第十一話 嵐の破片
深夜、けたたましく雷鳴が轟いた。
「…怜……怜っ!」
不意に名前を呼ばれ、闇の中でまぶたを開ける。
(…ここは?……ん…腕が、動かない…)
「…怜っ!」
叫びとともに、菜月がしがみついてきた。
「…は?…なつ?」
戸惑いの中で、視界だけが少しずつ澄んでいく。部屋が異様なほど暗い。
そうか、熱にうなされる菜月を腕枕で抱きすくめたまま、いつの間にか眠りに落ちていたのだ。
痺れの走る腕をかばいながら、もう片方の手で菜月の額へそっと触れる。
「…んっ。…もう平気だよ…」
伝わってくる熱は引き、菜月が照れくさそうに吐息をこぼした。
「よかった。…ところで、いま何時だ?」
「え…知らない。それより、雷が落ちたんだよ。近くで」
巻き付けられた細い腕が、ぎゅっと私を締めあげる。
「…確かに暗いな」
(…停電か。テレビの待機ランプすら消えている)
「ねぇ、…こわい。また落ちるよ…」
あどけない恐怖を宥めるように、私は菜月の華奢な身体をさらに抱き寄せ、耳元で囁いた。
「大丈夫、怖くないよ」
カチッ!
ブレーカーの音がして、あちこちの電源が戻った。
部屋を灯りが照らし、二人は眩しさに目を細める。
「電気点いたね!」
「うん。」
「よかった!」
なつが、無邪気に笑った。
「ねぇ、なつ…」
「…ん?」
「…こんな遅くまで引き止めて。親御さんに怒られるよな?」
なつは、頭を振りながら笑う。
「…こっそり帰るから。怜は怒られないよ…」
ふと胸の奥に小さな刺が立った。
(…怜は?じゃあ……なつは、怒られるのか…?)
不審を削ぎ落とすように、静かに尋ねる。
「心配してるだろうし、一応連絡だけしよう。」
「…お母さんは居ない。お父さんは、まだ帰ってないと思う。忙しいから…」
「そっか…。でも、一応電話しとこう。番号、教えて?」
「やだ。…教えない」
菜月はぷいっと身体を捻り、背を向けた。
「おい、頼むよ。…なつ?…ねぇ、教えて」
「いや!」
むくれた背中に、手のひらでトントンと呼んでみるが、完全に無視を決め込んでいた。
私は菜月の薄い腰へ手を這わせ、細い肋骨のあたりを指先でくすぐった。
「きゃははは!やめて!あははははは…!」
「なつ。ちゃんと親に連絡しないと、俺…誘拐犯になっちゃうよ?」
「え……誘拐犯?」
菜月はくすっと笑う。
「じゃあ、通報しなきゃね。」
あわてて菜月の身体を強く抱きすくめ、耳たぶに唇が触れるほどの至近距離で囁く。
「こらっ!シー…声、大きいだろ。…誘拐犯じゃないって」
反省の色も見せない幼い皮膚へ、腹や背中をふたたび指先でなぞりあげる。
「教えてくれるまでやめないよ?」
「きゃはは…苦しっ!…わかった!教えるってば!」
もがく菜月の両手の指先が、私の腕の肉へ、ぎゅっと食い込んでくる。
身体を小さく震わせる菜月を丸ごと抱え込み「よし。ありがとな。」と頭をなでた。
「赤ちゃん扱いしないでくれる?」
私の手を払いのけ、頬を膨らませた菜月と視線が絡み合う。布団の中で、互いの体温を感じていた。
濡れた瞳がまっすぐ私を射抜く。
一瞬、呼吸が止まった。
自分の身体だけが、私の理性とは別の生き物のように反応している。
私は目を伏せ、小さく息を吐いた。




