★第31話★ 努力の狂人
★第31話★ 「努力の狂人」
「オーバーフロー!!」
実宝院が叫ぶと、
彼の体が見る見るうちに漆黒のボディへと変貌していく。
鋭く伸びた2本のアンテナ状パーツが頭部から天を突き、
その先端は黄緑の光を帯びて静かに発光している。
顔全体は無機質なグレーのゴーグル型パーツに覆われ、
眼孔も口元も存在せず、沈黙と威圧を感じさせる無表情さを湛えている。
全身の装甲はバーコードのような立体的な模様で覆われ、
凹凸が浮き上がるたびに機械的な精密さと異質な美を醸し出す。
両肩からは、まるで戦闘機の翼を思わせる鋭利なパーツが
外側に向かって大きく展開され、機動と威力を兼ね備えた存在感を放っている。
前腕の側面には六角形の装甲が並び、
その外縁部からは淡く黄緑の光が滲み出している。
脚部には、膝を境に上下それぞれに流線形の尖った装甲が一対ずつ突き出し、
俊敏さと切れ味を予感させるシルエットを描いている。
「変身!!」
冷泉が連れていた、
見慣れないオレンジ色のモバイルポットが突如、上部から真っ二つに展開。
ベースユニットへと変形する。
まるでポップアップ絵本のページが開くように、
複雑な金属パーツが次々とベース上に並べられていき、
精密な構造体を描き出していく。
変形を終えたベースが一気に彼の方へ傾き、
彼の体はそのままパーツ群を正面から受け止める姿勢になる。
瞬間、装着されたパーツが足元から上へと滑るように連動し、
背面を包み込むように自動展開。
わずか3秒で全工程が完了し、ベースは静かに元の角度へと戻る。
完成した姿は、光沢を帯びた“紺藍色”のボディが印象的で、
両脇には3本のゴールドラインが鋭く走る。
頭部はシンプルなフルフェイスヘルメットを思わせる造形で、
無機質ながら洗練された存在感を放つ。
両肩には、直径30cmほどの金色の球体が装着される。
前腕部は、ボコッとせり出した台形の装甲が高さ50cmほどにまで隆起しており、
内部には何らかの装備が格納されているようだ。
そして何より目を引くのが、
腰部をぐるりと囲むよう前後左右に1つずつ配置されたジェットブースター群。
さらに背中には大型ブースターを1つ備え、
その周囲をクロスするように4枚の巨大な翼状ユニットが展開されている。
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「まさか密かにそんなアーマーを開発していたとは驚きだ。」
「第三世代モバイルポット”オワリ”こと、
強化外装ジェイゾロフトだ。」
・・・第三世代・・・。
LEVOLが開発したモバイルポットに
そのナンバリングは存在しない。
つまり、正真正銘、特注の冷泉専用アーマーという訳か。
「この勝負、君が99.999999999%を発動できるほどに
俺の戦闘データを収集されれば君の勝利、
俺がその前に決着を付けることができれば俺の勝利だろう。」
彼のそのセリフからは、余裕が滲み出ている。
「君は戦闘毎に3つの武装までしか生成できなくなっているとのことだが、
既に”飛行ユニット”を変身時にデフォルト展開している。
残り2つは既に生成済か、それとも戦闘中に生成するつもりか・・・。
いずれにせよ、残りの武装を生成し尽くした時点で
勝敗はほぼ決まると考えて良いだろうねぇ。」
「解説するほどの余裕があるようだが、
侮って後悔するなよ?」
「多彩な戦闘スタイルが可能なこのアーマーに、
果たして対応できるかな?」
この私・・・アヴァラス第7号”アナーキー・グリード”は
生前の広幡 凪から最高傑作と評されていた。
しかし、単純な身体能力は旧6号である”フォロウシャス・ラース”に劣り、
俊敏性は旧5号である”コンテイジョン・ラスト”に劣る。
私が秀でているのは、
あらかじめ戦闘プランを念入りにシミュレーションした上で、
そのプラン通りに戦闘を遂行する、という”正確性”だ。
無論、それだけでは何の意味も成さず、
私の真価は、武装生成により多種多様なプランに対応できるという”柔軟性”にある。
最初のシミュレーションの時点で、
何十通りものパターンを割り出し、
あらかじめパターン分の「型」を用意しておく。
そして、現場ではリアルタイムでその「型」に当てはめる作業を繰り返し、
その時々で「型」に沿った最適な武装を生成、応戦する。
要するに、事前に条件分岐のプログラムを作成しておき、
戦闘本番ではそのプログラムを実行するだけ、という訳だ。
対戦相手のデータが豊富であれば、それだけで勝利することは容易い。
——しかし、問題は今回のような”未知の相手”に対しては、
条件分岐のプログラムを事前に用意できないということだ。
今回の戦闘では、初見のアーマーを装着しているのが
私のよく知る冷泉 奏多であるという点から、
ある程度までのプログラムは組める。
しかし、その先は初見のアーマーの情報を加味しつつ、
”動的解析”でプログラムを組み上げていく必要がある。
——99.999999999%の発動まで辿り着けば、私が負けることはまずない。
・・・ジェットブースターが起動し、ジェイゾロフトが空中で急加速する。
一瞬で私との距離を詰めると、
左右からの連続パンチを繰り出す。
私はそれらを全て避けつつ、段々と後方に下がっていく。
——おそらく様子見で手加減しているのだろうが、
この程度のスピードしか出せないようであれば
私でも余裕で回避できる。
しかし、私以上のスピードを誇る「旧ラスト」がコイツに殺害されているとなると、
「旧ラスト以上のスピードを発揮できる」
もしくは
「スピードでは旧ラストに劣るものの、それ以外の何かを備えている」
と予測できる。
——冷泉は基本的に
「相手が得意とする分野」で真っ向勝負はしない。
真っ向勝負をするように見せかけつつも、
必ず”相手を欺く術”を用意している。
最初の「多彩な戦術を持つアーマー」という発言から、
私同様に数多くの装備を保有していることを匂わせてきたが、
おそらくそれはダミーだ。
正確には「装備の豊富さ」によって勝敗が決まることはないだろう。
——必ず裏をかいてくる。
「どうした冷泉?お前にしては随分と甘い戦略だな。」
変身者である冷泉自身の身体能力は低い。
脳で非常に多くのエネルギーを消費する体質のため、
昔から痩せ型だった、と聞いたことがある。
つまり、彼はアーマーを装着して前線に出てくるのに適した人間ではない。
だからこそブースターでスピードを補っているのだろう。
私は隙を突き、右フックをヤツの顔面へと命中させる。
ヤツはブースターを噴射し、一気に50mほど後方に移動した。
「武装なしでもこの威力とは・・・さすがだねぇ。」
冷泉はそう言いながら自身の顔を両手で覆う。
「そろそろペースを上げていくとしよう。
Vary・・・two seconds!」
『Recognized.』
冷泉の声に合わせて女声のガイダンス音が流れた。
すると、彼のアーマーの両肩に設置されていた金色の球体がそれぞれ分離し、
肩から5cmほどの距離を開き、空中で浮遊しながら回転を始める。
そして、右の拳を後方に引き、パンチを繰り出す態勢に入った。
・・・偽・冷泉が装着していたアーマー”イフェクサー”は、
装着中、使用者の動作には必ず2秒の遅延が生じ、
その代償として、各部の出力が大幅に増幅されるという
という2秒の壁を備えていた。
本物の冷泉が装着する”ジェイゾロフト”も
類似した機能を備えていると仮定すると、
音声入力で秒数指定をしていることから
「動作が遅延する時間を指定し、その時間に応じてパワーを上昇させる」機能であると
推定できる。
ならば・・・。
次の瞬間、冷泉は背中のブースターをフル稼働させ、
一瞬にして私の目の前まで距離を詰める。
私は両手をクロスし、彼の右拳を受け止める。
攻撃がヒットした直後、反撃を恐れてのことか、
冷泉は腹部のブースターを噴射し、私との距離を取った。
「・・・なるほど、この程度か。」
2秒遅延を指定した際の威力は、たった今把握し、
そして、私の”共感覚”によって正確に暗記した。
これで仮に4秒、8秒といった他の秒数を指定した際にどれだけの威力になるか
大まかには計算可能となった訳だ。
2秒では、到底、私が負傷するレベルの威力ではないが、
4秒、8秒と遅延を増大した場合は十分致命傷になり得るだろう。
「そのアーマーの武装はおおよそ分かったぞ?
序盤から相手に自らの情報を晒して良いのか?」
私の問いに、冷泉は短い笑いを漏らす。
「さすがだねぇ。
2秒の壁・可変の仕組みをもう見抜くとは。
おそらく、君が考えている通りだよ。」
・・・冷泉の返答で私は確信した。
あのアーマーにはまだ隠された仕掛けがある。
「遅延時間と威力は比例しない」
「予約済みの動作はキャンセル可能」
等といった意表を突く仕掛けは簡単に思い付くが、
そんな単純なものではないだろう。
「Vary・・・eight seconds!」
『Recognized.』
先ほどと同じく、女声のガイダンス音が流れると、
彼のアーマーの両肩に搭載されている金色の球体が
先ほどよりも高速の回転を開始する。
冷泉はブースター噴射により、空高く飛び立った。
・・・動作の遅延時間がいくら長くても、
ブースターは遅延の影響を受けず、リアルタイムで噴射可能。
つまり、”必殺パンチ”の遅延が発生する隙を、
ブースター噴射により空中を逃げ回ることで埋めつつ、
予約したパンチが発生する直前で再度標的へと接近し、放つ、という戦術か。
偽・冷泉が扱っていた”イフェクサー”は
2秒遅延固定で、かつ、飛行能力を有していなかった。
”ジェイゾロフト”はそこから大幅に強化されたアーマー、
という理解で間違いないだろう。
・・・だが・・・冷泉の戦術には大きな欠陥がある。
冷泉が宙高く飛び6秒ほど経過すると、
ブースターを噴射しつつ、私目掛けて一直線に急降下してくるのが見えた。
私はなるべくヤツを引き付けると、
必殺パンチの僅か40cmほど手前で体を捻り、回避する。
そのまま冷泉は屋上の外壁を斜めに抉り取るような形で
ショッピングモールを突き抜けた。
コンクリートの破片が飛散し、その威力の高さを主張する。
・・・私は即座に背中の飛行ユニットを起動し、
屋上の陰に消えた冷泉の後を追い、柵を超える。
しかし、その瞬間、屋上付近の壁にほぼ密着する形で
冷泉が滞空しつつ、隠れていたことに気付く。
右拳を構えた状態でブースターを噴射し、一直線に向かってくる。
「くっ!!」
・・・これはまずい・・・!
現在のヤツの遅延秒数が不明な状態で、攻撃が迫っている。
直前は”8秒”だったが、屋上を突っ切り、
私の死角に入った時に再び音声入力をし直した可能性があるとは言っても、
仮に8秒遅延が継続していた場合、
先ほどの建物の損壊具合から察するに、十分この勝負の決め手となり得る。
「GIT起動!フェッチ&リベース!!」
私は即座に宙でタイピングをし、右手に約2m四方の巨大なシールドを生成。
間一髪、冷泉の拳をシールドで受ける。
——ヤツの拳がシールドに命中した瞬間、シールドが一瞬にして砕け散った。
理論上、戦車装甲を貫通すると言われる50口径の対物ライフル弾でも
1発は確実に受け止める硬度を誇るこのシールドが、
これほどまで容易く破壊されるか・・・!
私は反射的に両腕を交差させ、ヤツの拳を真正面から受け止める。
次の瞬間、気付いたら私は勢いよく5階建の高さから
地面へと叩き付けられていた。
「なるほど、”初撃バリア”をいつの間にか展開していたか。」
私と50mほどの距離を取って着地した冷泉が呟く。
——初撃バリアとは、
バリア展開後に初めて受ける攻撃のダメージを全身に分散させることで、
実質的に攻撃の威力を抑える武装だ。
「相変わらず、見事な立ち回りだ。
初撃バリアを展開していなければ、もうこの勝負は終わっていた。」
——冷泉は8秒遅延の攻撃を繰り出した後、
私がそれを回避し、彼の後方からその隙に攻撃を仕掛けることまで読み、
今の立ち回りをしてきた。
やはり、恐るべき男だ。
「お前、やっぱりLEVOL所属の私達にも隠している”能力”があるだろ?」
「残念ながら、俺には何の特殊能力もないんだよねぇ。
俺のモノマネをしていた海藤君は
思考を並列処理できる世界そして世界を持っていたみたいだけど、
なんなら、俺の方が脳の処理能力では劣っている。」
・・・確かに、冷泉には突出した能力はない。
それは事実だろう。
「言うなれば、俺の能力は偽・世界そして世界かな。
本家と似たようなことはやっているけど、効率が悪く、エネルギーの消耗が激しい。
まぁ練習すれば誰にでも可能な技だから、
正確には”俺の能力”と言うのは語弊があるねぇ。」
——自分では気付いていないかもしれないが、
ヤツの圧倒的な強みは”努力を怠らない”ことにある。
偽・世界そして世界とかいうのも、
身に付けるには途方も無い年月を要するだろう。
彼の言う通り、常人にも身に付けること自体は可能だろうが、
大抵の人間はそれほどまでの努力ができず、習得の境地に達しない。
——冷泉はそういった
常人が身に付けられないスキルを沢山持っている”努力の狂人”だ。
「・・・遅延秒数を指定する方法は、
戦略としてあえて相手を惑わせるために音声入力という手段を取っているのか?」
——音声入力では、その秒数だけ動作が遅延するということを相手に知られる。
もちろん、その秒数を”いつからカウントするのか”を予測するのは困難だ。
例えば、2秒遅延モードを指定した5秒後に動作予約をした場合、
音声入力をしてから7秒後に動作が発動する。
「音声入力と同時に動作を予約しなければならない」仕様
となっている可能性も皆無ではないが、
さすがにそれだと攻撃のタイミングを完全に読まれるため考えにくい。
「もちろん、それはあるねぇ。
でも、それだけではない。
音声入力であれば、戦闘中に思考すべき要素を一つ減らせる。」
私はすぐに理解できず、思考を巡らせる。
すると、冷泉はそれを察したのか、説明を加えた。
「仮に腰に用意したボタンで遅延秒数を入力する方式だった場合、
”動作”が関与することになる。
つまり、遅延秒数を設定するためには、
前回設定した遅延秒数が経過している必要がある。
これではさすがに考えるべきことが増えて、とても戦闘に集中できない。」
なるほど、ボタン入力方式では
「4秒遅延を設定」した後に遅延秒数を再設定する場合、
「その再設定プロセスにも4秒の遅延が発生」するため、
さすがに扱いきれないということか。
確かに、アーマーに接触しない口部分は遅延なしで動かせるから、
声で入力できるようにするのが理にかなっている、ということか。
「さてと、君の生成できる武装は3スロット分しっかり使い切ったようだねぇ?
果たしてここからどう立ち回るかな?」
そう言うと、冷泉はブースターを噴射し、
再び空へと急上昇していく。
——彼の言う通りだった。
私は後遺症の影響で生成できる武装の数が制限されている。
既にこの戦闘では
・飛行ユニット
・シールド
・初撃バリア
を生成している。
そのうち、下2つは破壊され、
もはや意味を為さなくなっている。
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・・・おそらく、実宝院は
俺が遥か上空で、彼に聞こえないように音声入力を行うと考えるだろう。
先ほどの8秒遅延の威力を見たせいで、
俺がさらに遅延秒数を延長した攻撃を放つと考えるかもしれない。
・・・しかし、俺がそう考えると読んだ上で、
”裏の裏”をかきに来ると俺は予測する。
回避する可能性、受け止める可能性が五分五分といったところだが、
ここで”アレ”が決まれば確実に落とせる。
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・・・おそらく、冷泉は
「彼が音声入力を遥か上空で行う」と「私が考える」と思っているだろう。
先ほどの8秒遅延パンチの威力を見せたのは
それが狙いと見て間違いない。
となると、次に来る攻撃は
・意表を突いて油断させるための「2秒遅延程度の威力が弱い攻撃」
あるいは
・もう勝負を決するための「不意打ち」
いずれかと見て良い。
・・・頭上を見上げると、冷泉は
既にこの場から視認できるかどうか怪しい高度まで上昇していた。
・・・あの位置からブースターをフル噴射しても、
地面へと到達までに軽く見積もって10秒はかかる。
・・・今なら、”あの手”が使える。
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数秒後、冷泉が
ショッピングモールの駐車場にいる実宝院目掛けて急降下を開始。
既に冷泉は右拳を引き、パンチを繰り出す体勢に入っている。
実宝院はその様子を見上げ、
両手の拳を握り締めつつ、迎え撃つ構えに入る。
次の瞬間、2人の右拳が同時に互いを捕らえた。
遥か上空から加速してきた冷泉の拳を、
実宝院はその場から動かず、拳で完全に受け止めた。
刹那、冷泉が装着するアーマー
”ジェイゾロフト”の右前腕から60cm程度の細長い突起が瞬時に展開される。
次の瞬間、冷泉はその突起を勢いよく
実宝院の腹部に突き立てた。
「・・・ぐはぁっ!!!」
実宝院が鈍い声を上げると、
冷泉は突起を刺したままの姿勢で地へと降り立ち、
2人はその場で固まった。
「・・・・・・なんてな?」
「何!?」
冷泉が驚愕した瞬間、彼の突き立てた刃は弾き返され、
ほぼ同時に彼の顎へと膝蹴りが命中する。
怯んだ冷泉の顔面に左フック、右フック、左アッパーを高速で叩き込み、
そのまま回し蹴りで、
彼の腹部に装着されていたブースターを思い切り蹴り上げる。
ガシャン、と鈍く響く金属音と共にブースターが千切れ、
回転しながら地面を跳ねた。
冷泉は咄嗟に左サイドのブースターを起動させ、
実宝院との距離を取る。
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・・・ブースターは背中の他に、
腰を囲うように正面、背面、左右と計5箇所に装備されていたが、
正面を破壊したため、これで後方への動きを封じることに成功した。
「俺が・・・読み負けたというのか!?」
冷泉は取り乱した様子で私の出方を見計っている。
「なるほど、遅延パンチを警戒させつつ、
真の必殺技は”左右の前腕に仕込んだブレードによる切断攻撃”という訳だ。」
「・・・しかし、分からない。
なぜ俺の攻撃を防ぐことができた?」
冷泉は私の推理には反応せず、問う。
「お前が上昇した隙に、変身を一度解き、再度怪人態に変身した。
そのお陰でスロットが再度解放され、
飛行ユニットだけ生成しておけば、お前には悟られないと判断した。
さらに初撃バリアを2枚重ねで張り、パンチと、
おそらく来るであろう不意打ち分に備えた。」
「なるほど・・・攻撃する度に相手から離れる必要がある
俺の戦闘スタイルでは、それに気付けなかったということか。」
冷泉は悔しそうに声を低くして納得する仕草を見せる。
——実のところ、冷泉が装備する”ジェイゾロフト”の種は割れた。
紛れもなく、ヤツは今、ピンチに陥っている。
そして更に、私にはまだ”アレ”が残っている。
——もしや冷泉に・・・勝てるのか?
心臓が早鐘を打っている。
けれど、それは焦りじゃない。”興奮”だ。
これまで届かなかった背中が、今、私の目の前にある。
あと少し。手を伸ばせば届く距離にいる。
「冷泉、カラクリがバレたところ申し訳ないが、
遠慮なくいかせてもらうぞ?」
冷泉は何も言わず、こちらの出方を見計っている。
「99.999999999%発動!!」
私は両腕に力を入れて叫び、全身に力を込める。
「Vary・・・sixteen seconds!!」
『Recognized.』
冷泉はまるで私に触発されるように遅延秒数を音声入力する。
——ここに来て”16秒”遅延だと・・・?
まさか、最後の賭けに出たのか?
冷泉は背中のブースターを噴射し、
先ほどと同様に上空へと上昇していく。
——逃がすか・・・!
私は飛行ユニットを起動させ、冷泉をまっすぐに追っていく。
一直線に並んで飛行すると、やや私の方が速いことに気付く。
そのまま風を裂き、加速する。
雲を突き抜け、もう間合いは目前。
勝利の予感が、心臓を打ち鳴らす。
だが次の瞬間、その追っていた背中が、ふいに回転した。
「何・・・?」
目の前の逃げていたはずの冷泉が、一直線にこちらへ向かってくる。
眼前に広がるのは、怯えでも敗北でもなく、
研ぎ澄まされた、まっすぐな”殺意”。
——16秒遅延だぞ!?
まだ10秒も経過していないはずなのに、なぜ・・・!?
私の感覚よりも先に、閃光のような一撃が視界を貫いた。
身体が揺れ、世界がぐらりと傾く。
腹部に熱と重さ。遅れて、痛み。
——視界がぼやけていた。
動こうとして、初めて半身がアスファルトにめり込み、埋もれていることに気付く。
薄暗い空が見える。高い、高い藍色。
さっきまで、あそこにいた気がする。
飛んで、追って、私は勝ちかけていて・・・。
「私は・・・負けた・・・のか・・・?」
ゆっくりと頭を巡らせる。
焼けつくような痛みが意識を引き戻すたび、疑問だけが濃くなっていく。
——私は勝っていたはずだ。
逃げる冷泉を追って、あと一撃で・・・。
本当は「4スロット目も武装を生成できる」という奥の手まで隠していた。
それなのに・・・負けたというのか・・・?
視界の隅に、誰かの影が立っていた。
その佇まいだけで、誰なのかは分かってしまった。
紛れもない、この戦いの勝者の姿だった。
「・・・正直、20%くらいは負けるかと思ったよ。」
既に変身を解いていた冷泉が静かに口を開く。
——たったの20%・・・。
焦っていたように見えたが、あれも演出だった訳か。
「俺は遅延秒数を音声入力しているように見せかけていたが、
実際のところは”脳波入力”が正しい。
ブースター制御も”脳波入力”によってリアルタイムで行っていた。」
「脳波・・・入力だと・・・?」
——つまり、口では16秒を指定しておきながら、
脳波で8秒を指定する、といったチグハグな設定をしていたとでも言うのか?
当然ながら口で”16秒”と発言した時点で、
脳によるイメージも”16秒”に引っ張られるはずだ。
いわゆる、”シロクマ効果”というものだ。
——まさか・・・それをあの男は努力で克服したとでもいうのか?
「仮に、君が”ブースター制御を音声入力で行っていない”という事実に着目し、
それと同様に”遅延秒数も音声入力で行っていないかもしれない”と勘付いた場合、
俺の勝率は50%くらいにまで低下していただろうねぇ。」
なるほど・・・確かにブースターは音声で操作していなかった。
ブースターの操作方法が不明なことに気付けば、
道は拓けていた可能性があったのか・・・。
・・・悔しい。
・・・悔しいが、私を負かしたのが冷泉であるという事実に、
どこか安堵している自分もいた。
「・・・私の完敗だ。さすがは”努力の狂人”。
そこまでは考慮できなかった。
・・・冷泉・・・お前がちゃんと強くて・・・良かったよ。」
私の一言に、冷泉は儚げな表情を見せる。
「最後に教えてくれないか・・・?
お前が・・・なぜあの日・・・変わってしまったのか。」
「・・・人が死んだのさ。」
思いの外、冷泉は即答した。
しかし、私にはその意味を理解できなかった。
「その人は、ある人物の影響を受けたがゆえに、死んだ。
しかし、その人物は直接的に手を下した訳ではなかったし、
法で裁かれるにも至らなかった。
俺が客観的に見ても、その人物が特段悪いとは思わなかった。」
彼は淡々と、昔を懐かしむかのように、独白を始めた。
「そしてその死んだ人間も、言ってみれば
死んだところで特に社会には害がないような”社会的弱者”だった。
・・・しかし・・・納得がいかなかった。
その人間が殺された事実そのものと、
殺された人間に対して哀しみの情を抱けなかった自分とに。」
そう言いながら、5年以上の付き合いがある私でも
見たことがないような哀愁漂う表情を見せる。
「”死ぬべき人が死んだ”のか
”死ぬべきではない人が死んだ”のか
俺は分からず、悩み、苦しんだ。」
声は静かだったが、内に燻るものは隠せなかった。
「悩み考え抜いた末に辿り着いた結論は、
”死ぬべき人が死んだ”ことに”すれば良い”というものだった。」
その一言を発すると、彼の表情が和らいだのが分かった。
「元はと言えば、摘人システムは、
俺が”自分を苦悩から解放するため”に考案したものだ。
しかし、社会には俺と同じように
身近な人が死んだのに悲しめず、悩み苦しんでいる人間が
一定数存在するだろうと考えた。
それに”社会のため”であれば、
俺がやろうとすることには”価値がある”と固く信じた。」
——冷泉があの日、
突如口にした”社会貢献”というワード。
その重みが、今にしてようやく理解できた。
「・・・いつしか俺は、そういった自分の情よりも
”社会に貢献する快楽”に魅了されていった。
死ぬべき人が死に、死ぬべきではない人が生きる社会。
それこそが【平和】な社会で、俺はその構築作業に携わることができている。
自己の欲望を追い求めるだけでは得られなかった新たな世界。
俺は・・・かつて味わったことのない”幸せ”を感じた。
いや・・・感じている最中だ。」
冷泉は楽しげな感情を押し殺すようにそこまで言うと、
俺を静かに見下ろした。
「欲を言えば・・・君にもこの境地に達してほしかったけどね。」
儚げにそう言うと、彼は踵を返し、
ゆったりとしたペースで私から離れていく。
「・・・私が死んだら・・・お前は”悲しむことができる”のか?」
「社会貢献度が規定値以上の人間が死んだら、悲しむべきだ。」
冷泉は躊躇う様子もなく、答えた。
——それは良かった。
そう答える前に、既に体の感覚が無くなっていた。
仰向けに倒れた身体はもう動かせない。
血の味がする。
けれど、不思議と痛みはもう、どこか遠くのものみたいだ。
——視界の端に、お前が映っている。
ずっと前を走っていたあの背中に、先ほど近付いたかと思いきや、
またこうして離れていく。
しかし、不思議と悔しさはない。
誇らしかった。
あの”努力の狂人”と同じ時代に生き、共に起業して、こうして戦えたことが。
——”幸せ”な人生だった。
私はそのまま意識の闇に溶けていった。
音も、光も、感情さえも消えていく。
まるで深い水の底へ沈むように、
静かで、穏やかで、そして・・・永遠だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
——冷泉は後ろを振り返らず、ただ歩を進める。
しかし、そんな彼の足が突如止まった。
前方、ショッピングモールの駐車場の出口に、静かに1人の男が立っていた。
薄闇に沈む輪郭ははっきりしないが、
その立ち姿には妙な圧があった。
通りすがりの人間ではないと、冷泉は直感で察する。
彼がよくよく見ると、男の足元には、
2色構成のモバイルポットが2台も待機していることに気付く。
「ようやく会えたな・・・冷泉 奏多!!」
威勢の良いその声に応えるかの如く、
冷泉の眉がわずかに動いた。
★第31話★ 「努力の狂人」 完結
お読みいただきありがとうございました。
ついに冷泉と実宝院の勝敗が決しました。
この2人が最終的に戦うのは当初から決まっていましたが、具体的な戦いの流れはしっかりとは考えておらず、執筆に際し、非常に苦労しました。
2人はどちらも知的なキャラクターであり、かつ、根性タイプではないので、互いに読み合いとなる描写に拘りました。
そして、物語序盤では「天才」キャラだった冷泉が、実は「秀才」であり、それも「努力の狂人」と呼ばれるほどの努力家である、というギャップをここで表現したく、その描写もかなり拘ったつもりです。
「決して知力が並外れている訳ではないし、特殊な能力もないが、努力の度合いはとんでもない」ということを強調するために「努力の差」が勝敗を分ける要素となるよう、色々調整しながら描きました。
その結果「”シロクマ効果”の克服」という、常人が努力なしには決して成し得ない要素が2人の勝敗を分けました。
さて、2人の物語はこれにて完結しましたが、本作はまだ最後の戦いが残っています。
最後に現れた男は何者なのでしょうか?
是非、お楽しみに。




