移りゆく世界3
◇◆◇◆◇◆◇
宮部のドローンが戦闘を始めてから、坂井に対する圧力は徐々に減じている。
これにより、坂井は戦況を俯瞰する余裕ができた。
「未知の空母を捕捉」
AIの報告に坂井は困惑した。
「『大和』の仲間か!?」
坂井もラーズ絡みで変なことには慣れっこなのだが、何もない所に戦艦が出現するのは中々の異常事態だ。
異常事態ついでに空母の一隻くらい出現しても、まあそういう物だろうという感想だ。
「友軍識別完了。艦隊名称なし。空母『エンタープライズ』と認む」
「『エンタープライズ』!?」
なにをどう考えても、大日本帝国の艦名ではない報告に坂井は混乱。
「友軍識別ができたという事は、味方なんだな? 『エンタープライズ』は?」
「ヨーソロ。『エンタープライズ』は大日本帝国海軍により制式承認された友軍識別信号を発信しています」
『エンタープライズ』は第一次聖域海戦の冒頭で、レクシー・ドーンによって撃破された。それを踏まえると、撃破後に漂流していた残骸を帝国海軍が鹵獲、修理したということになる。
確かに、他国に対して秘密裏に空母を建造するのは難しいので、こういう選択もありえるのかもしれないが。
「『エンタープライズ』より、航空機が離艦中。キ八四と認む」
「今度は陸軍機か……」
これは増援予定だった陸軍航空隊だろうか。
なかなか到着しないと思っていたら、『エンタープライズ』と一緒に居たという事か。
いよいよもって無茶苦茶だと坂井は思った。
「通信を陸軍航空隊に繋げ!
こちらは第一航空艦隊所属、符丁カンムリワシ。飛行隊長だ。
陸軍機、応答せよ」
「こちらは遠野郷派遣軍隷下の第四一四特設飛行隊、篠山軍曹であります。
我々は第一航空艦隊への増援であります」
どうも本当に、増援らしい。
言いたいことは山程あるが、今は敵の撃退が最優先だ。
「三三〇度方向から、敵増援が迫っている。空母周辺は我々に任せて、迎撃に当たってくれ」
坂井としては、陸軍機の足の短さが気になるのだが、第一航空艦隊の周辺は宮部のドローンが大量に飛び回っている。
動きの読めない陸軍機が混ざることで、宮部のドローン制御に影響が出る事を坂井は嫌ったのだ。
「おっと」
死角から迫って来ていた『ヘルキャット』をヒョイ。とかわして、坂井は即座に背後に回って撃墜する。
ドローンが迫ってくる敵機を、神の視点で見せてくれたからこそ可能な技である。
「それにしても、まだまだいるな」
だが『大和』出現以降、潮目が変わった事も事実。
その時、坂井の視界の隅で、爆発が起こった。
「『アイオア』が……沈んだ」
あれほど丈夫な『アイオア』級を、『大和』は瞬殺してみせた。
恐るべき戦艦だ。
◇◆◇◆◇◆◇
ラーズが『エンタープライズ』を発艦したのは、三〇分程後の事だ。
発艦が遅れたのは、飛行甲板を陸軍機が埋めていたからである。
空母艦載機と違い、陸軍機は飛び立つの時間がかかるため、随分待たされた。
今回、『エンタープライズ』の艦載機は直掩と第一航空艦隊への増援として、『疾風』を二一個小隊六三機。これにスズメ1が加わって六四機が発艦する。
一番機はラーズのスズメ1である。
「スズメ1、発艦始め!」
「ヨーソロ。スズメ1発艦!」
管制官の指示で、ラーズはスロットルを開けて、『エンタープライズ』を後にした。
ラーズが目指すのは、第一航空艦隊の空母である。
第一航空艦隊の空母には『烈風』の部品もあれば、弾薬もある。
なんなら、ドローンの補機もあるだろう。
それらがあれば、ラーズはまた十全に戦うことができるのだ。
『エンタープライズ』の航空隊を離れて飛ぶこと約二〇分。
スズメ1の電探が空母の艦影を捉えた。
「正面方向、距離一〇〇〇。第二航空戦隊所属、空母『天鶴』と認む」
直掩機は十機程居る。
第一航空艦隊の猛者が、よもや誤射などしてこないはずなので、ラーズは一直線に『天鶴』との距離を詰める。
◇◆◇◆◇◆◇
『天鶴』艦長の滝見は艦橋に立っていた。
CICに居ないのは、なんとなく外の様子を見ていたい衝動に駆られていたからだ。
どの道、『天鶴』は艦載機を出し入れする状況にない。
草加参謀長から届いた命令により、ドローンは出せるだけ出した。
「む」
滝見は、『天鶴』の真正面で星が陰るのを見た。
「……航空機……か?」
通常、空母に向かって反航する航空機は居ない。敵でも味方でも、だ。
「CIC。艦長の滝見だ。
本艦の真正面に航空機が見えたような気がするのだが……どうか?」
「正面の機体は『烈風』です。有人機で所属は『翔鶴』航空隊です」
「何かの間違いではないのか?」
『翔鶴』は既になく、航空隊は解散して第一航空艦隊のほかの艦に割り振られた。
未だに『翔鶴』所属の友軍識別を出しているのはおかしい。
「一応対空戦闘用意だ。偽物かもしれん」
基本的に友軍識別コードを偽造することはできないはずだが、アメリカ軍が『翔鶴』をサルベージした可能性は否定できない。
だが、本当に友軍機だった場合、迎撃するとマズい事になる。
巨大戦艦だって突然出現するのだ。『翔鶴』の艦載機が突如出現する可能性も否定でないだろう。
そして、真相を確かめるのは簡単だ。
滝見は通信機に手をやった。
「こちらは『天鶴』艦長の滝見である。接近中の航空機、応答せよ」
「こちら『翔鶴』航空隊所属、符丁スズメ1」
応答はすぐにあった。
そして、符丁スズメと言えば、サムライ坂井の九三一空戦闘十七飛行隊所属として知られている。
第一航空艦隊……ひいては帝国海軍最強の一角である。
「スズメ1は『翔鶴』と共に沈んだと記録されている」
意地悪な質問であると滝見は思うが、やはり敵の謀略である可能性がある以上、そうやすやすと信用してやる事はできない。
「放棄された『翔鶴』が処分される直前に、離艦することができました。今まで第ゼロ艦隊と共に行動していました」
第ゼロ艦隊とは、『大和』の艦隊の事だろうか。そうならば、確かに空母も居るので話に矛盾はない。
「もしお疑いでしたら、『大和』の古賀長官に問い合わせを。
それと、本機への燃料弾薬の補給を願います」
『天鶴』左舷側五キロ程の所を、『烈風』が反航して飛んでいく。
こちらに背を向けた『烈風』の両翼に、赤い日の丸が見えた。
『烈風』に赤い日の丸を描いている機体は、この世に二機。サムライ坂井のカンムリワシ1と件のスズメ1だけなのは、第一航空艦隊の中では常識だ。
「本当に、『翔鶴』航空隊の機体なのか……」
滝見は呆然と呟いた。
戦場で死んだ者の姿が目撃されたという報告は、結構頻繁に上がってくる。
まさか自分がその報告を上げる番になるとは、滝見自身も思っていなかった。
「航空機、変針します!」
士官の報告で、滝見は我に返った。
その時には、スズメ1は左に一八〇度旋回。ピタリと『天鶴』と中心線を合わせて来る。
ほれぼれする操縦技術だが、見とれている場合ではない。
「着艦する気か!?」
許可なく空母の飛行甲板に接近するのは、もはや敵対行為なのだがスズメ1の動きが速すぎて、警告を出すこともできない。
「両舷全速! 仮想重力甲板活性化! 『烈風』が着艦してくるぞ!
消化班と救急班を待機させろ!」
滝見は叫んだ。
もはや、着艦中止命令を出す時間もないと判断したのだ。
いや、スズメ1はこちらが着艦中止命令を出せないタイミングで、不意打ち的に着艦を仕掛けて来たと言うべきか。
無茶苦茶な話だが、スズメ1はそのまま『天鶴』の飛行甲板に進入。飛行甲板中央付近で鮮やかに着艦してみせた。
機体はそのまま惰性で転がり、艦橋前部のエレベータ前で停止した。
思わず拍手したくなるような見事な着艦であったが、規則違反は規則違反である。
「航空兵を出頭させるように」
第一航空艦隊のエースに対して、滝見もあまり文句など言いたくないのだが、『天鶴』航空隊への示しがつかないのだ。
程なく、スズメ1は待機甲板に引き込まれる。
「艦長。整備班がスズメ1の補給と修理について問い合わせてきていますが……」
「燃料と弾薬、めいっぱい積んでやれ」
どの道、補給しないわけにはいかないので、ここの指示は他にしようがない。
「艦長! 艦隊司令部の草加参謀長から通信が入っています」
艦隊司令部が置かれている『瑞鶴』の方でも、スズメ1を感知したらしい。
「出よう。繋いでくれ。
……こちらは、『天鶴』艦長滝見です。草加閣下」
「スズメ1が『天鶴』に着艦したという情報がネットワークに流れたが、本当か?」
「ヨーソロ。少なくとも友軍識別上、スズメ1となっている機体です」
「搭乗員は……通信に出せるか!?」
「現在着艦作業中であります。着艦後は出頭するように命じてありますので、間もなくやって来るかと思います」
「すまんが、急いでいる。使いを出してすぐに連れてきてくれ。これは司令部命令だ」
司令部の命令なら仕方ないので、滝見は通信士官の方を向き直る。
「谷川君、すまんがさっき着艦した『烈風』と、この通信を繋いでくれ」
「ヨーソロ」
五秒程の間があって、通信にガヤガヤとした音が混ざる。
「草加だ! ラーズ君か!?」
「草加閣下!」
カヤガヤとした音は、スズメ1が格納甲板を移動している音だろうか。
「無事だったか。よかった。
積もる話もあるが、要点だけ話す」
「ヨーソロ。お願いします」
「現在、我が艦隊は敵の空母艦隊二つから攻撃を受けている。
艦隊の直掩は宮部と坂井が頑張ってくれているから、一旦は落ちついた」
「ヨーソロ」
「敵戦艦の出現で怪しい場面もあったが、戦艦『大和』の登場でこれも大丈夫そうだ」
「つまり、反撃。というわけですか」
「そのとおり。モズ1を隊長機とした攻撃隊を編成した。対艦装備の『烈風』二四と『流星』三三機、合わせて五七機。護衛として『烈風』十八。この十八機をラーズ君にまとめてもらいたい。
攻撃目標は甲艦隊。最初に接敵したほうの空母艦隊だ」
「『翔鶴』をやった方ではない?」
滝見はラーズのその言葉に、強烈な殺気を感じた。
「そうだ。だが、コイツにも我が艦隊の艦船は結構損害をもらっている。
『翔鶴』をやった方の艦隊は、現在第八艦隊が対応中だ。
どうだ? 行けるか?」
「もちろん行きます! 補給が終わり次第、合流します」
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ラーズは正直、説教覚悟で『天鶴』に降りたわけだが、結果として怒られることはなく、補給を受けられたし再び飛び立つ事もできた。
この間にも、散発的に敵機がやって来るが、それらはドローン達によって撃墜される。
「本当に前部宮部っちが操ってんのか? アレ」
「戦術データによると、チョウゲンボウ1の特号装置に接続されている乙『烈風』は五二機にのぼります。
『烈風』のAIはドローン三機を前提にプログラムされているので、少なくとも四九機は人力で制御しているという事になるかと……」
鈴女も自信がないらしく、最後は尻すぼみになった。
それはそうだろう。特号装置の開発過程でラーズも最大接続数のテストはやっている。七機。それがラーズが同時に飛ばせた機体の数である。
その七倍の数を平然と操っている宮部は、はっきり言って異常である。
「なにかあって能力が覚醒したのか……それとも……」
そこまでラーズが口にした時、通信が入った。
「モズ1よりスズメ1。現在そちらの二〇〇度方向より接近中」
「スズメ1からモズ1。ヨーソロ。目視で確認した」
ラーズは操舵スティックを操って、モズ1と進行方向を合わせる。
「草加参謀長の命令により、制空担当の指揮権をスズメ1に移譲する」
爆撃の神様村田は、今日も変わらず無愛想だ。
「ヨーソロ。スズメ1は制空担当の十八機を指揮する」
だが、それでいい。変わらないのがいいこともある。
編隊を組み直し、村田率いる攻撃隊を先頭にそのやや上方にラーズはついた。
ラーズの後方には、三機か四機一組の分隊が六つ追従してくる。
ドローンが充足していないのは、宮部がコントロールを奪ったからだろうか?
「左舷方向、戦艦『大和』です。ご主人様」
鈴女に言われて視線を移せば、大きく旋回中の『大和』と、大破漂流している『アイオア』級戦艦が見えた。
古賀長官は、次の獲物を物色中といったところか。
「『大和』からの電文を受信。航空隊の戦果に期待する。以上です」
「鈴女。返信を頼む。我らの戦果、大いに期待されたし。以上、送れ」
「ヨーソロ」




