3 アンナSide あなたがいない
皇城、皇太子執務室。
応接テーブルには茶器と色とりどりのケーキが並び、見た目だけなら優雅な午後の茶会だった。
赤毛のマクシミリアン・フォン・ライヒェンバッハが、さっそくフォークを伸ばしている。帝国軍空軍団長を父に持つ、侯爵家令息にして空騎士。本人は空気を一切読まず皇太子の部屋でケーキを食べていた。
その隣にはコンラート・フォン・ヴァルテンベルク。公爵家継嗣は、義姉エレオノーラが追放されたあとも、こうして皇城に残っていた。
「どうして……」
窓辺から、小さな声が落ちた。
瑠璃色の空を飛行艇が横切り、眼下には白と青の街並みが広がっている。
それを眺めるアンナ・シュテルンの横顔は晴れない。ストロベリーブロンドの髪に陽光が透け、伏せたピンク色の瞳が揺れていた。
星乙女──シュテルンメートヒェン。
これほどの美青年たちに囲まれていても、彼女が待っている男は、ここにいない。
(原作であれば、本編ストーリーイベント《忠誠の行方》で、こちらに来るはずなのに)
セバスティアンが来ない。
執務机では、エアハルトが書類に目を落としていた。背後には側近のオスカーが控え、ほかの侍従たちも声を潜めている。
皇太子の姿勢は端正だったが、眉間の皺までは取り繕えていなかった。
「星乙女殿は、ヴァルテンベルク家の優秀な執事をご所望だそうだ」
銀髪の青年が口を開いた。
アルブレヒト・フォン・ホーエンフェルス。彼だけは応接席に腰を下ろさず、赤い瞳をまっすぐ執務机へ向けていた。
エアハルトの視線が上がる。
「……だからなんだ」
「アンナ嬢を我が主星の都にお迎えさせていただけるなら、ご所望の執事を如何様にでも」
「ホーエンフェルスに? あんな凍りついた星にアンナが降りたら、凍え死んでしまう」
アンナは慌てて顔を上げた。
「二人とも、私のわがままで喧嘩をしないで」
「このケーキうめぇなぁ」
マクシミリアンの皿から、ケーキが消えていく。
卓上の空気が冷えようとも、クリームの口溶けには何の影響もないらしい。
向かいの席から、ルーカス・フォン・ナハティガルがアンナへ顔を向けた。宮廷音楽家一家の次男だ。
「どうして、そこまでクラウゼに?」
「それは……とても、よいお声でしょう?」
アンナの声が、少し弾んだ。
「詩吟の教養もあって。身のこなしも綺麗で、その……とてもよくて」
言葉にするほど、思い浮かんでしまう。
どこか冷たく低いのに澄んだ声。隙のない身のこなし。詩を吟じるときの、スチル。
エアハルトの指が、カップの持ち手を握り直した。
「クラウゼは優秀な家令なだけではなく、戦闘能力も高い。頭も良い」
アルブレヒトが淡々と続ける。
「カナリヤとして飼うには、高くつくな」
「そんな……」
アンナは言葉を詰まらせた。
応接席では、空になった皿を見つめていたマクシミリアンへ、コンラートが自分の皿を差し出す。
「僕のもどうぞ」
「ありがてぇ!」
ケーキが移動した。
「お紅茶のおかわりもどうですか?」
ルーカスがポットへ手を伸ばす。
「私も、いただきます」
温かな紅茶が注がれる。
甘い香りに包まれた卓へ、アンナも加わった。
─────
皇城中庭の隅に、人通りの絶えた通路があった。
柱と植え込みに遮られ、監視カメラもない。
そこで足を止めたアルブレヒトの背後に、一つの影が現れた。
「ご報告を」
差し出された端末に、アンナのノートを撮影した画像が映っていた。
内容はごく普通の日記だ。
アルブレヒトは無言で受け取り、読み進めた。
一枚、また一枚。指先で画像を送っていく。
最後のページに近づいたところで、その指が止まった。
栞が挟まれていた。
水仙を模した、細い栞。
その傍らに、短いメモがある。
──お疲れ様でした。
アルブレヒトの片眉が跳ねた。
画像を拡大する。
読み違えようもない。労いの言葉が、そこにあった。
ノートを盗み読む者へ。
最後まで丹念に目を通す者へ。
そして、水仙。
ホーエンフェルスの紋章は、水仙を手にする竜だ。
「……うちの者が読むところまで先見をしていた、だと」
返答はなかった。
アルブレヒトは栞の画像を見つめた。
ただの花の意匠。それだけなら、偶然で済ませられた。
だが、この位置に、この言葉とともに置かれている。
読み終えた先で、待っていたのだ。
まるで、こちらが誰であるかまで承知しているように。
「やはり……」
アンナは、未来を知っているのではないか。
星乙女には、通常の知識や判断では説明のつかない先見があるのではないか。
疑念が、急速に確信へ近づいていく。
先ほどまで紅茶の席で微笑んでいた少女の顔を思い浮かべる。
あの瞳には、いったいどこまで見えているのか。
「監視を増やしますか」
影が尋ねた。
アルブレヒトはしばらく黙っていた。
やがて、ゆっくりと首を横に振る。
「いや、必要ない。 それすらも見えているのだろう」
画面には、変わらず労いの言葉が映っている。
お疲れ様でした。
アルブレヒトの口元に、薄い笑みが浮かんだ。
「ますます、こちらに欲しい」
─────
『銀河聖国の星乙女 ~Holy Star Maiden~(ホーリースターメイデン)』公式キャラクター紹介:
アンナ・シュテルン
ピンクオーロラの輝きをまとい、銀河へ降り立った《星乙女》。
その優しさと愛が、運命に閉ざされた英雄たちの心を解き放つ。
エアハルト・フォン・アルテンブルク
帝国の未来を背負う、誇り高き皇太子。
冷徹な仮面の奥に秘めた情熱を、星乙女だけが目覚めさせる。
アルブレヒト・フォン・ホーエンフェルス
銀髪と赤い瞳を持つ、冷酷無比な公爵令息。
誰にも心を許さない彼が、星乙女にだけ甘い声で愛を囁く。
ルーカス・フォン・ナハティガル
優しい旋律で人々の心を癒やす、穏やかな伯爵令息。
星乙女との出会いが、定められていた彼の未来を変えていく。
オスカー・フォン・レンナー
常に冷静沈着な、皇太子の有能なる側近。
理性を貫く彼の心にも、やがて星乙女への想いが芽生えて――。
マクシミリアン・フォン・ライヒェンバッハ
巨大な盾を携え、戦場を駆ける情熱の空騎士。
一目で恋に落ちた星乙女を守るため、今日も迷わず突き進む!
コンラート・フォン・ヴァルテンベルク
名門公爵家の未来を担う、聡明で生真面目な若き貴公子。
家名と義姉への想いに揺れる心を、星乙女の微笑みがそっと導く。
セバスティアン・クラウゼ
完璧な所作と美貌を備えた、エレオノーラ専属の執事。
決して揺るがぬはずだった忠誠は、星乙女との出会いによって試される。
……And More!
キャラ紹介はゲーム公式用なのでおぼえなくていいんですが雰囲気として。
ソシャゲなので攻略対象が追加されていきます。




