↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
刹那の夏、君の体温(ねつ)に溶ける。  作者: 毬藻 闇雪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/21

第ニ話 青い夏、君と秘密をはむ


コンビニの棚でパンを選んでいると、不意に、彼が走ってきて「これ」とひとつ差し出した。


南高梅のおにぎり。

無職の今の私には少し高く感じられたが、思い切って奮発することにした。


お茶のペットボトルを二本掴みレジへ向かうと、彼は当然のように私の後ろをついてくる。


(犬みたいに懐いて…かわいいな)

思わず口の端で笑ってしまった。


自動ドアが開くと、容赦ない蝉の鳴き声が侵入してきた。レジの前でお釣りを受け取りながら、目線だけそちらへ向ける。


夏の陽炎が景色を歪めていた。

汗を拭きながら、スーツ姿の若いサラリーマンが、入れ替わりでコンビニに入ってきた。

ずくんと胸が痛み、思わず目眩を起こしそうになる。


私は目を伏せ、スマホを尻のポケットから取り出した。

11時55分――。

なんの意味もない、ただの時間の確認。

ふと横を見ると、少年が真剣な目で私の顔を覗き込んでいた。


ふたりで公園のベンチに腰掛ける。

私は、買ったばかりのおにぎりを手渡しながら聞いた。


「名前は?」

菜月(なつ)

「何歳?」

「小6」


会話が微妙に噛み合わない。

けれど、嫌な空気ではない。


「そっちは?」

(れい)。…二十一歳」

「仕事は?」

「……夏休み」

「うっそだー。大人に夏休みなんてないでしょ」


菜月(なつ)は、真っ白な歯を見せつけるように、大きく口を開けて笑った。

それがとても眩しくて、まるで夏の太陽のようだと思った。


私は無言で、お茶のペットボトルのキャップを少しだけ緩めてから、菜月(なつ)に手渡した。


指先が触れ合う。

菜月の、どこかじっとりと湿った指が、私の指にそっと重なった。

互いの視線が交差する。

二人は話すでもなく、ほんの刹那、じっと見つめ合った。


菜月はおにぎりを大きな口で頬張り始めた。

一糸乱れぬ勢いで食べる姿を眺めていると、右の頬にぽつりと白いものがついているのに気づく。


――ごはん粒。

(本当に犬っころみたいだ。)

思わず吹き出しそうになる。


「……そこ」


私は自分の頬を指さし、ジェスチャーで教えようとした。

けれど、菜月は「ん?」と首を傾げ、不思議そうな顔でこちらを見つめ返すだけだった。

伝わっていない。


「このへん」


仕方なく、私は菜月の右頬と線対称になる自分の左頬に指を当ててみせた。

すると、菜月は一瞬だけ瞳を丸くしたかと思うと、不意にぐっと身体を乗り出してきた。


急激に縮まる距離。

目の前に、太陽の匂いがする肌と、あの吸い込まれそうな透き通った瞳が迫った。


――どくん。


吐息すら届きそうな至近距離で、菜月は微かに首を傾げた。


「取って……」


掠れた小さな声が、私の鼓膜を直に揺らす。

触れてはいけないものに触れてしまいそうな予感に、胸が痛いほど鳴り響いていた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。