★第8話★ 遺伝子精錬計画
★第8話★ 「遺伝子精錬計画」
・・・鈴木 結乃との打ち合わせから2日が経過していた。
今日は金曜日。
俺が「社会貢献度の計測に用いられていると考えられるDBサーバー」が設置されている施設に
不法侵入する作戦の決行日である。
現在時刻は20時30分を過ぎたところ。
俺は10分ほど前から
目標となる施設の周囲を先ほどからグルグル歩き回っている格好だ。
・・・あらかじめマップで施設の外見は調べていたけど、
一般的な4階建てマンションにしか見えない。
ただ、周囲は田舎道で、広大な田んぼが広がる中、
この4階建ての白いマンションが不自然に存在しているから、
ここで秘密裏にサーバー管理をしていると言われれば納得はできる。
・・・考え事をしていると、突然俺の背後にいるモバイルポット、
ジングーから電話の着信音が鳴り始めた。
「ヤバっ・・・!ちょ、黙れジングー!」
・・・マナーモード設定をすっかり忘れていた。
俺は仮にも潜入調査中だというのに、
盛大に呼び出し音が鳴ってしまった。
電話に出る前に空中に映し出されたディスプレイで
相手を確認する。
・・・くそっ、コイツは・・・!
「はい、もしもし?」
『あ、もしもし、結乃です。』
この作戦を企画した女からの着信だ。
「間違えて着信音鳴っちゃったよ!電話するなんて聞いてないぜ!」
『あぁ、ごめん。
とりあえず、JUNCビルの警備システムに
ハッキングに成功したハッカーから情報が来たから、
伝えておこうかなと思って・・・。』
JUNCビルというのは、俺の目の前にある白い4階建ビルのことだ。
「ふむふむ、それで、警備体制はどんな感じなんだ?」
『良くも悪くも、警備はシステム依存で、
現在時刻ではビル内に人はいないと推測される、とのことだった。
おそらく、ハッカーの彼がヘマをしなければ警備システムは無効化できる。』
それはかなりの好都合だ。
人と揉み合いになるのは精神衛生的にも良くない。
・・・まぁ、そもそもサーバーを直接パクリに来るヤツがいるなんて
思いもしないだろうからね。
「了解した!警備システムが無効化されたらメールで一報入れてくれ。」
俺は空中に映し出されたディスプレイの終了ボタンをタップして
画面を閉じた。
・・・その瞬間だった。
俺は背後から人の気配を感じて固まってしまった。
「・・・話は終わったのかな?」
俺はあまりの驚きに全身の筋肉が硬直して、
背後を振り向くことができなかった。
気配は俺の背後すぐ50cmほどから感じる。
つまり、既にめちゃくちゃ接近されていて、
無防備な俺は、背後の男の匙加減で
すぐにでも始末されるような状態だ。
「あの・・・どちら様で・・・?」
横目で必死に背後の人間の姿を捉えようとするが、
さすがに俺は馬じゃないので後方は見えない。
でも、俺は確実にその男声に聞き覚えがあった。
しかも、俺はその声に謎の嫌悪感を覚えている。
「俺の知名度は十分に高まったと自負していたんだけど残念だな〜。」
「は?・・・まさか・・・」
「初めまして、冷泉 奏多でーす!」
・・・冷泉 奏多だと!?
あの、株式会社LEVOLの社長兼、
タレントまがいな活動も行っている超有名人であり、
現在の摘人政策の考案者でもある。
なぜそんな奴が俺の背後にいるんだ!?
・・・確かに、目の前にそびえるJUNCビルは
摘人政策のベースとなる”社会貢献度”の管理に
必要であると考えられる施設。
そう考えれば、彼がここに来るのは
まったくの不自然という訳でもないけど、
こんなタイミングで登場してもらっては
俺としてはめちゃくちゃ困る。
しかし、裏を返せば目の前のビルに
重要な情報が眠っているというのは
ほぼ確証が取れたって訳だな・・・。
「今を時めくタレント社長さんが、
こんな田舎で油を売っていて良いんですかねぇ・・・?」
「心配は無用さ。これも業務の一環だからね。
ところで、君は何をしにここに来たのかな?」
「・・・えぇと・・・摘人政策について
もっと詳しく知りたいなぁと思ったりして・・・」
俺は身の危険を感じる今の状況で
焦ってとんでもないことを言ってしまったと瞬時に自覚した。
「ふむふむ。ということは社会貢献度の測定基準について、
何らかの情報を得ている、という訳か。」
「えっと・・・それは・・・ちょっと色々ありまして・・・」
「ハッハッハッ!君は面白いね!
ちょうどいいや、君に摘人政策の感想でも聞いてみようか。」
・・・摘人政策の感想だと?
この状況で街頭アンケートなんて実施しても
好意的な結果しか得られないに決まってるじゃないか!
「い、いやーマジで凄いですよね!
こんなこと一般人じゃできないですよ!」
俺は勢いに任せてそう叫びながら、
恐る恐る首を限界まで回し、背後を確認しようとした。
しかし、ちょうどその時、
俺の背後から眩しい青い光が照らされた。
「そうかそうか。ありがとう。
でもね・・・俺は本音のユーザーボイスが聞きたいな。」
俺は背後を振り向き、その光の正体が
冷泉 奏多の頭上に浮かんでいる
直径1m程度の人工衛星のような形状をした機器から発せられているものだと分かった。
そして、彼の姿は逆光で暗く見えにくいが、
テレビやネットで感じる彼の雰囲気からは想像もできないほど
禍々しいオーラを放っている。
・・・忘れていたけど、彼はメンタリスト扱いもされていて、
相手の心理を読むことに長ける。
つまり、ここで無条件にヨイショしても
逆に機嫌を損ねる可能性がある。
「君の回答次第では、この”ルミナスサテライト”で
直ちに君を消させてもらう。」
・・・たった今鉢合わせた冷泉の性格は俺には分からない。
テレビとかネットで見る朗らかそうなイケメンな彼は
メディア用に取り繕った姿である可能性が高い。
何を言えばキレるかも分からないし、
冗談が通用するかどうかも分からない。
しかし、どう考えてもこの場で取り繕った嘘が通用する相手ではない。
・・・こうなれば・・・!
「・・・えぇと、ぶっちゃけ・・・頭イっちゃってると思いました!!
だいたい・・・何だよ!”社会貢献度”って!
社会に貢献しようがしまいが、
別に法の範囲であれば、
個人で好きなように生きていて良いだろ!!
正義の味方にでもなったつもりかもしれないけど、
人の生死を勝手にコントロールするな!恐れ多いわ!
俺も危なく死ぬところだったんだぞ、この野郎!!」
堰を切ったように溢れ出す不満に、
俺はそこでようやくブレーキをかけた。
「ハッハッハッ!良いね~!
俺は正直者が大好きなんだよ。」
相変わらず、冷泉の姿は逆光で見えにくいが、
俺の一言が彼を上機嫌にさせたことに胸を撫で下ろす。
「・・・でもね、それはあくまでも君の主観的な視点であって、
”社会”のことが何も考慮されていない。」
冷泉の声のトーンが一気に低くなり、
淡々とした口調に変化した。
「俺はこの日本が大好きだ。
しかし、この日本では少子高齢化が進み、
労働力人口が減り続け、経済状況は年々悪化している。
そして国民は恥ずかしげもなく堂々と自国の悪態をつく。
・・・君はなぜこんな状況になってしまっているか、分かるかな?」
「・・・なぜって・・・少子高齢化を改善するための政策が
ちゃんと行われていないからとかですかね?」
「もちろんそれは事実だけど、不正解だね~。
正解は、君のように上手くいかないことを全部他者のせいにして、
自身の利益のみを考える人々が
国民の大多数になってしまっているからだ。」
彼はそう言うと背後を振り返り、
俺に背中を見せる格好になる。
・・・もちろん、彼の頭上には
おそらく武器と思われるミニ人工衛星が浮いているから、
俺には反撃のチャンスはない。
そして、その状態のまま冷泉は再度口を開く。
「子供は自分の思い通りにならなければすぐ文句を垂れる。
怒って叫ぶ。不満を漏らす。自己の利益を最優先する。
要は、自分のことしか考えていないけど、
それは子供だから仕方がない。
・・・でもね、中には成人になってまで
そんな未熟な態度を貫く残念な人々もいる。
人間は成長することで
より大きな集団の利益を望めるようにならなくてはいけない。
そうでなければ、社会は成り立たない。
俺は、一定以上の”集団の利益を追求できる”人材のみを後世に残す
”遺伝子精錬計画”を成し遂げるために現在活動している。」
「それが・・・摘人政策の秘密か・・・!?」
俺がそう訊くと、彼は楽しそうに続ける。
「人間の細胞にはアポトーシスという、
不要な細胞が周囲に迷惑を掛けないように
自ら死滅する機能が備わっている。
ところが、この社会はどうかな?
集団の利益の追求に貢献しないような人間も生きている。
なぜ人間の体内の細胞にできることが、
人間の社会ではできないんだろう?」
「・・・そんな恐ろしいことを・・・。
じ、じゃあ、”ジャスティスマン”とかいう人に
2色のモバイルポットを送っているのは」
「正義者はより大きな集団の利益を追求する意欲が
人一倍強い人種のことだよ。
日本の社会には優先的に残したい人間ではあるけども、
如何せん、このような現状では誤って殺されてしまう可能性がある。
そういった意図しない細胞死、ネクローシスを防ぐ目的で、
俺が経営する株式会社LEVOLで開発し、対象者に寄与している。」
やっぱりコイツは頭がぶっ飛んでいる。
・・・でも、彼の言葉には耳が痛くもあった。
俺は、過去に”2度”も友達を助けられなかった。
・・・いや違う。
”俺のせいで亡くなった”んだ。
「・・・そ、そんなアニメの悪役がやりそうなことが”正しい”のだと、
冷泉さんは考えてるってことか?」
俺がそう訊くと、彼は分かりやすくため息をついた。
「正しいとか、間違いだとかは行動の動機としては議論する価値がないんだよ。
人はだいたいいつでも自分が”正しい”んだから。
必要なのは、行動の結果得られるリターンと
行動に伴うリスクを考慮すること。
その両者の対比で遺伝子精錬計画は
社会に大きなリターンがある。
それだけで計画を進める根拠としては十分だね。
・・・ところで、君は俺の計画を妨害するためにここに来たのだと思うけど、
どうする?何らかの手段で俺を殺害してここを突破するかい?
ちなみに、君にはここを突破するリスクを負うほどのリターンがあるのかな?」
「・・・。」
俺がここに来たのは鈴木 結乃の依頼をこなすためだ。
結乃には恩があるし、報酬の一部は既に貰っている状態だ。
ここで投げ出すという選択肢もあるし、
俺は元々、なんだかんだで今回のDBサーバー奪取はほぼ確で失敗する気で来た。
でも・・・そうすれば俺はもっと自分が嫌いになるに違いない。
過去に”2度”も大罪を犯した俺は、
遺伝子精錬計画とやらで
消されるのが妥当な人間なんだと思う。
そんな俺が今生きているのは、
ハッキリ言って結乃のお陰に違いない。
・・・ならば、この程度、やり遂げてやるさ。
俺は確かに社会にとっては不要かもしれない。
それでも、結乃の役には立つことくらい証明できなくてどうする!
「”ゆのぽん”との約束だから、としか言えないな!!」
俺は自分なりに決心した勢いでそう叫ぶ。
すると、その瞬間に冷泉はこちらを振り返り、
首をかしげて思案するような姿勢を見せた。
「ゆの・・・?
なるほど・・・やっぱりそういうことだったのか。」
彼は何かに気付いたように頷き、続けて俺に訊く。
「”ゆの”というのは”鈴木 結乃”のことだよね?」
・・・俺は彼の言葉に息が詰まった。
なぜ冷泉が結乃のことを知っている?
そもそも、俺はあえて”ゆのぽん”という、
結乃がインフルエンサーの活動名義として使っている名前を口に出した。
でも、彼はそれを結乃と結び付けた。
『ゆのぽん=結乃』の変換が可能なのは、
彼女のインフルエンサー活動について知っている人間に限られる。
彼女はネット上で顔を出していないし、
大学では孤立している。
そして、俺は彼女の手伝いをしているから分かるけど、
彼女はインフルエンサー活動について人にペラペラ言うタイプではない。
だからこそ、これで彼女は冷泉 奏多と
何らかの関係がある、ということが分かった。
「まぁビックリするよね~。
じゃあせっかくだから有益な情報を教えよう。
鈴木 結乃には気を付けた方が良い。」
「は・・・?」
次の瞬間、冷泉はすかさず背後を振り返った。
冷泉の背後から一人の男性が
こちらに向かって歩いてくるのが見える。
彼は頭上のミニ人工衛星の光をその男に向ける。
「・・・紘・・・!?
なんでこんなところに・・・」
俺は思わずそう呟いた。
その男性は俺の同級生、イケメン陽キャの西願 紘だった。
「ミコちゃんと、どこの誰かと思ったら
その武器は冷泉 奏多か。
・・・俺は運が良いな~。
一度に”標的”を2人も殺せるんだから。」
そう言うが早く、彼は両手を固く握ると、
息を深く吸い込み、まるで発狂したように狂い叫んだ。
「オーバー・・・フロー!!」
彼が叫ぶと、彼の体は見る見るうちに
鱗が細かく刻まれた濃紺の皮膚に浸食されて、
姿を変化させていく。
「・・・なるほど、俺のやり方に不満を持つ犯罪組織があると
噂には聞いていたが、こんな形で刺客を回してくるとは。」
冷泉はそう言いながら、右手を高く上げると、
彼の頭上に待機していたミニ人工衛星が放つ光が一層眩くなる。
次の瞬間、眩しい光に周囲一帯が包まれ、
俺は思わず腕で顔を覆った。
・・・恐る恐る腕を下げると、
俺の前方には冷泉の後ろ姿と、
異形の怪人の姿が目に入った。
全身は深い紺碧の鱗に覆われた筋肉質の体躯。
頭部は獣の頭蓋を模した異形で、
青白い光を宿す瞳を据え、そこから無数の鋭い角が放射状に伸びる。
角は象牙色と淡紫が混じり、王冠のように頭上を取り囲む。
両肩から胸にかけて巨大な白い殻状の装甲が重なり、
ひび割れた珊瑚のような質感を帯びて下方へ流れ落ち、マント状に広がる。
腕は長く鋭い爪を備え、脚部には大きく広がった鰭が生え、
足先は水棲生物のように膜を張った形状をしている。
全体として、深海の捕食者に王の威厳を与えたような、
有機的で威圧的な姿だった。
先ほど、冷泉の人工衛星から放たれたはずの光線が
体前面一帯に命中した形跡はあったが、俺が瞬きする間に傷はキレイに癒えていた。
「紘!お前、そんなものどこで・・・!?」
「俺は紘ではない!
アヴァラス第1号”カスケイド・エンヴィ”だ!!」
貝殻の怪人はくぐもった声でそう答えると、
俺の目の前にいる冷泉に向かって
まっすぐに走り出した。
紘の怪人からは物凄い殺気を感じるが、
俺の目の前にいる冷泉は
逃げる気配が感じられない。
★第8話★ 「遺伝子精錬計画」 完結
仕事や勉強で忙しく、半年以上ぶりの更新になってしまいました・・・(笑)
今回は主人公、御子柴 竜が
摘人政策を考案した冷泉 奏多と出くわしました。
冷泉は遺伝子精錬計画という名の
日本社会を存続させる残酷な計画を推し進めることが目的であることが判明。
そして、御子柴が手伝っている
コミュ障インフルエンサーこと鈴木 結乃は
冷泉と何らかの関係があることが判明します。
冷泉が彼女が危険であるという話をしようとした直後、
御子柴の同級生であるイケメン陽キャこと
西願 紘が現れます。
彼は御子柴と冷泉を殺害すると公言し、
謎に包まれた怪人”アヴァラス”(固有名:カスケイド・エンヴィ)へと変身しましたが、
彼の意図は現時点では不明となっています。
今回は伏線や新要素も多くて盛沢山だったし、
とても重要な回でした。
冷泉は自身のモバイルポット”ヤゴトン”が変形する
ルミナスサテライトの攻撃が効かない怪人相手にどう戦うのでしょうか?




