8 ホーム画面更新
「おはようございます。本日のご予定ですが──」
「はぁん♡」
ドンッ!
エレオノーラの心臓が爆発し、ふらつく。
「お嬢様!」
メイドが背中を支え、女護衛騎士が椅子に座らせる。
朝。
ディートリヒは端末を持ったまま固まった。
「……お加減が?」
「大変よろしいですわ!」
エレオノーラは胸元を押さえた。
呼吸を整える。朝からこれは、いけない。
刺激が強すぎる。
いつもセバスティアンが立っている場所に、ディートリヒがいる。
虹色の枠を背負って、朝の挨拶をしている。
顔よし、声良し、スタイルよし。
「セバスティアンは⁉」
「クラウゼ氏は、関係各所との連絡調整のため席を外しております。自分は機体が修理中でありまして、午前中は俺──私が補佐役に」
「まあ! ホーム画面が!」
「はい?」
「あなたに⁉」
エレオノーラは両手を合わせた。
「素晴らしいですわ!」
「何分、武骨者ゆえ、至らぬ点もあるかと──」
「今日も頑張れますわー!」
至らぬ点を申し上げる前に、高評価をいただいた。
ディートリヒは端末へ目を戻す。
まずは予定の確認だ。教えられたとおりに進めればよい。
「では、午前中は各部署からの報告と、申請書類のご確認を──」
(新規ホームボイス!)
「その後、会議がございます」
(朝ボイスですわ!)
「お嬢様?」
「期間限定ホーム設定ですの⁉」
「……午前中の予定ですが」
「やはり期間限定!」
話が通じているようで、何も通じていなかった。
「もう一度、最初からお願いいたしますわ!」
「聞き取りにくかったでしょうか」
「よすぎましたの!」
「……そうですか」
ディートリヒは、最初へ戻した。
「おはようございます。本日のご予定ですが──」
メイドが身構えた。
護衛騎士も椅子へ手を添えた。
エレオノーラは両足を踏ん張った。
(耐えますわ! 毎朝これなら、耐えられるようになりませんと!)
URディートリヒがホーム画面に設定された。
─────
少し前。
「姿勢を崩さず、お嬢様のお仕事を補佐してください」
「はい!」
「では、私は各企業との会談へ参ります」
「え?」
扉が閉まった。
「……えっ?」
「補佐の……鍛錬は?」
ディートリヒは、昨日叩き込まれた完璧な立ち姿で取り残された。
─────
プルルルルル。
プルルルルル。
ルルル……。
執務机には、紙の書類、電子書類、未決裁の通知、着信、メール、通信要求。
画面が次々と光り、音が重なる。
(……戦場より通信が多くないですか!?)
「ディートリヒ、次!」
「はい!」
書類を差し出す。
サイン。
受け取る。
次を渡す。
印。
また次。
「却下ですわ!」
「今、どこを見て却下したんです⁉」
「予算ですわ!」
「速い!」
処理済みを分ける間にも、エレオノーラは端末を操作し、別の申請を承認する。
「はい、エレオノーラですわ。道路? 舗装材が足りない?」
通信に出たまま、書類へ目を走らせる。
「では仮設路を優先なさい。本舗装は後ですわ!」
切れた瞬間、別の着信が鳴る。
「はい。エレオノーラ。移民区画? 寝床が足りない? 空き区画を――そこは倉庫ですの?」
ペンが止まる。
ディートリヒの手も止まりかけた。
「では倉庫を移しなさい!」
「即決⁉」
「止めたら全部詰まりますもの! ディートリヒ、次!」
「はい!」
次を渡す。処理済みを受け取る。通知を確認する。
その瞬間、新着メッセージが表示された。
差出人、セバスティアン・クラウゼ。
『姿勢。』
「見えてるんですか⁉」
ディートリヒは後ろを振り返った。
扉は閉まっている。
─────
「ディートリヒ、次の地上査察はいつでしたかしら」
「予定表では──」
画面を開く。
朝から夕方まで、予定が隙間なく赤く埋まっていた。
「……空いてません」
「困りましたわね。そろそろ二度目の地上査察に行かないと、地上がどうなっているのか分かりませんわ!」
「どこか空けます?」
「どれを?」
二人で予定表をにらむ。
会議。会談。決裁。面談。
どれも動かせない。どれにも待っている人間がいる。
「……空けられませんね」
「空きませんわー!」
エレオノーラが椅子の背へ倒れかけた。
直後、通信が鳴る。
彼女は跳ね起き、何事もなかったように応答した。
ディートリヒは、その横顔を見た。
各部署には専門家がいる。調査も計算も、担当者が済ませてくる。
そのうえで、予算を出すか。契約を結ぶか。方針を変えるか。
それらを最終承認するのが若干十八歳の女主君である。
「……よく倒れませんね」
通信を終えたエレオノーラが、ちらりとこちらを見る。
顔がほころんだ。
「今日は元気ですわ!」
「昨日と何が違うんです?」
「推しがいますもの!」
「……おし?」
「ホーム画面ですわ!」
「またさっきの言葉が!」
仕事内容も分からないが、励みになっている理由もホーム画面の意味も分からなかった。
「お嬢様、移民審査待ちが増えております」
通信担当が告げる。
別の担当者も端末を掲げた。
「採用面談も、予定時刻を過ぎています」
「まあ」
エレオノーラが時計を見る。
「どちらを先に?」
「移民審査では?」
「面談を先にすると?」
「採用が遅れます」
「移民審査を先にすると?」
「受け入れが遅れます」
エレオノーラは一瞬だけ考えた。
「一緒にやりますわ!」
「はい?」
「ガチャのお時間ですわー!」
ガチャとはなんなのか。
やんごとなきお姫様のお言葉はいつも謎が多い。
─────
会議室の大型モニターに、十人の顔が並んだ。
全員、予備審査は済んでいる。あとは移住の最終確認と、採用面談だ。
ディートリヒは記録用の端末を構えた。
「建設現場のご経験が。ご家族もご一緒ですのね」
エレオノーラが資料をめくる。
「移住許可。お仕事は建設局へ」
続けて、小声で。
「白」
「?」
ディートリヒは隣を見た。
エレオノーラは、もう次の資料を開いていた。
「医療資格に、辺境勤務のご経験も。採用ですわ。医療班へ」
そして、また小声。
「青」
次は農業経験者だった。
「移住許可。農業区画へ。……白」
その次は整備工。
「採用ですわ。……白」
ディートリヒの指が止まった。
(白、青、白、白……)
なんとなく分かってきたことはある。
白は普通。
緑は微妙。
青だと少し喜ぶ。
黄色だと、かなり喜ぶ。
ただし、何をもってその色になるのかは、まったく分からない。
自分に見えるのは、普通の人間だった。
「次の方!」
「食品加工業に十五年従事しておりまして――」
「採用ですわ! 青!」
「夫婦での移住を希望しています」
「許可いたしますわ。白」
次は元行政職だった。
エレオノーラの声が弾む。
「まあ! 青ですわ!」
「行政局候補、青――」
ディートリヒは手元を見た。
備考欄に、青と書いていた。
だいぶ染まってきている。
─────
「以上、十名です」
「次の十連!」
「次の十名ですね」
慣れてきた。
モニターが切り替わる。
エレオノーラは新たな十人を見渡し、小さく唇を動かした。
「白、白、緑、白、青……」
ディートリヒ慌てて色をメモする。
顔と資料を照合する。希望を記録する。決定事項を送る。
エレオノーラが次を求めるころには、その資料を開けるようになっていた。
「……」
その手が止まった。
「お嬢様?」
エレオノーラがモニターへ身を寄せる。
「黄色」
「何ができる人です?」
ディートリヒも、すぐに資料を覗き込んだ。
ブルーノ・ヴェーバー。四十五歳。
農業・環境制御の専門家。
なぜか鉢植えを抱えている。
「……まあ!」
エレオノーラが経歴へ目を走らせる。
ディートリヒは、一拍遅れて我に返った。
「俺、いま何で普通に聞いたんだ」
画面の大男が、太い眉を寄せた。
むさい顔が、枠いっぱいに映っている。
「農業と環境制御だ。灌漑もやる。資料に書いてある」
「ぜひお願いいたしますわ! 食料の自給を進めたいんですの」
「なら、早い方がいい」
ぶっきらぼうに答えた男の視線が、ふと下がった。
「おっと。葉っぱがおっきくなってきまちたねえ」
ディートリヒの指が止まった。
「はいはい、こっちでちゅよ。いい子でちゅねえ」
「……」
「地上行きは、どこから乗る」
声が戻った。
ディートリヒは慌てて案内を確認した。
今の声については、聞かなかったことにした。
採用と移住の手続きを終えたブルーノは、その足で地上へ向かうという。
「では、現地の担当者へ連絡しておきますわ」
「頼む」
男は頷き、鉢を抱え直した。
「地上でちゅよー」
通信が切れた。
ディートリヒは、空いた画面を見つめた。
不審者か危険なやつである。
黄色。
何が黄色なのかは、やはり分からなかった。
危険の色ではないのか。
─────
三組目ともなると、記録する手も迷わなくなっていた。
「この方──」
「特殊車両整備十二年、魔導機器資格あり、辺境勤務経験もありますね」
ディートリヒが先に経歴を読み上げた。
なかなかの経験だ。資格もある。辺境にも慣れている。
少し考える。
「青……ですか?」
「緑ですわ!」
「違うんですか!?」
エレオノーラは、本人へ希望条件を確認した。
「ええ。では、採用ですわ!」
「じゃあ色、採用に関係ないんですか⁉」
「ありますけれど、ありませんわ!」
「どっちです⁉」
答えが分からないまま、採用欄を埋めた。
これで三十人だった。
「次の十連ですわ!」
「はい、次の十連――」
指が止まった。
エレオノーラが、にっこりした。
「……十名です」
訂正は、少し遅かった。
─────
「……昼だ……」
ディートリヒは時計を見上げた。
空騎士として鍛えた身体は、まだ動く。
ただし、予定表を見ると頭が止まる。
だが、今は昼だった。
食卓には料理がある。
椅子もある。
ディートリヒは腰を下ろし、ナイフを取った。
「ディートリヒ」
「はい」
「ナイフが違います」
隣にセバスティアンがいた。
「……昼飯ですよね?」
「ええ」
「休憩ですよね?」
「ですから、食事作法の実地訓練にちょうどよろしいかと」
どうやら、休憩ではなかった。
「先に、ナプキンを」
広げる。
「肘を」
引く。
「肩は上げずに」
下げる。
ようやく料理に手をつける。
「一口が大きいですね」
切り分け直す。
「姿勢を」
背筋を伸ばす。
隣ではエレオノーラが、何事もなく昼食を進めている。
お手本のように完璧な所作である。
書類に目を通し、料理を一口。午後の予定を確かめ、グラスを取る。その指先にも背筋にも、セバスティアンは何も言わない。
ディートリヒも真似をしてグラスを取った。
「持つ位置が違います」
すぐ見つかった。
「肘を」
直す。
「姿勢を」
伸ばす。
「音を立てない」
止まる。
食べる。
直される。
また食べる。
─────
最後の一口を飲み込んだ。
ディートリヒは空になった皿を見た。
食べ終わった。
ようやく、ひと息──
「では、午後の予定へ参りましょう」
「……え?」
セバスティアンが端末を手に取り、エレオノーラが確認済みの書類を揃える。
時計を見る。
昼休みが終わっていた。
「休んでないんですが」
「昼食はお取りになりました」
「そういう意味じゃないんですよ」
セバスティアンは空の皿を一瞥した。
「食器の扱いは、少しよくなりましたね」
休憩の感想としては、だいぶ違う。
朝は補佐。
昼は食事作法。
午後はリハビリとトレーニングだ。いまのところは。
ディートリヒは、げっそりした顔で立ち上がった。
「……これ、まだ続くんですよね」
「ええ。まずは基礎から」
まだ、基礎だった。
─────
午後。
セバスティアンがエレオノーラのそばに復帰。
ディートリヒは交代でリハビリとトレーニングである。
訓練着へ着替えたディートリヒが、廊下でエレオノーラと出くわした。
エレオノーラの足が止まった。
視線が肩へ。
腕へ。
全身へ。
ぱっと顔が輝く。
「別衣装まで実装されてますの⁉」
「着替えただけです」
「午前と午後で衣装変更! なんという豪華仕様!」
「これからリハビリでして」
「訓練ボイスまで⁉」
「はい、訓練もします」
エレオノーラは、隣にいたセバスティアンへ振り向いた。
「大変よいですわ!」
「お気に召しましたか」
「ええ! 明日もお願いいたします!」
「承知しました」
ディートリヒの明日の予定が決まった。
セバスティアンは、上機嫌で歩いていく主人を見送った。
朝から機嫌がよい。書類の処理も進む。会議も捗る。
配置の効果は、申し分なかった。
「バウアー卿。明朝も同じ時刻に」
「はい。あの……あれが毎日なんですか!?」
「はい」
ディートリヒの目から光が消えた。
「目が回る……」
「まだ一日目でございます」
「まだ⁉」
「明日からは宮廷作法講座も入ります」
膝が折れた。
今日は二つ更新しました。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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