第十七話
強くなるには喰うしかない。喰うには獲物がいる。
で、その獲物をどこで探すか。
湖の魚は小さすぎるし、蟹は数が少ない。水粘体を喰えば霊核の密度は上がるけど、経験値はちょっとしか入らない。
かといって、陸の大物は狼の縄張りの中だ。うろうろしてたら、またあの頭と鉢合わせしかねない。
……どうしたもんかね。
浅瀬で漂いながら悩んでいたら、聴音が妙な音を拾った。
ちちっ、ちちちっ。
すごく高い音だ。耳を澄ませないと聞こえないくらいの。
それが湖の岸のずっと上のほうから降ってくる。
音をたどっていくと、岸の崖の上のほうに、天井まで続く大きな割れ目があった。
ちちっ、ちちちっ。
音はそこから出ていた。
熱感知を向ける。
割れ目の奥の天井に、小さな灯りがびっしり並んでいた。二十、三十……もっとだ。一つ一つは盲鼠くらいの大きさで、みんな逆さまにぶら下がっている。
蝙蝠だ!
ときどき何匹かが天井から離れて、ひらひらと湖の上へ飛んでいく。水面すれすれを飛んで、虫か何かを捕まえて、また割れ目に戻ってくる。
ちちっ、という音は、飛んでるやつが出していた。
前の世界で聞いたことがある。蝙蝠は自分で出した音の跳ね返りで、まわりのものの形を知るんだって。テレビの動物番組だったか、雀荘の常連の爺さんの与太話だったか。
どっちにしろ、真っ暗闇で生きるには便利すぎる力だ。
……欲しくないか、それ?
問題は、あいつらが天井にいることだ。
飛んでるやつを水弾で落とすのは、まず無理だろう。速すぎるし、小さすぎる。
じゃあ、寝てるところを狙うしかない。
蝙蝠はたぶん昼に寝てる。前の世界の蝙蝠はそうだった。この暗闇に昼も夜もあるのか知らないけど、魚の群れが浅瀬にいる時間には、割れ目の灯りがほとんど動かないことに気づいた。
その時間に、天井まで這い上がる。
粘体の体は壁にも天井にも張りつける。硬殻で表面を少し固めれば、ずり落ちることもない。のろいけど、落ちないのがこの体のいいところだ。
匂いは、岩の匂いでごまかす。
〈MP:17→16〉
割れ目の壁を、ずるずると登りはじめた。
遠い!
崖が高い。這っても這っても天井に着かない。下を見ると――見えないけど、熱感知と震覚で地面との距離がわかってしまって――ぞっとする。
落ちたら痛いよな? たぶん。
いや、痛いどころじゃないか。
途中で岩の匂いをまといなおす。
〈MP:16→15〉
やっと天井にたどり着いたころには、すっかりへとへとだった。
天井の岩肌に張りついたまま、そろそろと群れのほうへ近づいていく。
熱感知の中で、灯りがすぐそこに並んでいた。小さな体を翼で包んで、逆さまにぶら下がって、くうくう寝息をたてている。
一番端の一匹に、そっと触れた。
……起きないか? 起きないな。
ゆっくり包む。
〈溶解を発動します。MP:15→14〉
蝙蝠がもがいた。翼がばたばた暴れる。
でも包まれた体は小さくて、すぐに動かなくなった。
隣のやつらは――起きない。ちょっと身じろぎしただけで、またくうくう眠っている。
よし、いける!
喰掠の理。
小さいけど、ちゃんと肉の味がした。ちょっと獣くさくて、膜みたいな翼がぱりぱりしてる。
流れこんできたのは、音だった。
ちちっ、と出した音が、壁に当たって、跳ね返ってくる。その跳ね返り方で、壁の形がわかる。虫の羽ばたきがわかる。仲間がどこにいるのかがわかる。
真っ暗な世界を、音で見る感覚。
〈捕食を完了しました〉
〈対象:洞窟蝙蝠 Lv4〉
〈経験値20を獲得しました〉
〈うち2は上位領域へ転送されました〉
〈経験値18を取得しました〉
〈能力値を吸収しました〉
〈技能の解析を開始します〉
〈対象技能:反響定位Lv2――解析成功。技能【反響定位】を獲得しました〉
〈対象技能:吸血Lv1――解析失敗〉
おお、一発で来た!
二匹目にいく。
〈溶解を発動します。MP:14→13〉
今度のは途中で目を覚まして、俺の体にがぶっと噛みついてきた。
〈HPが減少しました。HP:76→73〉
痛っ、小さいくせに歯が鋭い!
でも逃がさない。包んで、溶かす。
〈捕食を完了しました〉
〈対象:洞窟蝙蝠 Lv4〉
〈経験値20を獲得しました〉
〈うち2は上位領域へ転送されました〉
〈経験値18を取得しました〉
〈能力値を吸収しました〉
〈技能の解析を開始します〉
〈対象技能:反響定位Lv2――解析成功〉
〈技能【反響定位】は保有技能【反響定位】と同一です。自動で統合します〉
〈反響定位Lv1→Lv2〉
〈対象技能:吸血Lv1――解析失敗〉
二匹目が暴れたせいで、まわりの何匹かが目を覚ましかけていた。ちちっ、ちちっ、と警戒する音が増えてくる。
あと一匹だけ。
〈溶解を発動します。MP:13→12〉
三匹目に噛まれた。
〈HPが減少しました。HP:73→70〉
〈捕食を完了しました〉
〈対象:洞窟蝙蝠 Lv4〉
〈経験値20を獲得しました〉
〈うち2は上位領域へ転送されました〉
〈経験値18を取得しました〉
〈能力値を吸収しました〉
〈技能の解析を開始します〉
〈対象技能:吸血Lv1――解析成功。技能【吸血】を獲得しました〉
その瞬間、群れが一斉に飛び立った。
ばさばさばさばさっ!
うわっ、うわわっ!
何十匹もの蝙蝠が、俺のまわりで翼をばたつかせる。ちちちちっ、という音が割れ目じゅうに響きわたる。何匹かが体当たりしてきて、天井に張りついた体がぐらぐら揺れる。
落ちる落ちる落ちる!
硬殻で表面を固めて、天井に必死にしがみつく。
しばらくして蝙蝠たちは割れ目の外へ飛び出していった。
静かになった天井に、俺だけがへばりついていた。
……三匹で十分だったな。欲張らなくてよかった。
湖に戻って、作業台を開いた。
反響定位と聴音。
並べてみると、そっくりだった。聴音は細い糸がぴんと張って震えている形で、反響定位はその糸の先に、小さな鈴みたいな玉がついている。
鈴が鳴って、跳ね返った音を糸が拾う。
これ、どう見ても一組だろ?
近づけると、するっとひとつになった。
〈統合に成功しました〉
〈技能【聴音】【反響定位】を統合し、技能【反響感知】を生成しました〉
〈MP:13→8〉
試しに、ちっ、と小さく音を出してみる。口はないけど、体の表面を震わせれば出せる。
跳ね返ってきた。
岸の岩。浅瀬の砂の起伏。沖の水面の、さざ波の形。
熱感知は温かいものしか見えないし、震覚は揺れているものしかわからない。でも反響感知なら、冷たくて動かないものの形まで、音でなぞれる。
岩の割れ目も、くぼみも、天井の高さも。
真っ暗だった世界に、輪郭が描きこまれていく。
うおお……!
それから、吸血だ。
蝙蝠の、獲物の血を吸う力。噛みついたところから、相手の体の中身を吸い取る。
でも俺はもともと包んで溶かして吸い取ってるわけで、これって今さら何が変わるんだ?
試してみた。湖の魚で。
包んで、溶解を使わずに、吸血だけを意識する。
すうっと、魚の体から何かが流れこんできた。熱いものが少しずつ。同時に、俺の削れていたHPが、ほんの少し戻った。
……溶かしきる前から、相手の体力を吸える?
それって、戦いながら回復できるってことか。
地味だけど、すごい。
【ステータス】
個体名:ヴォイド
種族:腐肉の粘体
段階:1
レベル:10/15
HP:74/82
MP:8/17
攻撃:13
防御:8
敏捷:14
魔力:13
固有スキル:喰掠の理、変質者、■■■
スキル:溶解Lv3、硬殻Lv3、熱感知Lv2、震覚Lv2、水化Lv2、水弾Lv3、匂い写しLv2、吸血Lv1、反響感知Lv1
敏捷が14になっていた。蝙蝠を三匹喰って、三つ上がった。
ちっ、と音を出す。
湖の向こう岸まで、ぼんやりと形が返ってくる。そのさらに向こうに、狼の巣穴へ続く岩場がある。
頭に勝てるようになるまで、まだまだ遠い。
でも昨日より少しだけ、世界がよく見えるようになった。




