!」
Holy Star Maiden.exe
Character Recruitment Error
Event Route Conflict Detected
Cause: ERA_
すごく大事な気づきを台無しにするガチャ脳お嬢様!
今日も二本投稿予定です。
早く二章終わらせてイケメンを増やしたい!
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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