第二章 第十三話 しとしと雨がふってきて
九九の暗唱。私は初めての九九の授業を風邪で休んでしまい、
一時間遅れのスタートとなってしまったのです。
当然,みんなはどんどんとクリアしていくのに、
私はビリのほうになってしまってとても焦った、という記憶がよみがえってきました。
あの頃の一時間て長かったなあ……と遠い目をする私。
では、どうぞ。
ばんざいやまは、その日は朝からしとしと雨がふっていました。
田んぼや畑、果樹などにとっては恵みの雨です。
そして、かっぱのかわぞう一家やがまさん夫婦にとっても、うれしいうれしい雨なのです。
雨がいつやんでしまうのかはわからないので、がまさんは朝ごはんもそこそこに外に出て、全身で雨を浴びながら体操をしました。
「おはよう、がまおじさん」
「おお、起きたか、きゅうび。おはよう。おじさんはちょっと泳ぎに川にいってくる。きゅうびも朝ごはんを食べたら、川にこないか?」
「今日はごんたと遊ぶ約束をしてるから、いくかいかないかはわからないよ」
「そうか、じゃあな」
がまおじさんはそそくさとでかけていきました。
きゅうびの朝ごはんの後かたづけをしたがまおばさんも
「じゃあ、きゅうび。おばさんもいってくるわね」
とそわそわとでかけていきました。
きゅうびはごんたとの約束の時間になるまで、九九の暗唱をしてすごしました。
はじめておそわったときから時間がたっていて、もうお友だちもどんどん九の段まで暗唱できるようになっているのです。
きゅうびも目をとじて声にだして九九をいいました。
びりにはなりたくないですからね。
「九七六十三、九八七十二、九九八十一。よし、もう見ないでもだいじょうぶだ。……ごんたと遊ぶ時間にはまだ早いな。どうしようかな」
考えたきゅうびは漢字のかきとりをはじめました。
「狐」「熊」「狸」「河童」「天狗」「狼」「蛙」「御仁婆」
そして学校のお友だちひとりひとり。
どれもむずかしい漢字なので、語り部さまのお手本を見ながら練習しました。
きゅうびは書けば書くほど、語り部さまは字がきれいだなあと、ぼくもこうなりたいと、がんばってなんども練習しました。
そうしていてふと時計を見ると、ごんたと遊ぶ時間にちかづいていました。
「まだ早いけど、前にまたせちゃったことがあるからなあ」
きゅうびはまちあわせの場所にいくために家をでました。
雨はあいかわらずのしとしと雨で、
ごんたはなにして遊ぼうっていうのかな?
と考えならきゅうびは歩きました。
まちあわせの場所でごんたをまっていると、おーい、と声がしてごんたが手をふってきました。
合流して、ふたりはごんたの家ですごろくをしてあそぶことにしました。
お昼ごはんをはさんで、またすごろくです。このすごろくは一年ほど前に、ごんたのお父さんにおそわりながら作った、きゅうびとごんたの特製のすごろくなのです。
そのときはまだまったくといっていいほど漢字が書けなかったので、ひらがなだらけのすごろくなのですが、ふたりはとても大事にしているのです。
ものを大切にするっていうのは、とてもいいことですね。
「五勝三敗でごんたの勝ちだ」
「えへへ。悪いね、きゅうちゃん。サイコロがぼくの味方をしてくれたね」
「ほんと、ふしぎだね。なにか変わったふりかたをしてるわけでもないのに、いい目がずばずばでるんだもんね」
「えへへ」
ふたりはごんたのお母さんが持ってきてくれたジュースを飲みました。
そして、ふう、と息をはくと、窓の外を見ました。
外は朝から変わらずのしとしと雨です。
「あ、そうだ。がまおじさんが川で泳ぐからきゅうびもどうだっていわれてたんだ」
「それ、朝の話でしょ? さすがにいまはもう泳いでないんじゃないかな?」
「うん。きっと、かわぞうのお父さんとすもうでもとってるんじゃないかな?」
「見にいってみようか?」
「うん」
そうして、ふたりは川にいくことにしました。
人間の世界では、外出するときはしとしと雨でも傘をさしますが、ばんざいやまではこれくらいの雨では雨をよけたりはしません。
もっと雨脚が強くなってはじめて「傘」ではなくて「笠」をかぶり「蓑」を着るのです。
「きっと田んぼも畑もよろこんでるね」
とごんたがいいました。
「きっとじゃなくて、絶対だよ」
ときゅうびが返しました。
そんな話をしていると、おとながひとり、見るからにあわてたようすで、きゅうびとごんたの横を走っていきました。
こんなことをぶつぶつといっていたのです。
「たいへんだ。たいへんだ」
きゅうびはききました。
「ねえ、おじさん。なにがたいへんなの?」
それなのに、そのおとなは返事もしないで走っていってしまいました。
「いっちゃったね。いったい、なにがたいへんだったんだろう?」
とごんたが首をかしげました。
「ついてってみようか?」
きゅうびの意見にごんたがさんせいして、ふたりはおじさんのあとを追いかけました。
どうやらおじさんは、川にむかっているようです。
川に近づくほどに、あわてているおとながふえていきました。
「きゅうちゃん、これ、なんかあったみたいだね」
「うん」
どうやら本当に『たいへん』みたいで、ふたりはちょっと怖くなりました。
でも、なにが『たいへん』なのかしりたくて、足はとめませんでした。
そうしていると、川が見えてきました。
がまおじさんとかわぞうのお父さんが、てんぐさまとなにか話をしています。
こまっているような、むずかしい顔をして。
きゅうびとごんたがそばまでいくと、がまおじさんが気づきました。
「おお、きゅうび、ごんたくん」
「がまおじさん、どうしたの?」
「それがたいへんなんだよ!」
がまおじさんの視線のさきを見ると、なんと、かわぞうが石になっていたのです。
きゅうびもごんたも、とびあがっておどろきました。
がまおじさんが、きゅうびとごんたに順を追ってせつめいをしてくれました。
がまおじさんが川にいくと、もうかわぞうが家族みんなで川遊びをしていたそうです。
がまおじさんに気づいたかわぞうのお父さんが、一緒に泳ごうと誘ってくれて、がまおじさんはその誘いにのったそうです。
かえるのがまおじさんは、かっぱのかわぞうのお父さんと泳ぎくらべをしたそうです。
とてもいい勝負になり、それを見ていたかわぞうも、かわぞうのお母さんも、がまおばさんも、やんややんやと大盛りあがりだったそうです。
お昼になり、ごはんを食べ終えるとみんなでゴロンと寝っ転がって、日光浴ではなく、「雨浴」をしたそうです。
気持ちのいい雨だったそうです。
お昼をすぎても雨がやむ気配はなくて、上機嫌のみんなは今度は川にぷかぷかと浮かんでリラックスしたそうです。
するとかわぞうが、なにかが光ったよ、ぼく、ちょっと見てくる、と森に入っていったそうです。
がまおじさんもかわぞうのお父さんも気にもとめずに、川からでてすもうをとって遊んだそうです。
がまおばさんとかわぞうのお母さんも、女同士ですもうをとったそうです。
いまにして思えば、あのときにおとなたちがついていってあげていれば……と、とても残念そうにがまおじささんはいいました。
すもうをとるだけとってつかれたみんなは、かわぞうがまだもどってこないことに気がついて、そこではじめてかわぞうを探したそうです。
そして、森のなかで石になったかわぞうを見つけたのだそうです。
とりあえずと思って川まで運んできたのだそうですけど、よくよく考えればまっさきにいずみの精霊さまのところへ運べばよかったと、てんぐさまにいわれるまで気がつかなかったそうです。
人間もばんざいやまのお友だちも、パニックになると冷静に判断ができなくなるのは一緒のようですね。
集まってきたばんざいやまのお友だちを解散させて、てんぐさまはかわぞうのお父さんお母さん、がまおじさんとがまおばさんの五人で、石になったかわぞうを持ちあげて、いずみの精霊さまのもとへと走りました。
心配になったきゅうびとごんたもついていきました。
ですが、てんぐさまに
「きゅうび、ごんた、これは重大な問題だから、ふたりは家に帰りなさい。かわぞうは大丈夫。明日になったら学校で会えるよ」
といわれては、足をとめないわけにはいきません。
小さくなっていく五人の背中を見送って、きゅうびとごんたはとぼとぼと、でもかわぞうを心配してはらはらとした心で帰っていきました。
ふたりが歩いていると、たぬまるが立っていました。
なにやら真剣な顔をしていて、いつものたぬまるとは違います。
ふたりもふざけたりせずに、真剣にたぬまるに話しかけました。
「たぬまる、どうしたの?」
「実はな、昨日、いや、今日の朝か。夢にコトミちゃんがでてきたんだ」
かかっかかっかかっかか、かわぞうが石にいいいいいい。
では、また。




