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「大切な人。でも恋愛対象じゃない」と言われた僕は、彼女を諦めることにした  作者: 幻影


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第7話 彼女なのに

翌朝になれば、どうでもよくなると思っていた。美月はベッドの中でスマートフォンを見た。


拓海との最後のやり取り。


『今日は会社とか昔からの友達もいるから、また今度な』


『そっか』


それだけ。怒っているわけではない。


拓海にも自分の友人関係がある。毎回そこへ美月を連れていく義務などない。


分かっている。それでも少しだけ気になった。


今までなら、


『来れば』


だった。美月はスマートフォンを閉じた。


「何気にしてるんだろ」


自分でも分からなかった。午前10時を過ぎたころ、蓮からメッセージが来た。


『起きてる?』


美月の気持ちはすぐそちらへ向いた。


『起きてるよ』


『今日何してる?』


『何もない』


『会う?』


美月は笑った。


『会う』


昨日まで拓海のことで感じていた小さな引っかかりは、それだけで消えた。午後1時。


美月は駅前で蓮と待ち合わせた。蓮は10分ほど遅れてきた。


「ごめん」


「遅い」


「10分じゃん」


「10分でも遅刻は遅刻」


「厳しいな」


蓮が笑う。美月も笑った。


「何食いたい?」


「蓮くんが決めて」


「じゃあラーメン」


「今日ラーメンの服じゃない」


蓮が美月を見る。


「何それ」


「分かんない?」


「分かんない」


「男の人ってそういうところあるよね」


「拓海さんなら分かる?」


突然名前が出た。美月は少し驚いた。


「なんで拓海さん?」


「いや」


蓮は笑った。


「前に何回か名前出てたから」


「そうだっけ」


「結構出るよ」


言われて、美月は思い返した。自覚はなかった。


「友達だから」


「年上の?」


「うん」


「何歳?」


「26」


「結構上だな」


「5歳だけ」


「美月からしたら結構じゃね?」


「そうかな」


蓮はそれ以上聞かなかった。二人はパスタの店に入った。


食事をしながら蓮がスマートフォンを触る。一度。


二度。三度。


美月は最初、気にしなかった。


「今日どこ行く?」


美月が聞いた。


「ん?」


蓮は画面を見たまま。


「このあと」


「ああ、どうしよっか」


またスマートフォン。美月は水を飲んだ。


「誰とLINEしてるの?」


「友達」


「圭介くん?」


「違う」


「誰?」


蓮が顔を上げた。


「何?」


「いや、誰かなって」


「バイトの奴」


美月の胸が少しざわついた。


「女の人?」


蓮が一瞬黙った。


「そうだけど」


「麻衣さん?」


「うん」


美月はフォークを置いた。蓮が少し笑う。


「また気にしてんの?」


その言い方が嫌だった。


「またって?」


「この前も気にしてたじゃん」


「気にしてないよ」


「ならいいけど」


蓮はスマートフォンを伏せた。美月は何も言わなかった。


食事を終えて店を出る。さっきまで楽しみにしていたのに、少し気分が変わっていた。


蓮は気にしていない。


「映画でも見る?」


「うん」


「何かやってるかな」


蓮がスマートフォンで検索する。その横顔を見ながら、美月は聞こうか迷った。


麻衣さんとはどれくらい仲がいいの。毎日LINEしてるの。


昨日も連絡してたの。でも聞けなかった。


――そういうの結構気にするタイプ?また言われる気がした。


映画館へ向かう途中、蓮が美月の手を握った。それだけで、さっきの不安が少し薄れた。


「機嫌悪い?」


「悪くない」


「嘘」


「普通」


蓮が手を引いた。


「美月」


「何?」


「俺、美月といるんだから気にすんなよ」


その言葉が嬉しかった。


「……うん」


「麻衣はただのバイト仲間」


美月は蓮を見た。自分から聞かなくても言ってくれた。


「分かった」


「ほんと?」


「ほんと」


蓮が笑った。美月も笑った。


その日は、それで終わった。付き合い始めて2か月。


蓮との関係は続いていた。大きな喧嘩はない。


デートもする。電話もする。


蓮の部屋にも行く。ただ、付き合い始めたころのように毎日連絡が来ることはなくなった。


美月も、


「そういうものなのかな」


と思うようになっていた。ある水曜日。


講義が終わったあと、千紘と大学を出た。


「今日、佐伯くんは?」


「バイト」


「最近バイト多くない?」


「人足りないんだって」


「大変だね」


「うん」


駅へ向かって歩いていると、千紘が突然言った。


「あれ?」


「何?」


「佐伯くんじゃない?」


美月は足を止めた。道路の反対側。


コンビニの前に蓮がいた。一人ではなかった。


女性と一緒だった。美月はすぐ分かった。


麻衣だった。SNSの写真で見た顔。


二人はコンビニから出てきたところだった。蓮が何か言う。


麻衣が笑う。ただそれだけ。


距離も特別近いわけではない。手をつないでいるわけでもない。


「バイト行く途中じゃない?」


千紘が言った。


「……うん」


美月は答えた。そうだ。


蓮は今日バイトだと言っていた。バイト仲間と一緒にいる。


何もおかしくない。信号が青になった。


二人は反対側へ渡る。美月たちとは違う方向。


蓮は美月に気づかなかった。


「声かけなくてよかったの?」


千紘が聞いた。


「バイト行くところだし」


「そっか」


美月は笑った。


「ほんと何でもないよ」


千紘は何も言わなかった。その夜。


午後11時を過ぎても蓮から連絡はなかった。美月から、


『バイトお疲れ』


と送った。30分後。


『ありがと』


それだけ。美月は画面を見た。


『今日、麻衣さんと一緒だった?』


打つ。消す。


また打つ。


『今日大学の近くで見たよ』


消す。結局、


『明日会える?』


と送った。返事が来たのは午前0時を過ぎてからだった。


『明日は友達と予定ある』


美月は少し落ち込んだ。


『そっか』


既読。それで終わった。


眠れなかった。また拓海の名前が頭に浮かぶ。


でも連絡しなかった。この前、飲み会に行きたいと言って断られたことが残っていた。


もしかすると拓海も、自分との距離を少し変えようとしているのかもしれない。そんなことを考えた。


翌日の午後。美月は大学のカフェテリアで一人で昼食を食べていた。


千紘はゼミの用事。蓮もいない。


スマートフォンが鳴った。拓海。


珍しかった。


『土曜ひま?』


美月はすぐ返した。


『ひま』


『亮介たちとBBQするけど来る?』


美月は思わず笑った。


『行く!』


送信。すぐ、


『了解』


と返ってきた。たったそれだけなのに、少し嬉しかった。


土曜日。拓海の友人たちが集まったのは、郊外の河川敷だった。


拓海。奈緒。


亮介。ほかにも男女合わせて8人ほど。


美月は奈緒の隣で野菜を切っていた。


「美月ちゃん、それもう少し大きくていいよ」


「これくらい?」


「うん」


「料理苦手なのバレますね」


「もうバレてる」


「ひどい」


二人で笑った。奈緒は普通だった。


以前と同じ。美月に飲み物を渡す。


皿が足りなければ取ってくれる。誰かが美月を会話に入れ忘れれば自然に話を振る。


だから美月は、奈緒が自分を嫌っていることを知らない。


「美月ちゃん」


亮介が近づいてきた。


「彼氏できたんだって?」


「はい」


「拓海から聞いた」


「言ったんですか?」


美月が少し離れた場所にいる拓海を見る。拓海は男性陣と炭に火をつけていた。


「聞かれたからな」


声が届いていたらしい。


「個人情報なんですけど」


美月が言う。


「彼氏できたくらい個人情報に入らんだろ」


「入ります」


「じゃあごめんなさい」


拓海が笑った。亮介が美月へ小さな声で聞いた。


「どんな奴?」


「大学の同級生です」


「格好いい?」


「格好いいですよ」


「拓海より?」


美月は笑った。


「比べます?」


「そこは嘘でも拓海って言ってやれよ」


「なんでですか」


亮介が笑う。拓海は聞こえているのかいないのか、炭を触っている。


しばらくして肉が焼け始めた。全員で食べる。


拓海は自分が食べるより先に、焼けた肉を皿へ移していた。


「拓海、お前も食えよ」


奈緒が言う。


「食ってるよ」


「さっきから焼いてばっかじゃん」


「誰かやらないと焦げるだろ」


「貸して」


奈緒がトングを取った。


「ほら、座れ」


「はいはい」


拓海が美月の近くに座った。


「楽しい?」


「うん」


「ならよかった」


「拓海さん」


「ん?」


「この前、なんで飲み会駄目だったの?」


拓海は少し驚いた。


「まだ気にしてたの?」


「ちょっと」


「会社の奴とかいたから」


「私いたら変だった?」


「変っていうか」


拓海は少し考えた。


「毎回お前呼ぶのも違うだろ」


「なんで?」


「なんでって」


美月は本気で分かっていない顔をしていた。拓海が笑う。


「美月にも美月の友達いるだろ」


「いるよ」


「俺にも俺の付き合いがある」


「知ってる」


「じゃあそれだけ」


美月は少し口を尖らせた。


「なんか最近冷たい」


拓海は美月を見た。


「俺が?」


「うん」


「普通だろ」


「前なら来ればって言ってた」


「彼氏できたんだから、少しは考えるだろ」


「何を?」


「距離」


美月の表情が変わった。


「蓮くんに悪いだろ」


拓海はそう言った。美月は黙った。


その発想がなかったわけではない。千紘にも言われた。


でも拓海本人から言われると違った。


「蓮くん、拓海さんのこと知らないよ」


「存在は知ってるんだろ?」


「うん」


「俺がお前好きなのは?」


「……知らない」


「じゃあ余計だろ」


美月は何も言えなかった。拓海は少し笑った。


「別に絶交するって言ってるわけじゃない」


「分かってんけど」


「今まで通りでいいところと、そうじゃないところがあるってだけ」


美月は紙コップの中のお茶を見た。


「私、嫌だな」


拓海が聞き返した。


「何が?」


「拓海さんと疎遠になるの」


その言葉だけは迷わず出た。拓海は美月を見た。


「ならないよ」


「ほんと?」


「普通に友達でいるだろ」


「じゃあいい」


美月が笑った。拓海も笑った。


少し離れたところから、奈緒が二人を見ていた。何を話しているかまでは聞こえない。


ただ、美月が笑い、拓海も笑っている。奈緒はトングで肉を裏返した。


「奈緒」


亮介が横に来た。


「何」


「焦げてる」


「あ」


肉の端が黒くなっていた。


「拓海のこと言えねえじゃん」


「うるさい」


亮介が笑う。午後4時を過ぎ、BBQは片づけに入った。


美月はゴミ袋を持って回った。拓海はコンロを片づけている。


亮介が美月に声をかけた。


「美月ちゃん」


「はい」


「今度二人で飲みに行かない?」


美月は一瞬、冗談だと思った。


「二人で?」


「うん」


亮介は笑っている。


「彼氏いますよ」


「知ってる」


「じゃあ駄目でしょ」


「飯くらいいいじゃん」


「よくないです」


美月も笑いながら断った。


「即答?」


「即答です」


「厳しいな」


そのとき拓海が近くを通った。


「亮介」


「何?」


「手動かせ」


「今休憩」


「まだ何も片づけてないだろ」


「美月ちゃん口説いてた」


亮介がわざと大きな声で言った。拓海の手が止まった。


美月は困ったように笑った。


「断りましたよ」


拓海は亮介を見る。


「彼氏いるって知ってんだろ」


「飯くらいだよ」


「やめとけ」


声は普通だった。怒ってはいない。


「なんで?」


「面倒になるだけだろ」


「美月ちゃんが決めることじゃん」


「だから断られてるだろ」


「それはそう」


亮介が笑った。話はそこで終わった。


帰り。拓海は奈緒と同じ電車だった。


美月は途中で別れた。車内はそれほど混んでいない。


二人並んで座る。奈緒が言った。


「亮介、美月ちゃん口説いてたね」


「飯誘っただけだろ」


「気にならない?」


「彼氏いるんだから断るだろ」


「彼氏いなかったら?」


拓海は奈緒を見る。


「何が言いたいの」


「別に」


「今日は別にが多いな」


奈緒が笑った。少しして、奈緒が聞いた。


「美月ちゃんと何話してたの?」


「いつ?」


「BBQの途中」


「ああ」


拓海は窓の外を見る。


「少し距離考えようって話」


奈緒が驚いた。


「拓海から?」


「うん」


「美月ちゃんは?」


「嫌だって」


奈緒の顔が曇った。拓海はすぐ言った。


「変な意味じゃないよ」


「分かってる」


奈緒は前を向いた。


「拓海」


「ん?」


「美月ちゃんは、あんたのこと本当に大事なんだと思う」


「今日もそれ?」


「うん」


「知ってるよ」


「でも」


奈緒は少し間を置いた。


「大事にするって、そばに置いておくことだけじゃないからね」


拓海は何も言わなかった。その夜。


美月は蓮と電話していた。


『今日何してた?』


「BBQ」


『誰と?』


「拓海さんたち」


少し沈黙した。


『あの年上の人?』


「うん」


『男もいた?』


「いるよ」


『何人くらい?』


「男の人は5人くらいかな」


蓮が少し黙った。


『その拓海って人も?』


「いたよ」


『ふうん』


美月はその声が気になった。


「何?」


『いや』


「何かある?」


『別に』


今度は蓮が言った。


『美月、その人と二人でも会うの?』


美月は少し迷った。


「会うよ」


『へえ』


「友達だから」


『俺、会ったことないんだけど』


「そうだね」


『美月のこと好きとかじゃないよね?』


心臓が一度大きく鳴った。美月は答えなかった。


『美月?』


「……前に告白されたことはある」


電話の向こうが完全に静かになった。


『は?』


「でも断ったよ」


『いつ?』


「半年以上前」


『それで今も二人で会ってんの?』


「友達だから」


『いや、意味分かんない』


蓮の声が明らかに変わった。


「何が?」


『俺に言ってなかったじゃん』


「聞かれなかったし」


『そういう問題?』


美月も少し腹が立った。


「だって何もないよ」


『相手はまだ美月のこと好きなの?』


美月は答えられなかった。好きだ。


拓海自身がそう言っている。


『まだ好きなんだ』


「……たぶん」


『それで夜中電話したり、二人で飯行ったりしてんの?』


美月は黙った。今度は自分が言われる側だった。


千紘から同じようなことを言われたときとは違った。蓮の声には、はっきり怒りがあった。


「でも拓海さんとは本当に何もないから」


『美月はそうかもしれないけど、向こうは違うだろ』


「拓海さんは変なことしないよ」


『そういう問題じゃないって』


「じゃあ何?」


『普通、彼氏できたら距離取るだろ』


その言葉に、美月は昼間の拓海を思い出した。――彼氏できたんだから、少しは考えるだろ。


――距離。拓海自身が分かっていた。


美月だけが分かっていなかった。


『俺が逆のことしてても平気?』


蓮が聞いた。美月は麻衣を思い出した。


胸が苦しくなった。


「……嫌」


『だろ?』


「うん」


『だったら分かるじゃん』


美月は何も言えなかった。


「ごめん」


ようやく言った。蓮はしばらく黙っていた。


『もう二人では会わないで』


美月の胸がざわついた。


「え?」


『二人で飯とか電話とか』


「電話も?」


『当たり前だろ』


美月はすぐに返事ができなかった。拓海と二人で会わない。


夜に電話もしない。それを想像した。


思っていた以上に抵抗があった。


『美月?』


「……分かった」


そう答えた。蓮の声が少し柔らかくなる。


『ごめんな。束縛したいわけじゃないんだよ』


「うん」


『でも普通に嫌だから』


「分かってん」


『美月のこと好きだから』


その言葉を聞くと、少し嬉しかった。


「うん」


『怒ってる?』


「怒ってない」


『好きだよ』


「私も」


電話を切った。部屋が静かになる。


美月はスマートフォンを見た。拓海とのトーク画面を開く。


今日撮ったBBQの写真がある。拓海が炭の前で笑っている写真。


奈緒と亮介も写っている。美月はその写真を見た。


――もう二人では会わないで。蓮の言っていることは正しいと思う。


自分だって、蓮が麻衣と同じことをしていたら嫌だ。だから約束した。


美月は拓海へメッセージを打った。


『今日ありがとう』


送信。少しして、


『こちらこそ』


と返ってきた。美月は続けて打とうとした。


『蓮くんに拓海さんのこと話した』


そこまで書いて止まった。消した。


代わりに、


『またみんなで行こうね』


と送った。拓海から、


『おう』


と返ってきた。美月はスマートフォンを伏せた。


なぜだろう。彼氏との関係を守るために、当然のことを決めただけなのに。


胸の中に、小さな穴が開いたような気がした。そしてその穴がどれほど大きくなるのか。


このときの美月には、まだ分からなかった。

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