第ニ話 青い夏、君と秘密をはむ
コンビニの棚でパンを選んでいると、不意に、彼が走ってきて「これ」とひとつ差し出した。
南高梅のおにぎり。
無職の今の私には少し高く感じられたが、思い切って奮発することにした。
お茶のペットボトルを二本掴みレジへ向かうと、彼は当然のように私の後ろをついてくる。
(犬みたいに懐いて…かわいいな)
思わず口の端で笑ってしまった。
自動ドアが開くと、容赦ない蝉の鳴き声が侵入してきた。レジの前でお釣りを受け取りながら、目線だけそちらへ向ける。
夏の陽炎が景色を歪めていた。
汗を拭きながら、スーツ姿の若いサラリーマンが、入れ替わりでコンビニに入ってきた。
ずくんと胸が痛み、思わず目眩を起こしそうになる。
私は目を伏せ、スマホを尻のポケットから取り出した。
11時55分――。
なんの意味もない、ただの時間の確認。
ふと横を見ると、少年が真剣な目で私の顔を覗き込んでいた。
ふたりで公園のベンチに腰掛ける。
私は、買ったばかりのおにぎりを手渡しながら聞いた。
「名前は?」
「菜月」
「何歳?」
「小6」
会話が微妙に噛み合わない。
けれど、嫌な空気ではない。
「そっちは?」
「怜。…二十一歳」
「仕事は?」
「……夏休み」
「うっそだー。大人に夏休みなんてないでしょ」
菜月は、真っ白な歯を見せつけるように、大きく口を開けて笑った。
それがとても眩しくて、まるで夏の太陽のようだと思った。
私は無言で、お茶のペットボトルのキャップを少しだけ緩めてから、菜月に手渡した。
指先が触れ合う。
菜月の、どこかじっとりと湿った指が、私の指にそっと重なった。
互いの視線が交差する。
二人は話すでもなく、ほんの刹那、じっと見つめ合った。
菜月はおにぎりを大きな口で頬張り始めた。
一糸乱れぬ勢いで食べる姿を眺めていると、右の頬にぽつりと白いものがついているのに気づく。
――ごはん粒。
(本当に犬っころみたいだ。)
思わず吹き出しそうになる。
「……そこ」
私は自分の頬を指さし、ジェスチャーで教えようとした。
けれど、菜月は「ん?」と首を傾げ、不思議そうな顔でこちらを見つめ返すだけだった。
伝わっていない。
「このへん」
仕方なく、私は菜月の右頬と線対称になる自分の左頬に指を当ててみせた。
すると、菜月は一瞬だけ瞳を丸くしたかと思うと、不意にぐっと身体を乗り出してきた。
急激に縮まる距離。
目の前に、太陽の匂いがする肌と、あの吸い込まれそうな透き通った瞳が迫った。
――どくん。
吐息すら届きそうな至近距離で、菜月は微かに首を傾げた。
「取って……」
掠れた小さな声が、私の鼓膜を直に揺らす。
触れてはいけないものに触れてしまいそうな予感に、胸が痛いほど鳴り響いていた――。




