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1 ゾンビ、豚バラを食す

 ロックバンド「アポカリプス・ヒューズ」(『Apocalypse・Hughes』、以下アポカリ)がメジャーデビューしたのは一九九五年のことであった。


 デビュー直後はボーカル純丘光(すみおかひかる)の優れたルックスとライブパフォーマンスだけが頼りの、ありきたりなヴィジュアル系バンドであり、九五年から九六年にかけて発売した二枚のアルバムといくつかのシングルの売り上げはどれも低調に終わっている。


 しかし何がきっかけだったのか、九七年発売のサードアルバム「little casas」を機に彼らの音楽性は一気に開花した。純丘が創る奥深く美しい歌詞と、キーボードの京恭二(みやこきょうじ)が曲風の幅とオリジナリティを持たせた曲の数々は、感度の高い音楽ファンに認知され、このアルバムはオリコンヒットチャートの上位に長期間ランクインした。


 その後九八年にはアルバム「A Life」を、九九年にはアルバム「銀のペンダント」を発売、どちらも大きな反響を得た。その間に発表した七枚のシングルは全てがオリコン週間トップテン入りを達成。音楽番組に引っ張りだこになった彼らの知名度は大きく上がった。日本の音楽シーンの一翼を、この時期アポカリが引っ張っていたと言っても過言ではない。


 しかし栄光は長続きしなかった。二〇〇一年に「新カノン」、〇三年には「陽(ひ)」と発表したアルバムの曲中で、(それらのアルバムは売上的には成功を収めたものの)彼らの音楽がどこかくすんでしまったことを、一部のファンはかぎ取らずにいられなかった。似たようなフレーズの繰り返し、大衆に媚びたキャッチ―なだけのメロディー。たった三、四年前までメンバーたちに内包されていた豊かなメロディーのラインナップはこの時には既に枯渇し、アイディアは絞り出しつくされてしまっていたのだろう。


 その後も彼らは精力的に楽曲制作とライブ活動を続けたものの、CDの売り上げは減少していき、徐々に音楽シーンの隅へ隅へと追いやられていった。やがてシングルを発表してもオリコンチャートの五十位以内にすらランクインされなくなり、コアなファン以外にその活動が話題にならなくなった中で、二〇一三年、無期限の活動休止が発表された。


 ――アポカリの成功から衰退への軌跡は、恐らく多くのアーティストが似たようなそれを描いてきたもので、音楽家に限らない芸術家一般に見て取れる、ある類型のひとつと言えるだろう。そして多分これは小説家にも当てはまることで、――マリファナが吸いたい。


 今すぐ目を開け枕元のスタンドライトの灯りを点けベッドから起きて、部屋のデスクの引き出しに入っている紙巻マリファナにライターで火を点け、すうっ、と思い切り煙を吸い込みたい。


 いやだめだ。だめに決まっている。明日の昼十二時までの原稿の締め切りがあるのだから、とにかく今日は早く寝て、明日八時には起きて原稿の空白部分を埋めないと私はいけないのだ。それでなくったって営業さんに入稿をぎりぎりまで待ってもらっているのだから、今から起きてマリファナを吸うのだけは絶対だめだ。寝よう。寝るために無になろう。アポカリ以外に考えることはないだろうか。いや無になるのだから考えるのはだめだ。


 ……お笑いトリオ大阪06は、なぜ村島をメンバーから外さないのか。他の二人――貝山と関谷と比べると、村島だけ才能が無いのは明らかなのに。こんなことを言うと村島さんには失礼かも知れないが、彼は華も無いしコントにおける演技力もキャラも弱いし何よりもさっとしていて面白くない。ネタだって貝山さんと関谷さんが二人で作っていると聞く。三人のコントでも村島さんの登場時間とセリフはだいたい少なめで、もう貝山と関谷だけでいいじゃん! と思うことが多々ある。それでも村島さんを切らないのはやっぱり長年の……


 私はいつの間にか眠りに落ちていた。


 部屋の扉がノックされる音で目が覚めた。


コンコン、コンコン


 そのノックの音を聞いた時、夢にどっぷり浸かっていた私は、はじめそれが夢の中の出来事なのではないかと錯覚した。だから一度、ぱち、と暗闇のなか目を開けたけれど、ああ夢かと思い、眠気に誘われてそのまま再び目を閉じた。すると


コンコン、コンコンコン


 またノック音がした。それで夢ではなく現実に誰かが私の部屋をノックしているのだと理解した。再度目を開けスタンドライトを点けた。


 顔をちょっと起こして壁掛け時計を見た。二時五十分。私はむかむかしてきた。もうその時には気が立って眠気は遠い彼方まで去って行ってしまっていた。これはしばらく眠れないかもしれない。明日――正確には今日――十二時までの締め切りがあるのに。私はノックした人間に怒りを覚えながらベッドから跳ね起きた。もちろんノックの主が誰なのかは予想がついていた。ドアの前まで早足で歩き、ドアを勢いよく開けた。


 部屋とつながっているリビングから照明の白い光が射し込んで、寝起きの私は思わず目を細めた。弟がすぐそこに立っていた。照明を背に受けた彼は、体の正面を黒々とさせていて表情が分からなかった。


 私は、はあーっとおおげさにため息をついてみせた。


「なに? こんな時間に。なんかあった? 私明日広告の締め切りがあって――」


 寝起きでくぐもった声しか出てこないのをふり絞って、早口でまくしたてようとすると、弟は、四角いフレームの眼鏡のブリッジを右手の中指で押し上げて、私の話を遮った。


「ごめんお姉(ねえ)」


「なに?」


「なんか、ゾンビに咬まれちゃったみたいなんだけど」


「うん?」

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