移りゆく世界4
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三川は突如現れた敵戦艦への対応に苦慮していた。
まず、『アイオア』級戦艦というやつが、第八艦隊にとっては手に余る敵である。
簡単に言ってしまうと、旧型の巡洋戦艦一隻しか持たない三川にとっては、どうにも歯が立たない。
三川、小松共に最新鋭の一等巡洋艦『剣』型を持っているが、これらの艦も戦艦を相手にする前提の物ではない。
「MXY1なら、相応の効果が期待できるが……」
虎の子の『桜花』は、できれば敵空母へのトドメに使いたいというのが、三川と第八艦隊司令部の総意である。『アイオア』級戦艦に撃ち込んでも、戦略レベルでの効果が薄いのだ。
ついでに言えば、『桜花』の残りも少ない。
そもそも『桜花』は、まだ量産ラインに乗ってすらいない実験兵器であり、総生産数自体が一〇〇にも満たない。無いものはないのだ。
「『島風』被弾しました……そのまま走り抜けるようです」
一方で小松艦隊の駆逐艦達は、その俊足を生かして敵空母の追撃へ移行して行く。
これらの駆逐艦達は重雷装であり、近距離雷撃戦なら『アイオア』級が相手でも、十分な打撃力が期待できるが、やはり魚雷は空母殲滅用に温存する方針である。
「小松艦隊の一等巡洋艦が、『アイオア』級戦艦の間合いに入ります……砲戦、始まりました」
「我々も、早く参加しないとな」
実は三川には取っておきの隠し玉があった。
『剣』型は一昔前の戦艦くらいのサイズ感をしているが、実は雷装しているのだ。
艦側面片側二箇所、計四基の三連装魚雷発射管を有する。
問題はどうやって魚雷が有効な間合いまで近づくか。ということだが、必ずその時は来るはずだと三川は考えている。
「とにかく、主力の駆逐艦がすり潰されるのは面白くない」
戦略的な観点から見た場合、戦艦はそれほど重要ではない。
重要なのは、あくまで敵空母の漸減である。
第八艦隊前方では、小松艦隊の『剣』型二隻が、『アイオア』級と激しく主砲を撃ち合っている。
小松は手持ちの駆逐艦を通す為に、果敢に砲戦を仕掛けているのだ。
「間もなく敵戦艦、射程内」
「艦首方向、主砲戦用意!」
「主砲、射程に入り次第、発射だ!」
にわかに『鳥海』のCICが騒がしくなる。
旧型の巡洋戦艦である『鳥海』は、最新型の『アイオア』級に対してかなり分が悪い。
だが、ここで退くわけにはいかない。
ドカン! とばかりに艦が揺れ、『鳥海』の艦首連装砲二基四門が主砲弾を吐き出す。
三川は歓喜した。
「また『鳥海』が戦える日が来るとは……」
世界の海軍が空母決戦思想に傾倒していく中で、戦艦の役割は空母の護衛に変わっていくだろうと考えられている。
実際、旧世代の戦艦達は対空砲を増設し、空母護衛に適した姿に変わっていっている。そして、最終的には、より安価で高性能な『秋月』型のような防空駆逐艦によって、その居場所を追われるだろう。
それは一海軍司令官の三川に取って、とても寂しい事だった。
それがどうだろうか。いざふたを空けてみれば、『鳥海』は敵『アイオア』級戦艦と対峙し、主砲を交えている。
「主砲弾……命中!」
「いいぞ!」
「やった!」
命中報告に、CICのあちこちから歓声が上がる。
初弾命中は日頃の訓練の賜物と言えるだろう。
だが、直後に良くない報告も上がってくる。
「主砲弾、敵戦艦の装甲に弾かれました!
敵艦に損傷なし!」
「問題ない。撃って撃って撃ちまくれ」
どっかりと司令官シートに腰を落とし、三川は指示を出す。
敵は新型戦艦である。硬いことは分かりきっている。
距離を詰めれば、いづれ有効打が得られるはずだ。
小松艦隊の『剣』型二隻も、出し惜しみなしで主砲弾を『アイオア』級戦艦に浴びせながら、間合いを詰める。
こちらの武器は船足の速さと、必殺の魚雷攻撃である。
「我が艦隊は、『アイオア』級の右舷側に展開する。
我が巡洋艦部隊は、主砲を連射しつつ敵戦艦に接近。魚雷戦を実施する」
残念ながら『鳥海』に魚雷は積まれていない。
従って、『鳥海』の役目は後続の『剣』型の為に、『アイオア』からの攻撃を誘うことだ。
勇猛果敢な帝国海軍艦艇は、猛然と『アイオア』に襲いかかる。
だが、やはり魚雷の有効射程まで近づくという事は、飛躍的に敵弾への被弾率を押し上げる。
そして、被害が出た。
「『畝傍』被弾! 装甲区画を貫通された模様!
通信途絶!」
『畝傍』は既に第二砲塔に被弾しており、中破状態で戦っていたため被害が深刻化した可能性がある。
どの道、戦闘への復帰は絶望的であると三川は判断した。
「『畝傍』へ発光信号! 戦線を離脱し、乗員と艦の保全に努めよ。送れ!」
三川は即座に損傷艦に離脱を命令。
乗員の安全確保はもちろんだが、今は突入進路を塞がれる事の方が問題だ。
「やはり『アイオア』級相手では、巡洋艦の『剣』型では厳しいですな」
神参謀が渋い表情で言う。
「そんな事は百も承知だ。それより駆逐艦を追いかけられる事のほうが面白くない」
三川も渋い顔をした。
三川とて、手持ちの艦を傷つけられるのは不本意だが、ここでは敵空母への攻撃を通すことのほうが重要である。
「小松艦隊より入電! 旗艦『剣』被弾。推進器に被害あり。一旦離脱する。以上です!」
「『トマホーク』かなにかでしょうか?」
『アイオア』級戦艦の主砲は全て第八艦隊側を向いているので、必然的に『剣』を損傷させたのは、対艦噴進弾の類という事になる。
「『剣』型に懐へ潜り込まれると、致命傷を負うという事がわかっているのだろう。敵もなかなかやりおる」
戦略的にあまり意味のない巡洋艦相手に、『トマホーク』を撃ったという事は、つまりそういう事だ。
「しかし、神参謀。これで『剣』型は残り四隻。
少々手数に不安が出てくるな」
「ヨーソロ。
とはいえ、我が配下の駆逐艦を戦艦攻撃には使いたくありません」
第八艦隊には、艦隊型駆逐艦である『舞風』型駆逐艦がいる。汎用性重視の『舞風』型は攻撃型の『村雨』型や『雨花』型ほどの火力を持たないとはいえ、それでも空母を葬るには十分な雷装を有する。
敵空母への攻撃に、可能な限りの火力を投入したいと三川は考えているので、戦艦相手に魚雷は撃ちたくない。
「同感だ。ならば我が『鳥海』を持って、『アイオア』級戦艦を粉砕するしかない!
『伊吹』『鞍馬』『白根』に下命。我に続け!」
作戦は極めて簡単だ。
『鳥海』を盾に、三隻の『剣』型を必殺の間合いに送り込む。
『鳥海』を推進器を盛大に吹かしながら、『アイオア』級へ向かう。
こちらの意図を察したのか、『アイオア』級の巨砲が火を吹く。
「当たらん当たらん」
わはは。と鷹揚に笑い、三川は腕組みをした。
旧式とはいえ、巡洋戦艦の『鳥海』は快速だ。
早々、主砲で捕らえられるものではない。
しかし、それは敵も承知の上だろう。敵の艦長も優秀だ。
「敵、発砲! 噴進弾、『トマホーク』のごとし!」
叫び声が上がる。
「対空砲、撃ち方始め!」
敵戦艦から、三つの水蒸気の帯が『鳥海』めがけて伸びてくる。
「奴さん、弾薬を温存していたのか……」
「もしかすると、戻ってきた空母艦隊に居た『アイオア』級かもしれません。一時戦線離脱したタイミングで腹一杯になったと考えられます」
神参謀の言葉に、三川は納得した。
補給直後にここに来たのなら、弾薬は十分持っているはずだ。
「敵、噴進弾第二射を発射! 数三!」
『トマホーク』を旧型巡洋戦艦相手に六発。なんとも豪勢な使い方である。
「対空噴進弾も使え! こちらも出し惜しみなしだ!」
「イの三二番、数六! 目標、敵噴進弾! 準備出来次第撃ち方始めっ!」
艦対空誘導噴進弾が、『鳥海』の艦橋左右に配置された垂直発射管から放たれる。
敵味方双方の噴進弾の弾道が絡み合い、そして爆ぜる。
「迎撃成功……四! 二発抜けてきます!」
士官の報告を待たずに、『鳥海』の対空砲が一斉に火を吹く。
パッと光が瞬いて、直後に爆発。
残り一発。
最後の『トマホーク』は、微妙に蛇行しながら、こちらの弾幕をかいくぐり『鳥海』の左舷艦首方向に向かう。
「マズいですな」
神が言った。
マズいという意味は簡単だ。軍艦という物は、基本的に真正面方向に向けられる砲が少ないのだ。
「食らうか」
そう三川が言ったとき、振動。
被弾したのだ。
「艦首左舷側に被弾」
「被害報告、急げ」
「衛生兵! 直ちに救護活動を実施」
艦首付近なら、悪くて中破。戦闘続行可能と三川は判断した。
「推力最大を維持! 進行を止めるな」
司令官シートから立ち上がり三川は毅然と言い放った。
「敵戦艦、発砲! 主砲斉射です」
「大丈夫だ。外れる」
自信を持って三川は断言
実際に敵弾は、『鳥海』の後方を飛び抜けて行った。
もし、被弾に驚いて速力を落としていたら、今の一斉射で終わっていたかもしれない。
だが、実際にはそうならず『鳥海』は健在で、変わらず主砲を撃ち返す。
彼我の距離は、そろそろ八〇万キロを割ろうかと言うところまで来ている。
『アイオア』級にとっては既に交戦距離の内だが、『鳥海』にとっては若干遠いと言った具合だ。
「敵戦艦、発砲」
敵戦艦の主砲が火を吹き、主砲弾が『鳥海』に襲いかかる。
「至近弾! 損害軽微」
「衛生兵より入電! 艦首被弾箇所付近で火災発生! 消火班、対応急げ!」
「砲撃続行! 攻撃の手を休めるな!」
三川は怒鳴った。
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敵駆逐艦部隊接近の報に、ハルゼーは選択を迫られていた。
「この駆逐艦の一群は、間違いなく我が空母艦隊の殲滅を企図しています」
「そんなことはわかっている。黙ってろブローニング」
ハルゼーは海図を睨みながら怒鳴った。
当初こちらに急接近していた艦隊は、スプルーアンスの寄こした戦艦『ミズーリ』によって、一時的に阻止された。
それに対応して、敵は駆逐艦を分離。
駆逐艦以外の艦艇で『ミズーリ』を足止めする作戦に出た。
ハルゼーの手持ちには、防空用の駆逐艦が十隻。随分目減りしたので、敵駆逐艦の突入阻止には使えないだろう。
「退くしかない……
が、ただ逃げるだけじゃつまらねえ。
……おい、ブローニング」
「アイサー」
「今出せる艦載機はどれくらいある」
「戦闘機は待機中の物も含めて四艦あわせて一二〇、攻撃機は八〇程度です。サー」
「よし、艦隊反転。接近中の駆逐艦部隊から距離を取る。距離を取っている間に、艦載機を飛ばして『ミズーリ』とやり合ってる敵の巡洋戦艦をやる。
コイツが敵の旗艦のはずだ」
「サーイエッサー」




