2-24.クリストファールート「出産(クリストファー目線)」
セルヴィのつわりはとても辛そうだったが、つわりが落ち着いてくると、穏やかな日常が戻ってきた。
毎日お腹の中の赤ちゃんに話しかけ、誕生を心待ちにした。
時々、お腹を蹴ってくれるから、たくさん触ってしまう。
赤ちゃんが蹴ると
「今、蹴った!蹴ったよ!」と僕は大喜びをして、セルヴィは幸せそうに微笑む。
本当に僕は幸せだ。
これ以上の幸せなど、無いだろう。
セルヴィの妊娠を貴族も、国民も皆が喜んだ。
僕はもう、こんな幸せがずっと続くのだと信じて疑わなくなっていた。
4月になると出産を担当する医師から、万が一の時の為に、輸血の為の血液製剤を用意すると報告を受けた。
セルヴィが8年前から医療事業に力を入れて、医療は目覚ましい発展を遂げているところである。
6年前には血液型というものが発見され、昨年からエンドラ王国では輸血を試験的に導入していて、生存率の向上に著しい効果をあげている。
血液製剤が使われないのが一番だが、もしも命に関わる状態になったら使う為に、用意させて欲しいと言われ、もちろん了承した。
医師も王太子妃の出産に万全な状態で挑めるように準備をしていて、心強く感じた。
ただし、僕は一つだけ医師にお願いをした。
血液製剤には僕の血も使って欲しいと。
万が一の時に、僕の血がセルヴィを助けたくれればと願った。
幸いセルヴィも僕も血液型がA型で5月からは2週間に一回、僕は400mLの血液を採血してもらった。
血液製剤は時間が経ちすぎると使えなくなってしまうから、使わなかった製剤は破棄もしくは、期限が切れる少し前に必要な患者へ輸血されているようだった。
他にも何人か血液製剤の作製に志願してくれる人がいて、血液製剤の準備は常に整った状態でついに、セルヴィの陣痛が始まった。
夜中にセルヴィの小さなうめき声で目が覚めた。
痛そうにするセルヴィは心配だったが、僕はもうすぐ赤ちゃんに会える事に喜びを感じた。
セルヴィの痛みはどんどん強くなり、痛みの間隔もどんどん狭くなる。
彼女の痛みがどうしたら少しでも楽になるか、考えながら、自分の無力さを感じた。
痛すぎるのかセルヴィのうめき声は叫び声に変わる。
必死に痛みに耐えるセルヴィは、僕の手を強く握る。
途中で医師からはセルヴィの部屋から退出を促されたが、出産に立ち会いたいと強く希望して、セルヴィも僕に出産に立ち会って欲しいと医師にお願いくれて、渋々医師から了承された。
出産に立ち会う王族など前代未聞であったが、僕はセルヴィに頼られるのも、出産に立ち会えるのも嬉しかった。
頻繁に襲ってくる激痛に、セルヴィの意識が遠のき始める。
でも、すぐに激痛で目が覚めているようだった。
僕の手にしがみつきながら、僕の手を必死に握るセルヴィ。
医師達が少し焦り始めている様子が見えた。
セルヴィは必死に頑張り、元気な男の子の赤ちゃんを産んでくれた。
産まれた瞬間に赤ちゃんが泣かなかった時は一瞬だけぞっとしたが、処置ですぐに泣いて心の底からホッとした。
僕はセルヴィに「ありがとう。元気な赤ちゃんを産んでくれて、本当にありがとう。頑張ってくれてありがとう。」と泣いた。
無事に出産ができた事が嬉しくて、僕は最高に幸せだった。
でも、その幸せな時は一瞬にして崩れ去った。
セルヴィの処置に当たってる医師と看護師が慌てている様子が見えて、僕は驚いて固まった。
「出血1,000mL超えました!」と看護師の声が聞こえてくる。
「血液製剤を!」と医師が大きな声で看護師に指示する。
走る看護師、必死な医師。
セルヴィの手が震え始めて、彼女を見ると明らかに顔色が悪い。
「出血が止まりません!」響く看護師の声。
セルヴィの意識が朦朧とし始めて、僕は必死にセルヴィの名前を呼ぶ。
僕を見つめるセルヴィの瞳がゆっくりと閉じて、僕の呼びかけに答えてくれず、僕は激しく動揺した。
すぐに看護師から皆が待ってる別室で待つように言われて、突如慌ただしくなった室内呆然と見て僕は現実の事だと思えずに、そのままセルヴィの部屋を後にした。
部屋には両陛下とダルヴァール公爵夫妻がいて、皆が王子誕生日の喜びに包まれていたが、僕を見た瞬間に固まった。
明らかに僕の様子がおかしいから、どうしたのか聞かれ、僕はセルヴィに今起こってる事をなんとか話した。
とても現実ではなく、悪い夢の中にでもいるような気分だった。
医師も慌ただしすぎて、今はこちらに説明にも来れないようだった。
何も出来ない時間は永遠の時間のように感じられて、僕はひたすらセルヴィの無事を祈った。
医師がやってきて
「セルヴィア妃は出産時の出血がとても多く、一時期は出血性ショックで心肺停止したが、蘇生に成功した。輸血を2L入れて、現在は出血も止まり、何とか一命を取り留めたが、意識も戻らず、依然として予断を許さない状況。新しくお生まれになった王子様は、出産時に苦しくなってしまったので、念のため一晩医療スタッフで様子を見させていただきます。お会いになりますか?」
と聞かれた。
僕が呼びかけてもセルヴィは目を覚さない。
両親陛下もダルヴァール公爵夫妻もセルヴィに話しかけるが、反応はない。
ただ眠っているだけのようにも見えるが、繋がれた点滴が痛々しい。
嫌だ、僕を置いていかないで。
セルヴィ、何でもするから行かないで。
ついさっきまで僕は幸せの絶頂にいたはずなのに、どうしてセルヴィは目を開けないの?
先程まで僕の手を強く握りしめてた手は、全く僕の手を握り返してくれない。
看護師が僕とセルヴィの子を連れてきて、両陛下とダルヴァール公爵夫妻が抱っこをして、僕も抱っこした。
我が子はとても愛おしくて、軽くて壊れてしまいそうで、慎重に抱っこしながら、セルヴィに話しかける。
「僕とセルヴィの赤ちゃんだよ。」
「手も凄く小さいよ。」
「起きて、起きてよ、セルヴィ。」
セルヴィからは何も反応が無くて、僕は涙が止まらなかった。
ダルヴァール公爵夫妻も泣いている。
セルヴィの瞳から一雫の涙が出て、僕はそれを呆然と見つめていた。
夜も遅くなり、両陛下とダルヴァール公爵夫妻は帰って行き、部屋にはセルヴィと僕と看護師だけになった。
看護師は夜もセルヴィが急変しないか付きっきりでチェックするようだ。
僕も休むように王宮の侍女から言われたが、とてもそんな気分にはなれない。
彼女がこのまま目覚めなかったらと思うと、自分がどうにかなってしまいそうだ。
せめて軽食をと部屋に運ばれて、セルヴィの部屋のソファで食べた。
自室に戻って寝るようにも言われたが、セルヴィの側を離れなかった。
夜も眠くなんてならないと思っていたのに、気が張っていたのか睡魔がやってきて、少しソファで眠った。
翌日もセルヴィは目を覚まさず、ただ彼女が生きてくれているだけでも感謝した。
両陛下もダルヴァール公爵一家も度々セルヴィの様子を見にきた。
息子は健康面に問題も無く、僕は安堵した。
その次の日の朝、僕はセルヴィの手を握りながら眠っていたようで、微かにセルヴィの手が僕の手を握ったことで飛び起きた。
セルヴィが意識を失ってから初めての変化だ。
「セルヴィ?セルヴィ!セルヴィ!」
必死に語りかけると彼女の瞳がゆっくりと開いて、僕を見つめた。
「セルヴィ!」
僕は泣きながらセルヴィの名を呼ぶ。
セルヴィは眠たそうな様子で
「…クリス様?」
セルヴィが僕の名前を呼んでくれた!
一昨日の出産直後に、これ以上の幸せは無いと思ったのに、それ以上の幸せを感じた。
「ありがとう、生きてくれていて本当にありがとう。」
僕は泣きながらひたすら感謝の言葉を口にした。
看護師は慌てた様子で医師を呼びに行った。
医療が無ければセルヴィは確実に死んでいたし、医師と看護師に心から感謝をした。
そして、目覚ましい医療の発展に尽力するセルヴィを改めて尊敬した。
彼女の事業は今まで救えなかった多くの命を救っている。
医療、教育の素晴らしさを実感した瞬間だ。




