第九話 熱の檻、触れ合う指先
「…怜……」
引き戸の向こうから聞こえたか細い声に、私はハッと我に返った。
恐る恐る扉を開けると、床に小さく身を丸め、濡れたタオルを抱えたまま震える菜月の姿があった。
額には脂汗が滲み、日焼けした頬は熱で赤く染まっている。それなのに唇だけは血の気を失い、青白く震えていた。
炎天下の暑さ、夕立に打たれた冷え、無理を重ねた身体は、とうとう限界を迎えていた。
私は棚から乾いたバスタオルを取り出し、菜月をやさしく包み込む。それからタンスを探り、一番小さなTシャツを引っ張り出した。
私の服ではどれも大きすぎる。
ズボンも下着も諦め、Tシャツだけを頭からそっと被せた。
「……ん……」
菜月は大きなシャツに包まれ、まるで服に埋もれてしまったようだった。
裾は太ももの半ばまで届き、小さな身体をすっぽりと隠していた。
「パンツ履いてないと、スースーする」
シャツの裾を押さえながら、悪戯っぽく笑って、肩をすくめた。
ゆるく開いた襟元から華奢な首筋が覗き、その先にはいくつもの白い傷痕が淡く浮かんでいる。
「……座って。髪、拭いてあげるから」
頭からバスタオルをかぶせ、優しく水気を吸い取っていく。
「……ふふ……怜の手、あったかい……」
熱で潤んだ瞳が、タオルの隙間から私を見上げた。
額から頬へ。
首筋へ。
滴を拭おうと手を滑らせた瞬間、指先が熱を帯びた肌に触れた。
びくり、と胸が跳ねる。
ドライヤーで髪を乾燥させてから、菜月の顔を覗き込む。
「……お風呂はやめて、布団に入るか?」
「……ん」
小さく頷いた菜月を支えながら立ち上がり、自分の布団へ寝かせる。
「すぐ温かくなるから。じっとしてろ」
冷やしたタオルを額に乗せ、掛け布団を首元まで丁寧に掛ける。
「何か飲めそうか?」
そう言って立ち上がろうとした、その時だった。
布団の中から細い手が伸び、私の手首をそっと掴む。
「……怜……どこ行くの……?」
消え入りそうな声。
その指先は、熱があるはずなのにひどく冷たかった。
「……怜……寒いよ……」
菜月は布団の端を少しだけ持ち上げ、自分の隣を静かに空ける。
「……ねぇ、温めて……」
潤んだ瞳が、まっすぐ私を見つめていた。
理性が激しく警鐘を鳴らす。
ここで応えれば、きっと何かが変わってしまう。
それでも私は――その場から、一歩も動くことができなかった。




