第十一話
宣言どおり、水弾の練習をした。
さすがに百発は無理だった。MPが14しかないんだから、撃てるのは一回に十発ちょっとで、空になったら休んでまた撃つ。それを何回もくり返した。
ぽちゃん、ばしゃっ、ぽちゃん、ばしゃん。
岸辺の岩を的にして、ひたすら撃つ。外れる。ちょっと当たる。また外れる。
〈水弾の熟練度が上昇しました。水弾Lv2→Lv3〉
おっしゃ!
撃ち出す速さが上がって固めるのも楽になったし、岩に当たったときの音も「ばしゃん」から「ばしっ」に変わった気がする。
ただ正直に言うと、これで狼を倒せるとはまったく思えなかった。
あの群れの頭の体には古い傷が山ほどあった。ああいうやつに水の塊をぶつけたところで、顔を洗ってやるくらいにしかならないだろう。
じゃあ、どうするか。
とりあえず、見るしかない。
あの夜から、狼の群れは毎晩やってきた。
毎晩って言っても、魚の群れが沖へ戻ったあとの静かな時間のことだ。そのたびに俺は浅瀬の底の砂に潜って、震覚と聴音と熱感知を全部岸に向けた。
最初の夜と、だいたい同じだった。
岩場の上でいったん止まって見張りの二頭が先に降りてくる。鼻を地面にこすりつけて嗅ぎまわって、短く鼻を鳴らす。それを合図に、残りが降りてくる。
頭が真ん中で一番に飲んで、そのあとは大きいやつから順番に飲む。
で、後ろの左脚を痛めたやつがいつも最後だ。
三晩目には、細かいことにも気づいた。
最後のあいつはほかの連中が飲んでるあいだ水際から少し離れたところで待ってる。前に出ようとすると、すぐ前のやつに低く唸られる。それでまた下がる。
順番が来たころには群れはもう帰りかけてるから、あいつはいつも慌てて少しだけ飲んで、ひょこひょこ後を追っていく。
……いつも、ろくに飲めてないんだな。
雀荘にも、そういう客がいた。
いつもトイレの横の換気扇がうるさい卓に座らされるおっさん。誰も何も言わないのに、なぜか毎回そこになる。本人も文句を言わない。言わないから、ずっとそこのままだ。
あのおっさん、元気にしてっかな。
……いや、狼におっさんを重ねてどうするんだよ俺!
四晩目に、もうひとつ気づいた。
こっちのほうが大事だった。
あいつら、水に入らない。
一頭も一度もだ。
水際ぎりぎりまでは来るし、首を伸ばして水面に口をつける。でも前脚を水に入れることすらしない。浅瀬なんて、狼の脚なら膝まで浸かるかどうかくらいの深さなのに。
最初は狼ってそういうもんなのかと思った。濡れるのが嫌いなのかって。
違った。
五晩目、若そうな一頭がふざけて隣のやつにじゃれついた。押されたはずみに、前脚が一本ばしゃっと水に入った。
その瞬間、群れの空気が凍った。
頭が喉の奥でぐるるっと鋭く唸った。若いのは悲鳴みたいな声をあげて水から跳び退いて、尻尾を巻いて頭の後ろに隠れた。ほかの連中も、毛を逆立てて水面をにらんでいる。
しばらく、誰も動かなかった。
水を、怖がってるんだ。
いや、正確には水の中にいるものを、か。
沖の深みにいたあのでかい透明なやつ。浅瀬に体を伸ばしてきて、獲物を引きずりこむやつ。
あいつらはずっとあれを恐れてたんだろう。水際で飲むのはぎりぎり許される。でも一歩でも水に入ったら、引きずりこまれる。群れはそう覚えてるんだ。
で、肝心のそいつは俺が喰った。
湖の主がいなくなったことを、あいつらはまだ知らない。
……え、これ使えるんじゃないか?
六晩目は、いつもと少し違った。
群れがなかなか帰らなかった。
頭が飲み終わっても、ほかの連中がだらだらと水際にいる。何頭かは鼻先で水面をつついて遊んでいる。たぶん今夜は狩りがうまくいったんだろう。腹が膨れてて、機嫌がいい。
そのぶん、最後のあいつの順番が来ない。
あいつは水際から少し離れたところでずっと待っていた。舌を出して、はっ、はっ、と短い息を吐いている。待ってるあいだにも、どんどん喉が渇いていくのが、息の音だけでわかる。
やっと前のやつがどいて、あいつが水際に出ようとした、そのときだった。
頭が短く喉を鳴らした。
帰るぞ、の合図だ。
見張りの二頭が動きだして、群れが岩場のほうへ向きを変える。
あいつは水際の一歩手前で止まった。
水を見て、群れを見て、また水を見る。
結局一口も飲まずに、ひょこひょこと群れの後を追っていった。
……マジかよ、お前!
さすがに、ちょっとかわいそうになった。
足音が遠ざかって、岸が静かになった。
俺は砂に潜ったまま、考えていた。
あいつは今夜ほとんど飲めてない。明日の晩もたぶん同じで、その次もだ。いつか限界が来る。
限界が来たら、どうするんだ? 群れのやつら、気にもしないのか?
群れと一緒に来て、また最後まで待たされるか。それとも――
そのとき、震覚が岸で小さな揺れを拾った。
足音だ。
一頭ぶん。四本のうち一本だけ、地面を叩く音が弱い。
戻ってきた。
あいつがひとりで。
熱感知の中で、あいつの灯りがひょこひょこと水際に近づいてくる。群れの気配はもうどこにもない。
あいつは水際で止まって、しばらくあたりの匂いを嗅いでいた。耳を立てて、群れが本当にいないか確かめている。
それからゆっくり首を伸ばして、水を飲みはじめた。
ぴちゃ、ぴちゃ、ぴちゃ。
止まらない。よっぽど渇いてたんだろう。
いつもの水際じゃ、浅すぎて足りないのか。あいつは飲みながら少しずつ首を前に伸ばしていく。
そして。
前脚が一本、そっと水に入った。
あいつ自身も、たぶん気づいてないくらい静かに。
【ステータス】
個体名:ヴォイド
種族:腐肉の粘体
段階:1
レベル:8/15
HP:54/54
MP:10/14
攻撃:10
防御:6
敏捷:6
魔力:11
固有スキル:喰掠の理、変質者、■■■
スキル:溶解Lv3、硬殻Lv3、聴音Lv2、熱感知Lv1、震覚Lv2、水化Lv2、水弾Lv3
俺は砂の中で動かなかった。
まだだ。
今日は、まだ早い。
あいつはこれから毎晩ここに来る。群れが帰ったあとに、ひとりで。
だったら、俺は待てばいい。一番いい形になるまで。
……ごめんな。
なんで謝ったのかは、自分でもよくわからなかった。




