第二十話 君のためにできること
なつは眠っていた。
窓の外は、まだ暗い。
車内の照明だけが、眠った横顔をぼんやりと照らしている。
私はスマホを握ったまま、長いこと画面を見つめていた。
――児童相談所。
そこへ電話すればいい。
それだけのことなのに、指がまったく動かなかった。
指先を数字キーの上に置く。
けれど、押せない。
なつの父親からは、誘拐を通報されている。
私は、十二歳の子供を連れて逃げている。
その上、私は無職だ。
何をどう説明すればいい?
「父親が虐待している」
そう言っても、証拠はない。
私が知っているのは、なつから聞いた話だけだ。
それでも――。
いろんなことが一度に起こって、頭が追いつかない。
実父
性虐待
十二歳
トラウマ
親子
児童相談所
引き離す
頭の中に浮かんだワードを、組み合わせて、ひとつずつ検索していく。
その中で、私は「189」という番号を見つけた。
ここなら、相談できるだろうか。
でも――。
何から話せばいい?
「十二歳の少年を預かっています」
……違う。
そんな言い方をしたら、本当に私は誘拐犯じゃないか。
「父親から性虐待を受けている少年を保護しています」
……それを、電話口の誰かに言うのか?
私は何を知っている?
なつから聞いただけだ。
証拠なんてない。
でも――。
なつを父親のところへ帰してしまったら。
もし、本当にあの男が警察に通報していたら――。
指が、189の上で止まったまま固まる。
指先が小刻みに震え、スマホの画面の上を行ったり来たりする。
――吐きそうだ。
列車が軋んで揺れた。
その拍子に、指先が発信ボタンに触れる――。
プップップッ……。
(どうする? 切るか……)
そう思った瞬間。
プルルル……。
呼び出し音が流れ始めた。
切るなら、今だ。
けれど――。
「はい」
女性の声がした。
もう、切れない。
私はスマホを耳に当てたまま、言葉を失う。
何から話せばいい?
どこまで話せばいい?
そもそも――私は、何を相談したかったのだろう。
隣では、なつが何も知らずに眠っている。
その寝顔を見つめながら、私はようやく口を開いた。
「……あの」




