↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/31

第六話

変質者(アルケミスト)をいじるのが、ここ最近の俺の日課になっていた。


浅瀬で休みながら意識を向けると、体の奥の作業台の上に、スキルがひとつずつ並んで見える。見えるって言い方も変なんだけど、ほかに言いようがない。


並んでるのは形だった。


溶解は、中心に向かってとろとろ崩れていく渦。硬殻は、薄い板が何枚も重なった四角くて固いかたまり。聴音は、細い糸がぴんと張って震えてる形で、熱感知はぼんやり光る丸い灯り。


感応と側線はよく似ていた。どっちも表面に細かい毛がびっしり生えていて、その一本一本が外からの揺れでそよそよ動いている。


へえ、と思った。スキルって、こういうふうにできてるのか?


ただの名前だと思ってたけど、ひとつひとつにちゃんと作りがある。



まずは溶解と硬殻からだ。


前に試してはじかれたふたつを、今度は作業台の上で形を見ながら近づけてみる。


渦と、板。


渦を板にくっつけようとすると、渦が板をがりがり削る。板を渦に押しつけると、板が渦をはじき返す。どっちから寄せても、片方がもう片方を壊しにかかる。


〈統合に失敗しました〉

〈MP:7→5〉


うわ、ふたつも持っていかれた。高っ! 失敗の代金、高すぎないか?


でも形を見てたらなんとなくわかった。


このふたつは真逆なんだ。溶かす力と固める力を直接つなごうとしても、喧嘩するだけだ。


何か、あいだに挟むものが要る。


渦にも板にもくっつく何かがあれば、たぶんいける。


問題は、今の手持ちにそんなものはないってことだった。


まあいい。いったん置いとこう。



次は、似てるふたつ。感応と側線だ。


どっちも毛の生えた形をしていて、感応は手の届く範囲の手ざわりを、側線は水の中の揺れを遠くまで拾う。何が違うんだ、これ? やってることは、たぶん同じなんだよな。外から来る揺れを、体の表面で受けとめてる。


違うのは、届く距離と場所だけだ。


作業台の上で、ふたつをそっと近づけた。


毛と毛が触れる。


するっ、と。


ふたつの形が溶けあうように、ひとつになっていく。はじきも削りもしない。もともとひとつだったものが、元の形に戻っていく感じだった。


〈統合に成功しました〉

〈技能【感応】【側線】を統合し、技能【震覚】を生成しました〉

〈MP:5→0〉


震覚。


意識を向けた、その瞬間。


世界がざわっと震えた。


いや、震えてたのは最初からで、俺がそれを拾えるようになっただけなんだろう。


浅瀬の水の揺れだけじゃなく、岸の砂のほんのかすかな振動や、岩の中を伝わってくる遠い水の流れの響きまで届く。感応は手の届く範囲だけで、側線は水の中だけだったのに、震覚は水も砂も岩も、全部を伝ってくる揺れを拾う。


これ、あの蜘蛛がやってたことだ。


網の上で俺がもがいた揺れを、あいつは遠くから感じとってた。だから迷わず、まっすぐ歩いてきたんだ。


同じことが、今の俺にもできる。


網はないけど、この地面そのものが網の代わりになる。


うわ……これは、ちょっとすごいかもしれない。



ステータスを見ると、感応と側線は消えていて、代わりに震覚がひとつだけ増えていた。


便利だけど、ちょっとだけ心細い。……いや、けっこう心細いぞ? 二度と元のふたつには戻せない気がする。


つなげたら戻らない。覚えとこう。


MPはゼロになったから、浅瀬でまた休んだ。休みながら震覚を広げて、世界を聞いていた。


水の中には魚の群れがいて、岸辺の岩の上をときどき何かが歩いている。硬くて横に動く、脚のたくさんあるやつだ。


聴音でも熱感知でも、いるのはわかってた。でもどう歩くかまではわからなかった。


震覚だとわかる。


脚は左右に四本ずつの八本。横向きにちょこちょこ動いては止まって、何かを挟んで口に運んでいる。


蟹だ。


岸辺の岩場を、同じ場所を同じ順番で行ったり来たりしている。



蟹の歩き方を、何度も聞いた。


岩場の端から端まで行くあいだに、三回止まる。一回目は水際で何かを挟んで喰って、二回目は大きな岩の陰でじっとして、三回目はまた水際。


それを、何度も何度もくり返してる。


見てるうちに、雀荘の常連を思い出した。


勝ってる日は打牌がやたら速くなる爺さんがいた。手が悪いときに限って煙草に火をつける兄ちゃんもいた。本人たちは気づいてないけど、毎回同じことをする。店員の俺からは全部丸見えだった。


こいつも、同じだ。


二回目の、大きな岩の陰で止まるとき。蟹は岩に背を向けて、腹を砂につけて休む。


背中の甲羅は、甲虫の殻より硬いかもしれない。正面から溶かそうとしたら、MPがいくらあっても足りないだろう。


でも甲羅がない場所がある。


腹と甲羅の継ぎ目だ!


休むとき、そこは砂に押しつけられている。つまり砂の下からなら届くってわけだ。


MPが戻るのを待って、俺は大きな岩の陰の砂の中に、体を薄く潜りこませた。


薄く平たく砂に混ざるようにしておけば、匂いも砂がいくらか吸ってくれる。


待つ。


震覚が、横向きのちょこちょこした足音を拾う。水際で止まって、何かを挟んで……こっちへ来る。


来た!


蟹が俺の真上で止まった。岩に背を向けて、腹を下ろす。


継ぎ目が、砂に――俺に、触れた。


〈溶解を発動します。MP:7→6〉


蟹が跳ねた。


でも跳ねた先は岩だった。背中の岩と腹の下の俺に挟まれて、横にしか逃げられない。横に逃げようとした瞬間に、もう一発。


〈溶解を発動します。MP:6→5〉


鋏が、振り下ろされてきた。


砂の中の俺を、でたらめに挟みにくる。


硬殻!


〈MP:5→4〉


がちん、と鋏が止まった。止まったけど、挟まれた場所がぎりぎり締めつけられる。


〈HPが減少しました。HP:31→22〉


いだだだだっ!


痛いっていうか、押しつぶされる感覚だ。硬殻がみしみし軋む。


でも継ぎ目の奥にはもう酸が届いてる。


蟹の脚が、一本ずつ動かなくなっていく。


鋏がゆるんだ。



喰掠の理(グラトニー)。


甲羅の中の身は、甘かった。


うっま! ぷりっとして、水っぽくて、ちょっとしょっぱい。今まで喰った中で一番うまいかもしれない。


……これ、コンビニのカニカマの味に似てないか? いや、たぶんカニカマのほうが蟹に似せてるんだろうけど。


流れこんできたのは、狭くて暗い場所への執着だった。固い殻の内側。そこにいれば安全で、そこから出たくない。


わかるよ、その気持ち。


少しだけそう思った。でもそれはこいつの気持ちだ。噛み砕く。


〈捕食を完了しました〉

〈対象:洞窟蟹 Lv4〉

〈経験値28を獲得しました〉

〈うち2は上位領域へ転送されました〉

〈経験値26を取得しました〉

〈能力値を吸収しました〉

〈技能の解析を開始します〉

〈対象技能:甲殻Lv2――解析成功〉

〈技能【甲殻】は保有技能【硬殻】と同系統です。自動で統合します〉

〈硬殻Lv2→Lv3〉

〈対象技能:鋏撃Lv1――解析失敗〉


お?


甲殻と硬殻みたいに似てるものは、作業台に乗せるまでもなく勝手にまとまるらしい。


作業台の上の硬殻を見ると、板の重なりがさっきより一枚分厚くなっていた。


楽でいいな、これ。



休みながら、今日わかったことを反芻した。


似たものはつながるけど、真逆のものは喧嘩する。つなげたら戻らない。喰ったものが手持ちと似てたら、勝手にまとまる。


それと生き物には癖があるってこと。


盲鼠だってそうだった。毎日同じ隙間を通って、同じ水場に来てた。


癖がわかれば、待つ場所がわかる。待つ場所がわかれば、俺みたいなのろまでも先回りできる。


【ステータス】

個体名:ヴォイド

種族:腐肉の粘体

段階:1

レベル:5/10

HP:27/33

MP:5/7

攻撃:7

防御:5

敏捷:6

魔力:5

固有スキル:喰掠の理(グラトニー)、変質者(アルケミスト)、■■■

スキル:溶解Lv3、硬殻Lv3、聴音Lv2、熱感知Lv1、震覚Lv1


作業台の上に、溶解と硬殻をもう一度だけ並べてみた。


渦と、板。やっぱり喧嘩する。


あいだに挟むもの。溶かすものにも固めるものにも、くっつく何か。


……くっつく?


頭の中で、何かが引っかかった。


べたべたの糸。張りついて、どうやってもはがれなかった、あの感触。


いやいやいや。


まさかな。


作業台から意識を離して、浅瀬の水に体をあずけた。考えたくないことは、考えないに限る。


そのとき、湖の沖のほうで、震覚が今まで拾ったこともないくらい大きな揺れを、ひとつだけ拾った気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。