終章
これで最後です。
年が明け、フィアラ大公ウルシュラは副宰相を拝命した。教育省長官の任を継いだのはヴェセルスキー公爵である。引継ぎは滞りなく行われたそうだ。
副宰相になった初日から、彼女は荒れていた。今までより権力が拡大し、決定権を持った分、彼女の仕事が増えたのだ。何故だ。
と言うわけで、現在、女王エリシュカ、宰相バシュタ公爵、副宰相フィアラ大公が権力をほぼ三等分してになっている。相変わらずエルヴィーン属する近衛騎士は女王配下であるが、軍事権はウルシュラに委譲された。反乱を起こすのではないか、と危ぶむ声もあったが、エリシュカが押し切った。女王は軍事権を手放し、ほっとした様子である。
格段に職務の増えたウルシュラが、王都散策を再開したのは春が近づき、温かくなってきたころだった。何となく、非番の日は王都を散歩するようになったエルヴィーンは、その日も一人で出歩くウルシュラを発見した。
「……一人で出歩くなと言っただろう、閣下」
「あら、一人で出歩いたところで私に何かあると思う?」
「単純に俺が心配しているだけだ、ウルシュラ」
「……」
心配していると言われたからか、名を呼ばれたからかウルシュラが少し顔をしかめた。これは嫌がっているのではなく、戸惑っているのだ。それがわかるくらいには、エルヴィーンもウルシュラを理解しているつもりだ。
顔をしかめた、と言うよりはむくれているのだろうか。エルヴィーンは思わず笑みを浮かべた。
「仕事は落ち着いてきたようだな」
いつも通り並んで歩きながら、エルヴィーンは言った。ウルシュラは「まあね」とうなずく。
「まだやることはたくさん残っているけど」
「あなたの頭脳と手際には感心する。俺にはまねできないな」
「する必要はないけどね。私はあなたのようには剣を使えないし」
文武両道を地で行く彼女が言っても嫌味に聞こえるだろう。しかし、彼女は本気で言っていると思う。一応、彼女は頭脳派を謳っているので。
彼女なら適材適所、と言うだろう。エリシュカとウルシュラが互いの足りないところを補っているように、二人に足りない武力はエルヴィーンたちが補えばよい。
特にウルシュラの判断力は一目置くべきだろう。人間、とっさの判断に一番自らの才能が現れると思う。
エルヴィーンは街行く人々を見る。つい三か月ほど前クーデター未遂が起こったと言うのに、その風景は平和そのものだ。被害がそんなになかったのもあるが、ウルシュラたちが不安が広がらないように腐心したのもあるだろう。
彼女はまだやることはたくさんあると言った。嫌がらせではなく、彼女が優秀だから必然的に仕事が集まってくるのだろう。だが、彼女も機械ではないのでこうした息抜きも必要だ。それはわかるし、すればいいと思う。だが。
「あなたが魔術師であることもわかっているし、護衛がいることもわかっている。だが、一人で出歩く理由にはならんだろう」
「くどい!」
ウルシュラがエルヴィーンの前に回り、彼の鼻先に指を突きつけた。
「あなたは私の母親か!」
「……」
誠に遺憾である。
「あ、この先に鳥肉のクリーム煮がおいしい店があるんだけど、一緒にどう?」
わざとらしいまでの笑みを浮かべてウルシュラが唐突に言った。エルヴィーンは頬をひきつらせた。
「まだあきらめてなかったのか……」
エルヴィーンは鳥皮が苦手だ。特に煮込んだものが苦手である。彼女の秘密を彼女の祖母、ヘルミーナに教えたのを根に持つウルシュラは、エルヴィーンのきらいなものを食べさせようとしているのである。
「おいしいのに」
「俺は苦手だ……」
二人はフメラ川を下流に向かって歩いて行く。そうしてのんびりしたら、まだ宮殿に戻るのだ。
レドヴィナはエリシュカが女王であり、ウルシュラがそれを助ける限り、美しく平和な国であり続けるだろうと思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
背中合わせの女王(改稿版)最終回(笑)です。
完全に私の自己満足でしたが、お付き合いくださったみなさん、ありがとうございました。