7 セバスティアン企む
「祖父は子爵でしたが、俺自身は移民二世の平民でして」
ディートリヒは、少し困ったように笑った。
「爵位も、もうありません。家柄については、あまりご期待いただいても」
「承知しています」
セバスティアンは頷いた。
執務室の応接席。お嬢様が書類をめくる横で、セバスティアンは新任の補佐候補と向かい合っていた。
面談というより、検品である。
脳内の採点表に、さっそく一行目が刻まれる。
家柄:△ (旧子爵、現・平民。自己申告あり/減点は小さめ)
「……たしかに、声は普通ですが」
そばで茶器を片づけていたメイドの手が止まった。
(それはあなたが美声だからです!)
「滑舌がよい。それに、よく通る。遠くまで届く声ですね」
声:◎
「空騎士は、騒音の中で指示を通さなきゃならないんで。自然とこうなりまして」
ディートリヒが答えた。
こちらはこちらで、自分の声に何の感慨もないらしい。
メイドは黙ってカップを重ねた。 耳だけは忙しかった。
「ふむ」
顔:まあまあ。身体:鍛えてある。魔力:貴族級。
セバスティアンの脳内採点表は、すでに三行目まで埋まっていた。
通常であれば、まず爵位、家格、政治的な立場から見る。
しかし、あの婚約破棄である。次の相手はよくよく選ぶ必要がある。
総合:育成すれば化ける。伸びしろ枠。
(騎士から男爵。いや、戦功次第では子爵まで……そこから、養子縁組。 ヴァルテンベルク家の寄子貴族……)
脳内では、すでに叙爵され、養子先まで決まりかけていた。
「……あの。俺、何か直したほうがいいところがありますか」
「いくつか」
「いくつか」
騎士の背筋が、さらに伸びた。
素直なのも、悪くない。
あの病室での必死の呼びかけ。 復帰した姿を見たときの顔。 わざわざ名前で呼ぶ許可まで与えた。
主人の好感度:不明(解析不能。ゆーあーるとふぁんさの意味も未解読)。ただし好意的なのは確実。
セバスティアンは静かに微笑んだ。
伴侶候補育成計画開始。
─────
「お嬢様の護衛騎士に……」
ディートリヒは、改めてその言葉を噛みしめた。
主君の傍らに立ち、迫る危険を払い、いざとなれば身を挺して守る。盾を構え後ろにお嬢様を庇う自分。悪くない。むしろまさに物語の姫と騎士──
「身命を賭して務めさせていただきます!」
「まず、護衛騎士は足りております」
「……足りてる」
賭けた身命の行き場が、早速なくなった。
セバスティアンの視線を追うと、扉の脇にフルフェイスをした女性騎士が一人。エレオノーラの背後にも、もう一人いる。どちらも姿勢に隙がなく、ディートリヒが目を向ければ、すぐにこちらに顔を向けた。
その間を、メイドたちが行き来している。
ディートリヒは知らなかったが、彼女たちも見た目どおりのお茶汲み要員ではない。仕込みの暗器に護衛の心得、公爵令嬢のそばで働くための備えは、きちんと出来ている。
お茶のおかわりにも、不審者にも対応できる。
「……全員女性?」
「当然です」
セバスティアンは、涼しい顔でディートリヒを見返した。
「何か間違いがあっては困ります」
「……間違い?」
「何か、でございます」
「……」
具体的な説明を待ったが、来なかった。若い男女である。間違いが起きてはならないことはわかった。
「では、俺は何をすれば?」
「開拓にあたり、私は各所との調整で多忙を極めております」
「はい」
「行儀見習いを兼ねて、私の補佐をしていただきます」
「執事の?」
「秘書業務に近いものです」
セバスティアンは手元の書類を一枚めくった。
「書類の運搬。部署間の連絡。来客対応。日程調整。お嬢様への随行。各部署との折衝補助」
ディートリヒは頷いた。途中からは、頷きながら覚えることに全力を注いだ。
書類。 連絡。 来客。 日程。
剣の出番、なし。
「実務を通して、公爵家上層部の仕事も覚えていただきます」
「上層部の仕事まで?」
「お嬢様に随行するのですから、話が分かりませんでは困ります」
それはそうだった。
「また、礼儀作法や教養もなければ、お嬢様のおそばで仕える資格はございません」
剣と機体なら、日々鍛えてきた。 礼儀作法と教養は、これからだ。
「はい! よろしくお願いします!」
深く頭を下げる。
「まずは、いまの姿勢の角度から」
「角度?」
「まずは、自然な佇まいを身につけていただきます」
その後、自然に立っていたつもりのところを、すべて直された。
セバスティアンは書類へ目を戻す。
「明日から始めていただきます」
「明日⁉」
「人手不足で、深刻な忙しさでして」
声にも姿勢にも、深刻な忙しさは一切にじんでいなかった。むしろ余裕すらある。
「わかりました!」
素直:◎。意欲:満点。指摘への反応速度:優秀。
セバスティアンの採点表は、着々と埋まっていく。
立派な補佐役に。
立派な伴侶候補に。
二人の目標は、全く一致していなかった。
「では、明日からよろしくお願いします!」
ディートリヒは、もう一度頭を下げた。
「深すぎます」
「はい!」
育成はすでに始まっていた。
明日から地獄のスパルタ特訓!?
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