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俺とアリスの異世界冒険手帳~ショッピングモールごと転移したのはチートに含まれますか!?~  作者: 底辺雑貨
七部 第一章

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493 予言されたとおりの光景

 嫌なことは、大抵なら一晩ぐっすり眠れば忘れられた。それでも胸のざわめきが収まらなければ、バスケの練習にいつも以上に精を出して励んだ。練習後に高校の周りをそれなりのペースで走り、自分の体を徹底的に追い込んだこともあった。人間の脳は案外単純で、心の痛みより体の痛みを優先して処理すると中学生のころどこかで聞いたことがある。それはおおむね正しかったようで、20kmも頭を空っぽにして走れば、足を前に出すことと息を吸うことだけに夢中になる自分がいた。胸のなかの大半を占めていた嫌なことは、せいぜい小指の先っぽ程度の大きさにまでしぼんでいた。そこから先は、時間による摩耗で無くなるのを待つしかない。


 しかし、今回は何をどうしても胸のざわめきが消えることはなかった。眠ろうが、筋トレをしようが、飛空艇の甲板を使わせてもらって走り込もうが、スマホで音楽を聴こうが、たまたま持ってきた『オズの魔法使い』を読もうが、あの老婆に言われたことがずっと脳裡に浮かんでいた。


 『幻獣使いの小僧……お前は、金輪際ソフィエ様に近づいてはならん。お前はいつかソフィエ様を殺す……。必ずソフィエ様の命を終わらせる……。その手が幻獣を使役し、ソフィエ様の首を遠くまで刎ね飛ばすのが視える……。ここには……、そうじゃ、ここには赤い花が咲いておる……。真っ赤な彼岸花が、まるで地を這う無数の死者の血潮のように咲き乱れておる……!』


 それは、ドロドロとした可塑性の廃液のように俺の胸に染み込んでいた。中心に座してぴったりとした形状となり、もうそこから動くことはなかった。押し出せないし、掻き出すことも不可能だ。俺はいつかソフィエさんを殺す……、と俺は思った。思わざるを得なかった。必ず彼女の命を終わらせる。この手が幻獣を使役し、あの細い首を遠くまで刎ね飛ばす……。彼岸花の咲く場所で。





 飛空艇がショッピングモールに到着したのを知ったのは、ガルヴィンが俺の部屋の扉をノックしたときだった。お兄ちゃん、もうとっくに着いてるんだから早く出て来なよ、と扉を開けて彼女は言った。しかし窓から外を見ると、思っていた光景とは違っている。飛空艇の着陸には広い平地が必要なため、ショッピングモールから少し離れた場所を利用していたはずだ。それなのに、見知った荒野の風景は見当たらず、窓からの光景を見るかぎり、飛空艇もまだそれなりの高度を保っているように思われた。


 だが、何歩か窓に近づくと自分が今どこにいるのかすぐに理解することができた。ここはビイング・ホーム(ショッピングモールの三角形を成す核店舗のうちの一つのホームセンターだ)の屋上だ。冷たいガラスに額をつけて窓から見下ろすと、立派なヘリポートのようなものがいつの間にか設置されていることが認められた。きっと、アリスが国王ぶってこんなものを作らせたのだろう。


「便利じゃない、特に円卓の夜の期間は、出来れば外を出歩きたくないし」とガルヴィンは俺に言った。「それより、なんでお兄ちゃんまだそんなにしょげ暮れてるの? トゥモンのこと? それとも、あの魔導士のお婆さんから何か言われた?」


 何か言われた? と俺は窓に額をぴったりとくっつけたまま、ガルヴィンの口調どおりに頭のなかで反復した。つまり、あの老婆もそばにいたユイリも、まだ俺が未来でしでかすことを誰にも話していないということだろう。


「まあ、ちょっとな……」と俺は言った。今はまだガルヴィンにさえちゃんと話しておける気分ではない。


「そっか、まあべつに無理に話さなくてもいいけどさ」とガルヴィンは言った。「あの大魔導士もういないし、何を言われてもあんまり気にしなくていいと思うよ?」


「え、もういない? どういうことだ?」


「どういうことって、昨日少しだけ滞在した国の港街で降りたからに決まってるじゃない。まさか、それすら気づいてないほどしょげ暮れてたの?」


 俺はうんと頷いた。一度飛空艇がどこかで着陸したことすら気づいてないほどしょげ暮れていたみたいだ。


「そうなのか、全然わからなかったな……」と俺は言った。部屋着の上に薄手のコートを羽織り、マフラーを雑に首に引っ掛け、飛空艇から降りる準備をした。「じゃあ、ソフィエさんもそこで?」


「そんなわけないじゃない。お兄ちゃん、本当にどうしたの? あの送り人はこれからボクらの旅に同行するって決まってたでしょ?」


 部屋を手早く片付け、荷物をまとめた。ペットボトルの水を半分ほどごくごくと飲み、パンパンに膨らんだリュックを背負った。「ああ、そうだったな……」


「お兄ちゃん、嫌なの? あの送り人がいると」


「いや、そんなことはないけど……」


「なら、ボクが殺してあげようか?」


「お前な、冗談でもそんなこと言うなよ……。前にも言ったと思うけど、お前はもう屍教の姫じゃないんだ、バカなこと考えるな」


「まあ、そうだね、たしかに」とガルヴィンは言った。「でも、実際の話、ボクもちょっと気まずいんだよね。あの送り人の誘拐にがっつり関わってたし」


 彼女を連れて部屋を出た。もうみんな降りているようで、艇内に人影はなかった。


「あ、そうそうお兄ちゃん」とガルヴィンは甲板で一度振り向き、俺に言った。「そのマフラー、巻くならちゃんと巻いたほうがいいと思うよ?」


 そのとき、突然の強風が甲板を吹き抜けた。心なしか飛空艇を揺らすほどの、とても強い風だった。気づけばマフラーは風に捕らわれ、荒野の砂ぼこりや名前も知らない植物の乾燥した葉と一緒に空を舞っていた。しばらくすると破棄されるように風から逸れ、ひらひらと宙を漂いながら岩山のそばに落下した。


「あーあ、本当になっちゃった」とガルヴィンは両手を頭のうしろで組んで言った。「あの魔導士のお婆さんに予言されたとおりの光景だよ。どうやらあの人の未来視、本物みたいだね」


 とてもじゃないが、拾いに行く気には到底なれなかった。あんなものはショッピングモールにいくらでもある。少なくとも、マフラーなら。





 ショッピングモールの東メインゲートからエントランスホールに入っても、俺の胸のつかえは弱まることがなかった。むしろ、電気の止まったむなしい自動販売機や、誰かの置きっぱなしのわびしいビニール傘を目にするとことで、どんどん嫌な気持ちが大きくなっていくような気がした。しかし、俺の頭の上にほんのりとした温かみのある重さが突然乗っかると、途端に胸が空くような印象を受けた。風の精霊シルフを継いだチルフィーが、俺を出迎えに来てくれたのだ。


 だが、チルフィーは俺以上に何か重大な案件を抱えているような様子だった。様式美のように俺の頭に座ってから、またパタパタと蝶のように羽ばたいて俺の顔の前まで移動した。


「ウキキ! アリスが大変なのであります!」とチルフィーは言った。「早く来てほしいのであります! このままだと、アリスがアリスじゃなくなっちゃうかもしれないのであります!」


「な、どうしたんだよ!? 何があったんだ!?」


「わからないのであります! でも、三日ぐらい前に明るい紫色の髪をしたおかしな女の人が来てから、アリスはおかしくなっちゃったと思うのであります! アリスは自分のことを覚醒したとか言ってるでありますが、あたしはあんなアリスは嫌なのであります!」


「か、覚醒……?」


 俺はアリスが召喚した軽く召喚獣だ。目に見えないなにか特別なもので繋がっている。だからこそ、ここまで近づけばあいつの変化がなんとなくわかる。たしかに、俺の知ってるアリスの雰囲気とは異なっているように思える。覚醒、と俺は小さな声でつぶやく。あいつのなかに眠っていた力が、その女によって解放されたということだろうか?


 俺はアリスのいるジャオンのフードコートまで突っ走る。


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