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刹那の夏、君の体温(ねつ)に溶ける。  作者: 毬藻 闇雪
刹那の夏、君の体温(ねつ)に溶ける。

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第ニ十四話 兄弟(前)



 改札を出て、二人でベンチに腰を下ろす。

 ここから先は、バスかタクシーで移動することになるだろう。


「今からここを出発して、日南まであと何時間くらいかな?」


 私がスマホの画面を見ていると、なつが横からひょいと奪い取り、慣れた手つきで調べ始めた。


「……四時間くらいかな?」

「そんなに?」

「高速使わないから……」

 スマホの画面をスワイプしながら、独り言のように答える。


「なんで高速使わないの?」

「……急ぐ必要ないでしょ?」


 ――急ぐ必要はあるだろう?

 私はまた、言えない言葉を飲み込んだ。

 一刻も早くお母さんに会わせてあげたい。

 そう思って焦っていたのに……。


 やはり、母親に会うのが怖いのか?

 そう考えると、何も言えなくなってしまう。


 駅の周辺には、タクシーが何台か停まっていた。


 私たちが歩いていくと、出入り口から一番近くに停まっていたタクシーのドアが、ガチャッと開いた。

 なつがタクシーのそばまで駆け寄り、声を掛ける。


「ちょっとお伺いします。よろしいですか?」

「あぁ、いいよぉ!」

「ここから日南まで、乗せて行ってもらうことはできますか?」

「そいは、でくっどん、わっぜえ金かかっど?」


「……えっ?」

 私が言葉を失うと、なつが耳元で囁いた。

「たくさんお金がかかるって。どうする?」


 私たちの様子を見ていた運転手が、身を乗り出すようにして聞いている。

「ははは。じゃっど! 金のかかっで、そいでもよかなら乗せっいくが!」

 運転手は豪快に笑いながら、手招きした。


「……お願いします」

 私が頭を下げると、なつはさっと乗り込み、運転席の後ろに座った。


「お客さん、兄弟じゃな?」

「え?」

「いやあ、シュッとして、わっぜ似ちょるから。……都会ん人っち感じじゃがね」


 私が返事に困っていると、


「……兄弟です」

 なつが、きっぱりと答えた。

「じゃっどが!」


 私は小声で、なつに耳打ちした。

(なつ、なんで分かるの? さっきから、何を喋ってるかさっぱり分からないんだけど……)

 なつはクスッと笑って、

(だいたい、聞かれそうなことって決まってるでしょ? あとは、会話の前後で、何となく分かる感じ?)

 私たちがヒソヒソと会話する姿を、運転手はバックミラー越しに見て笑った。


「俺は訛っちょっで、悪かね!」

「いえ。聞いてると鹿児島に来たな、って雰囲気が出るので、お気になさらないでください」


 大人と対等に話すなつの横顔を見て、その適応力の高さに感心したり、自分の至らなさを反省したりしながら、ひとり苦笑いをしてしまう。


「鹿児島には、観光で?」

「はい」

「どこから来やした?」

「……関東です」


「はー! わっぜ遠くから来やったなぁ。言葉が綺麗じゃっち思いよったがね」

「そうですか?」


 なつは、いつものように冷静に答える。

 私はただ、運転手となつの会話を聞いているだけだった。


「じゃがね。こっちの若いもんは、もっと訛っちょるから」

 運転手は楽しそうに笑った。


 なつがスマホの地図を操作しながら、運転手にルートを尋ねる。

「鹿児島市街を抜けて、垂水方面。大隅半島を通って、鹿屋、志布志、串間、日南という順で合ってますか?」


「……ああ。うん。だいたいそげん感じじゃがね。高速を使わんとなら、宮崎まで海沿いを進んでいく感じになっど」

「そうですか」

 なつは地図を確認しながら、小さく頷いた。


「そいより……日南まで行くんなら、まっすぐ行くより、ちょっと寄り道して行かんね?」

「寄り道?」

「せっかく来たっちゃろ?」

 そう言うと、運転手は返事も待たずにハンドルを切った。

「まずは海じゃがね。地元の穴場に連れてっちゃるが。ここまで来たんなら、海を見らんと勿体ないがね」


 タクシーは、鹿児島中央駅を出て、海沿いの道路を走る。

 海の向こうには、桜島があった。

「……デカいな」

 なつが、窓の外を眺めながら呟く。


「そうじゃろ。こないだも噴火しとっとよ」

「えっ、噴火したの?」

 なつが顔を上げる。

「桜島じゃっでね。しょっちゅう噴いちょっど」

「……すごい」

 なつは目を輝かせ、また窓の外へ視線を戻した


 街中を抜け、一時間ほど経ったころ、運転手が突然、ガイドを始めた。


「ここ、知っちょる? 荒平天神。正式には菅原神社っち言うんやけどね。学問の神様、菅原道真公を祀っちょる。あとは……開運招福とか、心願成就じゃったかいな?」


 運転手が前方を指差す。

「ほら、赤い鳥居が海ん中に見えっじゃろ? ……ちょうど今なら、渡れるかもしれんど」


 窓の外を見る。

 海の中に、朱色の鳥居が立っていた。

 青い海を背景にした鮮烈な色が、遠くからでもはっきりと見える。

 なんだか、不思議な場所だった。


「降りてみよう!」

 なつが私の手を引いた。

 タクシーを降りる。

 目の前には、白い砂浜が広がっていた。


 その先から、海の中へ向かうように、白い砂の道が伸びている。


「……渡れる!」

 なつが嬉しそうに呟いた。


 そのまま海の近くまで走っていき、振り返る。

 大きく手を振って、私を呼んでいる。

 その姿につられて頬が緩んだ。


「これ、いつでも渡れるんですか?」

 私も思わず、運転手に尋ねた。


「いやいや。潮が満ちたら渡れんよ」

 運転手は笑った。


「おまんた、運がよかね。空もこんげ晴れて、海も凪いどる。ほら、はよ行かんと潮が満ちっど」


 言われて、なつを見る。

 なつはもう、鳥居の向こうへ向かっていた。

 私も後を追う。


 手水舎で手を洗っていると、なつが御神牛を見つけた。


「これ、触ると知恵を授かるんだって」

「……知恵が欲しいの?」

「うん」


 なつは嬉しそうに答えて、御神牛の頭をそっと撫でた。


 その横顔が、眩しかった。


 無邪気に笑うなつを見ていると、胸の奥が少しだけ温かくなる。


 ――かわいい。

 そして、愛おしい。


 私はいつの間にか、この子のことを、本当の弟のように感じていた。


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