第八話 薄暗がりの余白
「……おいで」
私は菜月の手首を引いたまま、部屋の中へと誘なった。
たたきの上で、ふたりでグジュグジュに湿った靴下を脱ぎ捨てる。
冷え切った足裏が、廊下の木板にペタリと吸い付いた。
そのまま棚からバスタオルを取り出し、振り返った瞬間――息が止まった。
菜月の細い輪郭が、雨に濡れた薄布越しにはっきりと浮かび上がっていた。
濡れて透けるTシャツ。
浮き出る鎖骨と、幼い腰の起伏。
心臓は痛いほど脈打ち続けていた。
「先に身体を拭いてて。今、お湯を入れるから。」
なるべく平静を装いながら、タオルを差し出す。
「……あっちの部屋に行ってるから、服を脱いで、ちゃんと拭きなよ」
言い捨てると、逃げるようにキッチンの引き戸に手を掛けた。
その時──背後で、バサッと音がした。
反射的に視線を向けた私の目に飛び込んできたのは、服を脱ぎ捨てた菜月の肢体――。
私が見ているのも構わず、前かがみで下着から片脚を抜いた。
雨に濡れて艶めく白い肌。
日焼けの跡との境界だけが、闇の中で淡く光を宿しているようだった。
いけないと分かっていても、視線は意志に反して、その輪郭をゆっくりとたどってしまう。
菜月が下着から完全に脚を抜き、とうとう身につけていた最後の一枚を、ゆっくりと床へ落とした。
「…はっ…!」
思わず息が漏れてしまった。
薄暗い室内に、裸の菜月が立っている。
鎖骨から背中にかけて、幾筋もの白い線が走っていた。
外から差し込むわずかな光が、それらを静かに浮かび上がらせる。
惑星の軌道を思わせる幾重もの軌跡を、私はなぜか美しいと思ってしまった。
暗がりで、細部まで見えているわけではない。
だが、均整のとれたシルエット、太腿の間の陰影……華奢でいて、肉感的な臀部……一糸纏わぬ無防備な姿に、まるで視線が肌に触れてしまっているような錯覚に襲われた。
菜月は視線に気づいたのか、そっと両手で身を隠し、顎を引いて上目遣いにこちらを見た。
「……そんなに、見ないで……」
「……っ!ご、ごめん……。向こうに行ってるから!」
血の引くような心地で弾かれたように扉を閉め、キッチンへ逃げ込んだ。
激しい雨音。
窓ガラスを叩く音だけが、やけに遠く聞こえた。
暗闇の中で、自分の荒い息遣いに、喉がひりつく。
(……私は、何を動揺しているんだ……?)
頭を抱え、膝から崩れ落ちそうになる。
理性では、「見るな」「意識するな」と警鐘を鳴らし続ける。
それなのに脳裏には、雨に濡れた菜月の柔らかな肌と、そこに刻まれた異質な傷痕ばかりが焼き付き、離れてくれなかった。




