移りゆく世界1
移りゆく世界
これにより大混乱を起こしたのは、アメリカ海軍である。
「状況がわからない。巨大戦艦を見た者以外の発言を禁止する」
スプルーアンスは大声で宣言した。
その一声で、旗艦『レキシントン』のCICに静寂が訪れる。
「『ベニントン』所属機からの映像です」
オペレータがコンソールを操作すると、CICの天井いっぱいに、巨大な艦影が浮かび上がった。
同時にどよめきも広がる。
「未確認の戦艦です。映像からの推測になりますが、『アイオア』の倍程の全長があります。質量は十倍に迫る巨大戦艦です」
『アイオア』級の全長は一五〇〇フィート程である。その倍となると三〇〇〇フィート。これは巨艦として知られるエッグの『パンデリクティス』級よりも長い事になる。
まさに巨大戦艦というにふさわしいサイズだ。
「ここは大日本帝国の内海だ。秘匿兵器はあってしかるべきだろう」
この戦艦が、最初から時々目撃報告の上がっていた怪物と考えて差し支えないだろう。そうスプルーアンスは考えた。
だが、なぜ突如戦域のど真ん中に出現したのかがわからない。
何かこちらの想像もつかない新兵器を装備している可能性がある。
……どうする?
スプルーアンスは自問する。
答えなど考えるまでもない。この戦艦を撃破しないと、小沢艦隊を撃滅することなど不可能だ。
手持ちの戦艦を一隻、ハルゼー艦隊の援護に回したことを後悔しつつ、スプルーアンスは命令を下した。
「この戦艦は、小沢艦隊への最後の砦と考えるべきだ。
『ノースカロライナ』と航空機を可能な限り投入し、これを撃破せよ」
◇◆◇◆◇◆◇
同時刻。小松艦隊。
突如、直径一〇〇キロ程の小惑星の影から『アイオア』級戦艦が出現したことで、小松艦隊もまた混乱していた。
「まだ戦艦が残っているのか」
絶望より、アメリカの圧倒的物量に、小松はどちらかというと感心してしまった。
小松の手持ちは高速重雷装を誇る甲型駆逐艦が四個戦隊である。
魚雷は『アイオア』級戦艦相手でも十分な打撃力を有するが、先の戦いでほとんど使い切っている。残っている分は空母へのとどめ用に取っておきたいという思いもある。
とにかく戦略レベルでは空母の方が脅威度が高いのだ。
「第八艦隊はどうか?」
「現在こちらにみかって接近中。十五分程度で合流できそうです」
火力が足りないなら、頭数を揃えるしかない。
小松の『剣』『御巣鷹』に加え、第八艦隊の『畝傍』『伊吹』『鞍馬』『白根』の『剣』型六隻に加え、『鳥海』も絡めばならなんとか『アイオア』級ともやり会えると考えた。
それは三川も同じようだ。
とにかくここは、差し違えてでも敵空母を撃滅しなければならない場面だ。
「我が艦隊の一等巡洋艦部隊は、第八艦隊の一等巡洋艦部隊と臨時に連合艦隊を組織し、敵戦艦を撃破する!
駆逐艦部隊は引き続き敵空母の撃沈を最優先目標とする」
正直な所、協調訓練をしたこともない第八艦隊と、即席で連携するのは困難だろう。
それでも、やるしかないのである。
「全艦、砲戦用意!」
◇◆◇◆◇◆◇
戦艦『大和』出現の報は小沢のところにも届いた。
第ゼロ艦隊こと『大和』を中核とする艦隊が、海軍軍令部から通達のあった援軍なのだろう。
問題は、なぜ今突然この場所に巨大な戦艦が出現したのかが小沢にはサッパリ分からなかった。
あまりにも唐突の出来事であると言わざるをえない。
ただ、敵戦艦の接近を許せば小沢の空母は蹂躙されるだけだなので、ここに味方戦艦が出現したのは大変ありがたい事だ。
ついでに『大和』出現以降、敵機の圧力が減じたのも大きい。
『大和』が敵機を吸収してくれていると言えるが、それは『大和』が集中攻撃をうけるという事でもある。
「草加参謀長! 『大和』に護衛戦闘機は必要かと聞いてくれ。必要と帰ってきたら、坂井以下の有人機を可能な限り『大和』防衛の任務につける」
小沢は、自分の艦隊の防空は宮部と宮部が操るドローン約五〇でどうにかなると算段した。
「ヨーソロ」
草加は通信手の元へ走り、直接通信機を取る。
「ヨーソロ。ヨーソロ」
草加がいくつか質問をし、相手が答えているようだ。
「小沢長官! 古賀長官より絶対に『大和』の近くに艦載機を入れるな。との事です」
「む? 古賀長官が? いや、古賀長官が言うならそうせざるをえまい」
通常、戦艦という物は殺到する航空機に対して脆弱な物だ。
しかし、古賀は『大和』の対空能力に絶対的な自信を持っているようだ。
「第一航空艦隊の全航空機へ通達。戦艦『大和』の半径十万キロへの接近を禁止する!」
それはそうと、小沢としてはやはり第ゼロ艦隊の戦力が気になる。
第ゼロ艦隊も艦隊である以上、『大和』一隻という事は無いはずなのだが。
◇◆◇◆◇◆◇
少し前。
「うわあああっ」
という叫びが『エンタープライズ』のブリーフィングルームに響いた。
「なんだ!?」
「何事だ!?」
悲鳴の主であるラーズが、椅子から転げ落ちて天井を指さす。
加来もそちらを見上げる。
当然ながら、そこにあるのは飾りっ気のない天井パネルだけだ。いや、火災報知器もラーズの指さす先にあると言えそうだが、別に火災報知器相手に悲鳴は上げないだろう。
「目っ。目がこっちを見て……」
「目? 目とはなにか?」
加来は目を細めて天井を凝視した。
別に天井に目はない。目に見えそうな物も無さそうだ。
「上からこっちを見てます」
「上?」
どうもこの上。というのが物理的な上でないことは加来にも察しが付いた。
この時代の船乗りにとっての上とは、アークディメンジョンの事である。
「見ている。とはどういう事か」
ここまでのラーズの言っている事をまとめると、アークディメンジョンから何者かが見ているという事になり、ラーズはそれが認識できるが他に認識できる人間は居ない。ということである。
「こちらは旗艦『大和』。艦長の松田である。『エンタープライズ』聞こえるか?」
『エンタープライズ』のすぐ横に停泊している『大和』からの通信だ。
「松田大佐。こちらは『エンタープライズ』艦長の加来。よく聞こえる。現在航空隊との擦り合せの実施中で皆聞いている」
ちなみにラーズ連れてきた陸軍航空隊は、『エンタープライズ』の周囲で待機中だ。
燃料が心配だが、『エンタープライズ』の降りられない以上、いかんともしがたい。
「先ほど『大和』の航海士が、遠野郷の電波灯台の電波を捕捉した。
我々の定位座標は動いていなさそうなので、外の電波がマヨヒガに届いているようだ」
『エンタープライズ』では電波灯台の測位はできなくなっているのを確認済みである。
今『大和』が電波灯台を捕捉したというのなら、元の世界との繋がりが回復したということを示すのではないか? 加来はそう考えた。
「電波灯台があるなら、超光速機関を起動すればマヨヒガを出られるかもしれない」
松田艦長はやる気らしい。
どちらかというと古賀長官の意思だろうが、松田艦長が乗り気なのは間違いないだろう。
もちろん、加来としてもいつまでもマヨヒガに留まっているのは反対だ。
直近でも陸軍航空隊の燃料の問題があるし、中長期的には『エンタープライズ』の乗組員の食料問題もある。
……しかし、これはラーズ君を驚かせた目が関係しているのか?
目というキーワードから連想できるのは、第一航空艦隊が運用するという『神威の瞳』という魔法のアイテムか。
正直言って『神威の瞳』を加来は理解できなかったが、それ故そういう事もあるのかと納得もできた。
「いいでしょう。『エンタープライズ』も乗る事にします」
『大和』が電波灯台を捕捉しているなら、『大和』と共に飛べば『大和』狙った場所に着地できるに違いない。
「質問、よろしいでしょうか?」
挙手したのはラーズ。
「無論だ。松田艦長も聞いてくれる」
「『大和』が設定した行き先が完璧であるり、超光速機関を起動することでマヨヒガから出られると仮定して、陸軍航空隊はどうしますか?」
陸軍機は当然空母に収容できないので、空母の格納甲板で安全にアークディメンジョンに入ることはできない。
「確かに、それは問題だ……」
言われてみれば。というやつである。
基本的に超光速機関は起動時に周囲の空間もアークディメンジョンに持っていく為、『エンタープライズ』の至近距離に居る航空機も連れて行く事はできる。
だが、超光速機関を持たない航空機は、途中で落下する恐れがあるのだ。
「……どうでしょう? 加来艦長。
『エンタープライズ』の飛行甲板に露天駐機するというのは」
松田の提案。
「陸軍機が係留に耐えられるか……」
陸軍機というものは、空母の飛行甲板に固定されることを想定していない。空母での運用を前提に強化された海軍機とは違い、係留用の重力索が機体を破壊するリスクが大きい。
ちなみに露天駐機させること自体は問題ではない。トラクタービームで掴んで甲板に並べるだけでいいからだ。
「加来艦長、逆に考えていいのではないですか?」
「どういう事ですかな?」
「機体が破壊されたからといって、すぐに乗組員の生命に危害が及ぶわけではないでしょう」
陸軍機といえども、すぐに減圧したり圧壊したりしない程度の安全設計は行われている。それに最悪、与圧が失われるようなダメージを受けたとしても、すぐに『エンタープライズ』に収容すればよい。
「なるほど。多少陸軍機が目減りするのもやむ無し。というわけですか」
なかなか陸軍をないがしろにした話だが、だからといってマヨヒガに留まっていても話が進まないのも事実だ。
「結構ヒドイ事言ってませんか?」
ラーズが言うが、加来としては海軍優先である。それに、陸軍としてもマヨヒガで燃料切れになるより悪い事もあるまい。
「ヒドイのは承知の上だ。もっといい案があるなら、喜んでそちらを採用するが?」
「いえ。ないです」
「では決まりですね。加来艦長は至急、陸軍機を収容してください。
『大和』は航路情報を洗い出します」
松田艦長が言うと同時に、第ゼロ艦隊所属の駆逐艦や巡洋艦がわらわらと集まってくる。
通信を聞いていたのだろう。
『初霜』は『エンタープライズ』の側に、他の艦は『大和』の周りに集合する。
「では、行くとするか」




