2 あなたの声をきかせて
「お嬢様。ノイエルデへの入域を待つ船が、急増しております」
「どれほど?」
示された数字を見て、エレオノーラは窓へ向かった。
〈ヴァルテンベルク〉の周囲に、大小さまざまな船が集まっている。
家族を乗せた小型船。家財を満載した中古輸送船。農業法人の大型運搬船に、商会の貨物船。
「……ずいぶん、いらっしゃいましたわね」
「現在も増加中でございます」
「行動が早すぎませんこと!?」
「百年後とはいえ、広大な土地を永久所有できる制度ですので」
「わたくしの処理速度より、移民の移動速度のほうが速いですわー!」
─────
「おい、まだか?」
待機船列の中ほど。
一隻の鉱石会社船で、艦長席にふんぞり返った男が鼻を鳴らした。
雇われ艦長ではない。社長本人だ。
「〈ヴァルテンベルク〉の入管がパンクしてるんですってさ、社長。前にはまだ三十隻以上いますよ」
「三十隻だぁ!?」
社長は表示画面へ食いついた。
「早く一番乗りで魔石を掘り当てねえと、俺の十億クレジットが獲られちまう!」
「ほぼ未開の惑星ですよ。鉱脈は逃げませんって」
「鉱脈は逃げなくても、発見者報酬は逃げるんだよ!」
前方の小型船を睨みつける。
「おい。せめて、あの一隻を抜くくらいなら──」
「えー……」
操舵士が嫌そうな声を出した、そのときだった。
『おい、そこの船! 列を乱すな!』
正面へ、人型形態の空騎士が回り込んだ。
『現在位置を維持しろ!』
ディートリヒ・バウアーだった。
「ちっ。見つかったか」
「やめときましょうよ」
─────
鉱石会社船が動きを止める。
ディートリヒがそれを確認すると、僚機から通信が入った。
「こいつら、勝手に行きそうですよ」
「警戒を続けろ。列を外れたら、すぐ管制へ――」
『こちらが先に並んでいた!』
『嘘をつけ! さっき横から入ってきただろうが!』
別回線から怒鳴り声が割り込んだ。
右手で二隻の輸送船が、互いに進路を譲らず接近している。
「三時方向、トラブル発生!」
「危ないな。間へ入れ!」
「了解!」
二騎が加速し、輸送船の間へ回り込む。
その向こうに、また新しい移民船が現れた。
「おいおい、また増えたぞ! 管制は何を――」
言いかけて、ディートリヒは口を閉じた。
どの回線も、入域許可を求める通信で埋まっている。
前へ出ようとする企業船。順番を巡って揉める移民船。
遠方の空間が歪む。またワープ兆候だ。
「……いや、間に合ってない……!」
『ぶつかるぞ、離れろ!』
今度は反対側だった。
「次はあちらだ!」
機体を反転させる。
青い推進光を引き、ディートリヒは次の二隻へ向かった。
─────
「加工食品の販売を──」
「商業区画!」
「小型船の整備を──」
「工業区画とドック使用権!」
「学校教師です」
「公的雇用!」
「酒場を開きたいんですが」
「事業許可!」
「何でもします!」
「経歴を詳しく!」
白。青。白。緑。
枠を見て、申請書を読み、希望を聞いて振り分ける。
(農業ユニットには農地。商人ユニットには店舗。技術者は施設へ配置。適性ボーナスで生産効率を最大化……)
「お嬢様。楽しそうでございますね」
「人材と施設の最適配置ですわ! 楽しくないはずがございません!」
ただし、金が出ない。
すでに百七十連。
そろそろ天井のお時間ではないだろうか。
「次の十連を!」
「お嬢様!」
「今度はなんですの?」
「一隻、列から外れました」
エレオノーラは顔を上げた。
窓の外で、大型船が進路を変えていた。
船列の中ほどから強引に抜け出し、船首を青灰色の惑星へ向ける。
先ほど、空騎士に制止されていた鉱石会社船だった。
「……あの船、どちらへ?」
「ノイエルデ地表へ降下するつもりかと」
まだ港もない。
地上管制施設もない。
「ちょ、ちょっと! 順番をお守りなさいな!」
窓越しの声が届くはずもなく、大型船は加速した。
船列を警戒していた空騎士たちが追跡に移る。
青い推進光が尾を引いた。先頭の一騎が大型船の前方へ回り込み、両腕を広げる。
止まらない。
「危ないですわ……!」
ほかの空騎士も船体すれすれへ寄り、進路を変えさせようとする。
その一機の行く手に、船体からせり出した大型荷役アームが迫った。
ぶつかる。
そう思った瞬間、機体がアームに接触した。
音は伝わってこない。
空騎士が大きく弾かれ、白い破片が散る。
遅れて、橙色の光が咲いた。
「──っ!」
エレオノーラは息を呑んだ。
機体が姿勢を崩し、回転していく。
船内に警報が鳴り響いた。
廊下を軍人たちが駆ける。面談室の通信機から、切迫した報告が流れ込んだ。
『空騎士一機、移民船と接触!』
『機体制御不能!』
『救難班、出動準備!』
エレオノーラの手が、申請書の上で止まっていた。
─────
「接触した空騎士は救助され、現在、集中治療室へ運ばれております」
「容体は?」
「重体とのことです」
エレオノーラは立ち上がった。
自分の失策だ。
入植希望者を呼び寄せておきながら、受け入れが追いついていなかった。
その間、自分はガチャにうつつを抜かしていた。
SSRが出なすぎて、ムキにまでなっていた。
「……どなたですの?」
「バウアー卿です」
「バウアー卿……」
聞き覚えがある。
とても。
ものすごく。
「バウアー……?」
「ディートリヒ・バウアー卿です」
その瞬間、前世の映像が脳裏に蘇った。
ホリスタ、四周年記念生放送。
新規実装予告──URディートリヒ・バウアー。
兜を脱ぐ、超美麗作画の空騎士。
人気男性声優の、低く甘い声。
『命の恩人であるお嬢様のため、この命を捧げます──』
「この人ですの!?」
「どの人でしょうか」
「URですわ!」
「ゆーあー……?」
「こうしちゃおれませんわー!」
エレオノーラは廊下へ飛び出した。
「お嬢様、廊下を走ってはなりません」
「わたくしのURが死にかけておりますのよ!」
「重体のバウアー卿です」
「同じことですわ!」
床を蹴る。
裾が邪魔だ。両手で持ち上げ、さらに走る。
あのディートリヒだ。
あの声で、命の恩人へ忠誠を誓うはずの男だ。
こんなところで死なせてなるものか。
(わたくし、まだあの声を生で聞いておりませんわ!)
─────
集中治療室の扉が開いた。
「お待ちください、お嬢様!」
「現在、緊急処置中です!」
制止の声。
明滅する医療機器の表示。
電子音。
その中央に、ひどく傷ついた青年が横たわっていた。
顔の半分を包帯が覆い、口元には呼吸器が取り付けられている。
PVで見た、あの精悍な空騎士とはあまりにも違った。
「ディー……ディートリヒ……!」
返事はない。
エレオノーラはベッドへ駆け寄り、その手を握った。
「ディートリヒ! 死んではだめよ!」
セバスティアンの眉が、わずかに動いた。
医師と看護師が顔を見合わせる。
──ディー?
いったいいつから、そのような愛称で呼ぶ仲だったのか。
「目を覚ましなさい!」
エレオノーラは握る手に力を込めた。
その瞬間。
エレオノーラの身体から、淡い虹色の魔力が立ちのぼった。
金の髪を縁取り、肩から幾筋もの光がオーロラのように現れる。薄絹のように揺れるその輝きが、白い寝具に七色の影を落とした。
セバスティアンが息を呑む。
エレオノーラは気づかない。
ただ青年の顔を見つめ、その名を呼び続けていた。
握り合った手の隙間から、虹色の光がこぼれていた。
目の前の青年は、まぶた一つ動かさない。
「あなたの声を聞かせてちょうだい!」
看護師が口元を押さえた。
「まだ、わたくしに一言も聞かせておりませんのよ!」
周囲には、愛する男への必死の呼びかけにしか聞こえなかった。
生で実装ボイスを聞きたい女の懇願だとは、誰も思わない。
それでも、握った手を離せなかった。
声を聞きたい。
目を開けてほしい。
「お願いですわ……ディー」
─────
暗闇の中に、声がした。
女の声だ。
『……ディートリヒ』
『死んではだめよ』
誰の声かは分からない。
音のない闇に、その声だけが届く。
『あなたの声を聞かせてちょうだい』
『ディー』
自分を呼んでいる。
ただ、そのことだけが分かった。
ディートリヒは、その声へ向かって手を伸ばした。
虹色の光が、見えたような気がした。
そのうち人物紹介とかもやりたいなとおもってます。
最後まで読んでくださりありがとうございます。
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