↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/31

第九話

HPとMPが満タンに戻るまでに、魚の群れが三回浅瀬を行き来した。


そのあいだ、あいつは一度も浮かんでこなかった。腹を空かせてるはずなのに、境目の深みでじっとしてる。霊核の熱だけが、ゆっくり脈を打っていた。


待ってるんだろうな。俺がもう一度、境目に来るのを。


いいぜ、行ってやるよ。


ただし、お前が思ってるのとは違うやり方でな。



作戦は単純だ。撃たせる。


あいつは撃つたびに霊核の熱を減らす。減らしきれば撃てなくなる。撃てなくなったところを浅瀬の際まで引っぱり出して、喰う。


問題は、撃たせるたびにこっちも削られることだった。


だから、岩を使う。


境目の手前の、あの大きな岩の陰から、体の端だけをちょこっとのぞかせる。撃たれたら引っこめて、今度は別のところからのぞかせる。


当てさせずに、撃たせる。


魚の群れが境目に差しかかると、あいつが浮かんで群れを呑んで、止まってこっちを向いた。


よし、来い。


岩の右側から、体の端をほんの少しだけ出す。


ばしゃん!


岩の右で水面が弾けた。すぐ引っこめて、左から出す。


ばしゃん!


引っこめて、今度は上から。


ばしゃん!


〈HPが減少しました。HP:36→33〉


うおっ、かすった。硬殻を張る。


〈MP:8→7〉


右、左、また右。ばしゃん、ばしゃん、ばしゃん。


モグラ叩きのモグラになった気分だ。叩かれる側の気持ちが、今ならよくわかる。


撃たせるたびに、熱感知で霊核を見た。下がってる。一発ごとにほんの少しずつ下がって、十発を超えたあたりで、はっきりわかるくらいぬるくなってきた。


〈HPが減少しました。HP:33→30〉


もう一回、硬殻。


〈MP:7→6〉


十五発、十六発。


十七発目が、来なかった。


盛り上がってた水が、境目の縁でぐずぐず形を崩していく。霊核の熱は、最初の半分くらいまで下がっていた。


撃ち止めか?


撃ち止めだな!



ここからが本番だった。


岩の陰から出て、浅瀬の砂の上を境目の縁まで這っていく。あいつの目の前に、わざと体をさらしてやった。


ほら、来いよ。


撃てないなら、呑みに来るしかないだろ。でも浅瀬には入れない。お前が上がってこられるぎりぎりの場所で、俺は待ってる。欲しいなら、限界を越えて来い。越えた瞬間、お前の体は形を保てなくなる。


霊核の熱が、ゆっくり境目の崖を上ってくる。


来た――と思った次の瞬間、あいつの体から何かが伸びてきた。


細い。


本体は深みに残したまま、体の一部だけを細く長く引きのばして、浅瀬の上を滑るように、するすると。


え、ちょっと待っ――


気づいたときには、巻きつかれていた。


〈HPが減少しました。HP:30→26〉


じわっと表面が溶かされて、引っぱられる。深みのほうへ。


やばいやばいやばい!


あいつは浅瀬に入れないから、入らなかったんだ。体の一部だけを細くして、届くところまで伸ばして、獲物を自分の卓まで引きずりこむ。


読みが、ひとつ足りなかった。


砂の上をずるずる引きずられていく。境目の崖の縁が近づいてくる。あの先はあいつの深みで、落ちたら上も下も全部あいつの体だ。


振りほどくか?


溶かせば腕は切れる。でも、切ったところでまた伸ばしてくるだけだ。撃ち止めのあいつが休んで熱を戻したら、今日の作戦は全部やり直しになる。


……待て。


この腕、細いよな?


浅瀬まで伸ばすために、薄く細く引きのばした体だ。そして、あいつの本体につながってる。


霊核まで、一本道で。


――ああ、そういうことか。


お前が作ったのは、俺を引っぱりこむための腕じゃない。


俺を、お前の霊核まで運ぶ道だ。



水化。


〈MP:6→5〉


体がすうっと透きとおる。


巻きついてた腕の中に、俺はそのまま染みこんだ。水と水が混ざるように。


腕の中はあいつの体で、四方から薄い酸が溶かしにくる。


〈HPが減少しました。HP:26→21〉


止まるな。


腕の中を本体へ向かって、流れるように進む。あいつは俺を引っぱりこもうとしてるんだから、その力に逆らわずに乗ってやればいい。


境目の崖を越えた。


冷たっ!


深みの水は浅瀬とは比べものにならないくらい冷たくて、どこもかしこもあいつだった。上も下も右も左も、全部あいつの体で、全部が俺を溶かそうとしてくる。


〈HPが減少しました。HP:21→15〉


水化のままじゃ、溶かされきる。


硬殻!


〈MP:5→4〉


外側だけを固めて、内側は水のまま。固い殻に包まれた水の粒になって、あいつの体の中を落ちていく。


熱感知。


真下に、でかい熱い塊があった。撃ちすぎてぬるくなって、それでもまだ岩並みにでかい霊核だ。


〈HPが減少しました。HP:15→10〉


殻が軋む。


もう少し。もう少し……!


霊核に、触れた。



溶解!


〈溶解を発動します。MP:4→3〉


殻を、霊核に触れてる側だけほどいて、そこから酸を流しこむ。


あいつの体全体が、びくっと震えた。湖が揺れた。


〈溶解を発動します。MP:3→2〉


霊核の表面が崩れて、熱がじゅっと漏れる。


あいつの体が、四方から俺を押しつぶしにかかる。


〈HPが減少しました。HP:10→6〉


離すかよ。ここまで来たんだぞ。


〈溶解を発動します。MP:2→1〉


霊核に、ひびが入った。


〈HPが減少しました。HP:6→4〉


〈溶解を発動します。MP:1→0〉


割れた。


締めつけが、ふっと消えた。


あいつの体がほどけていく。形を保ってた何かがなくなって、ただの水に戻っていく。俺を包んでた酸も、冷たい湖の水に薄まっていく。


〈HPが減少しました。HP:4→3〉


割れた霊核が、目の前でゆっくり冷えはじめた。


冷えたら何も残らない。


喰え。今すぐ!



喰掠の理(グラトニー)。


割れた霊核を包んだ瞬間、とんでもない熱が来た。


熱っ……!


今までのどんな獲物より熱い。俺の中でほどけるんじゃなくて、重なってくる。俺の霊核に、あいつの霊核がどさっと覆いかぶさってくる。


小石の上に岩が落ちてきた。重い。熱い。体の芯がみしみし軋む。


そして、流れこんできた。


冷たい水の底。何も見えない、何も聞こえない、長い長い時間。ただ漂って、触れたものを包んで、少しずつ大きくなっていく。


それより前。


もっと下に、温かい場所があった。


ずっと下の温かいところから、ぬるい流れに乗って、ゆっくりゆっくり浮かんできた。上へ、上へ。気づいたら、この冷たい湖の底にいた。


――こいつも、下から来たんだ。


あの鼓動のほうから。


言葉にならない記憶を、噛み砕く。今までで一番時間がかかった。大きすぎて、一口じゃとても飲みこめない。少しずつ少しずつ、冷たい時間を砕いていった。



〈捕食を完了しました〉

〈対象:大水粘体 Lv9〉

〈経験値150を獲得しました〉

〈うち15は上位領域へ転送されました〉

〈経験値135を取得しました〉

〈レベルが上昇しました。Lv6→Lv7〉

〈レベルが上昇しました。Lv7→Lv8〉

〈同系統の上位個体の霊核を捕食しました〉

〈霊核の密度が大きく上昇しました〉

〈霊核の密度が閾値に達しました。レベル上限が上昇します。上限:10→15〉

〈進化の条件の一部を満たしました〉

〈能力値を吸収しました〉

〈技能の解析を開始します〉

〈対象技能:水化Lv4――解析成功〉

〈技能【水化】は保有技能【水化】と同一です。自動で統合します〉

〈水化Lv1→Lv2〉

〈対象技能:呑込Lv3――解析失敗〉

〈対象技能:水弾Lv2――解析成功。技能【水弾】を獲得しました〉


声が、次から次へと流れていく。冷たい湖の底で、俺はそれをぼーっと聞いていた。


レベル8で、上限が15になった。


で、十五も抜かれた。一番の大物からは一番多く持っていく。わかっちゃいたけど、腹立つわー。


それから、進化の条件の一部。


進化って、あれだよな。前の世界でゲームや何かでよく見た、姿が変わって強くなるやつ。


俺にも、それがあるのか? この腐った肉の塊にも?


条件の一部ってことは、まだ足りないものがあるんだろう。それが何なのかは、例によって教えてくれない。


上等だ。探してやるよ。



ステータスを開こうとして、気づいた。


■■■が、にじんでいた。


前に一瞬だけ揺らいだことはあった。でも今度は、一瞬じゃ終わらない。黒い塗り潰しの奥で、何かの線がゆっくり動いている。


文字の一画だ。


縦に引かれた一本の線が、塗り潰しの下からほんのわずかに透けて見える。


読めない。何の字の一部なのかもわからない。


でも、確かにそこに何かが書いてある。


喰うたびに、少しずつ見えてきてるのか?


下のほうで、あの鼓動が鳴った。湖の底だと、今までで一番はっきり聞こえた。


【ステータス】

個体名:ヴォイド

種族:腐肉の粘体

段階:1

レベル:8/15

HP:20/54

MP:4/14

攻撃:10

防御:6

敏捷:6

魔力:11

固有スキル:喰掠の理(グラトニー)、変質者(アルケミスト)、■■■

スキル:溶解Lv3、硬殻Lv3、聴音Lv2、熱感知Lv1、震覚Lv2、水化Lv2、水弾Lv1


冷たい水の底から、ゆっくり浮かび上がる。


体が重い。霊核がみっちり詰まっていて、さっきまでの俺とは芯の重さがまるで違う。


浅瀬に戻ると、水粘体たちが相変わらずぷかぷか漂っていた。


主がいなくなったことにも、たぶん気づいてないんだろうな。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。