↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「大切な人。でも恋愛対象じゃない」と言われた僕は、彼女を諦めることにした  作者: 幻影


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/16

第3話 その顔を、俺に見せる

「拓海さん、女の子から相談されたら、なんでも答える?」


日曜日の午後、美月はアイスコーヒーのストローを指で回しながら聞いた。拓海は向かいでスマートフォンを見ていた。


「内容による」


「恋愛相談」


その瞬間、拓海の指が止まった。ほんの一瞬だったので、美月は気づかなかった。


「俺に聞く?」


「聞く」


「人選間違ってるだろ」


「なんで?」


「俺の恋愛経験知ってるだろ」


「少ないよね」


「はっきり言うな」


美月が笑った。二人がいるのは駅近くのファミリーレストランだった。


美月が、


「レポートやるから付き合って」


と連絡してきたのが昼前。拓海は家で洗濯をしていた。


『なんで俺が必要なの』


と返したら、


『一人だと絶対やらない』


と返ってきた。それで来た。


拓海は本を読み、美月はノートパソコンを開いている。もっとも、来てから1時間以上経つのに、レポートはほとんど進んでいない。


「で?」


拓海がスマートフォンをテーブルに置いた。


「何を聞きたいの」


美月は少し迷った。


「男の人って、好きじゃなくても二人でご飯行く?」


拓海は美月を見た。


「行くだろ」


「行くんだ」


「女だって行くだろ」


「まあね」


「それだけ?」


「じゃあ、また会いたいって言う?」


「言う人は言う」


「毎日LINEする?」


「する人はする」


美月が不満そうな顔をした。


「全然参考にならない」


「質問が悪い」


「じゃあどう聞けばいいの」


「その男がお前を好きか知りたい、って聞けば」


美月の手が止まった。拓海はそれを見て、少しだけ後悔した。


当たったらしい。


「……別に私とは言ってないけど」


「はいはい」


「友達かもしれないじゃん」


「じゃあ友達ってことにしとく」


「何、その言い方」


拓海はアイスコーヒーを飲んだ。美月は少し黙ったあと、ノートパソコンの画面へ目を戻した。


けれどキーボードには触れない。


「好きって、どうやったら分かるの?」


今度は少し小さな声だった。


「自分が?」


「うん」


拓海は返事に困った。それを俺に聞くのか。


そう思ったが、口にはしなかった。


「会いたいとかじゃない?」


「拓海さんには会いたいよ」


簡単に言われた。拓海は目を伏せた。


「そういう意味じゃなくて」


「どういう意味?」


「知らん」


「何それ」


「俺に聞くなよ」


美月が笑った。その顔を見て、拓海も仕方なく笑った。


「でもね」


美月が続けた。


「ちょっと違うんだよね」


「何が」


「拓海さんと会うのと」


拓海は黙って聞いた。


「拓海さんに会うときって、何も考えないの」


「もう少し言い方ない?」


「違う違う。いい意味で」


「何も考えないがいい意味になるのか」


「なるよ」


美月は笑ったあと、少し考えた。


「今日だってほぼすっぴんだし」


「知らんがな」


「服も適当だし」


「俺に失礼だな」


「だから違うって」


美月が笑う。


「拓海さんなら別にいいの」


その言葉は、美月にとって最大級の信頼だった。拓海にも分かっている。


分かっているから、余計に痛かった。


「でも、その人と会うときは?」


拓海から聞いた。美月は少し恥ずかしそうに笑った。


「服、考える」


「うん」


「髪もちゃんとする」


「うん」


「LINE来たらちょっと嬉しい」


「それなら答え出てんじゃない」


「そうなのかな」


美月はストローをくるくる回した。その横顔を見ながら、拓海は思った。


たぶん、そうだ。自分には一度も見せなかった顔だった。


「どんな奴?」


気づけば聞いていた。


「え?」


「その男」


美月は一瞬迷った。隠す必要がないと思ったのか、スマートフォンを取った。


「同じ大学の人」


「同級生?」


「うん」


「最近知り合った?」


「前から顔は知ってたけど、話すようになったのは最近」


拓海は頷いた。


「佐伯蓮くん」


名前まで聞くと急に現実味が出た。知らない男。


美月と同じ大学。同じ年齢。


同じ場所で毎日を過ごしている。拓海には入れない世界だった。


「格好いい?」


拓海が聞いた。美月が笑った。


「なんでそこ聞くの?」


「大事だろ」


「拓海さんが聞く?」


「喧嘩売ってんのか」


美月が声を出して笑った。


「格好いいよ」


そう答えたときの美月の顔を、拓海は見てしまった。嬉しそうだった。


それで十分だった。


「写真ある?」


「見る?」


「あるんだ」


「インスタ」


美月がスマートフォンを操作して、拓海に見せた。男友達と並んでいる写真。


拓海は数秒見て返した。


「なるほど」


「何がなるほど?」


「モテそう」


「でしょ」


「なんでお前が得意げなんだよ」


「別に」


また笑う。拓海も笑った。


ただ、スマートフォンを返すとき、自分の手が少しだけ重く感じた。その日の夜。


拓海は一人でコンビニへ行った。夕食を適当に済ませたせいで腹が減った。


カップ麺とおにぎりを籠に入れ、レジへ向かう。スマートフォンが震えた。


美月。


『今日はありがとう』


拓海は歩きながら返した。


『レポートほとんどやってないけどな』


すぐ既読。


『帰ってからちゃんとやった』


『偉い』


『子供扱いしないで』


拓海は笑った。そのあと少し間が空いた。


また通知。


『あとさ』


嫌な予感がした。


『蓮くんのこと』


拓海は画面を見たまま立ち止まった。


『たぶん好きかも』


コンビニの冷蔵ケースが低い音を立てている。拓海は何度か文字を打った。


消した。また打った。


結局送ったのは、


『そっか』


だけだった。すぐに返事が来た。


『何その反応笑』


拓海は少し考えた。


『よかったじゃん』


送る。今度は少し間が空いた。


『うん』


続けて、


『なんか久しぶりにこういう感じ』


ハートも絵文字もない。それでも美月が嬉しいことは分かった。


『楽しめばいいんじゃない』


拓海はそう返した。美月から、


『ありがとう』


と来た。家に帰る。


電気をつける。静かな部屋だった。


買ってきたものをテーブルへ置き、スーツの上着を脱ぐ。冷蔵庫からビールを出そうとして、やめた。


代わりに水を取った。椅子に座る。


さっき見た男の顔が浮かんだ。佐伯蓮。


格好いい男だった。美月と並んだところを想像する。


似合うだろうなと思った。


「何やってんだ、俺」


一人で笑った。半年前に振られている。


答えはとっくに出ている。それでも美月が自分を頼ってくれるから、どこかで関係が続いているような気になっていただけだ。


拓海はスマートフォンを伏せた。その夜は、美月からもう連絡は来なかった。


それから美月と蓮の距離は急速に縮まった。大学では一緒にいる時間が増えた。


二人で昼を食べることもあった。講義が終われば蓮から、


「今日どうする?」


と声をかけられる。毎回デートをするわけではない。


駅まで一緒に帰るだけの日もある。コンビニで飲み物を買って大学のベンチで話すだけの日もある。


それが楽しかった。蓮は人との距離を縮めるのがうまかった。


「今日、髪違う?」


ほんの少し巻き方を変えただけでも気づく。


「ネイル変えた?」


色を変えれば気づく。


「その服似合う」


自然に言う。美月は最初、


「よく見てるね」


と笑っていた。そのうち、気づいてもらえることを期待するようになった。


金曜日。二人で食事をした帰りだった。


駅前の大通りを歩いている。信号が赤になる。


並んで止まった。蓮が突然言った。


「美月って呼んでいい?」


美月は蓮を見た。今までずっと水瀬だった。


「急だね」


「嫌?」


「嫌じゃないけど」


「じゃあ美月」


名前を呼ばれただけだった。なのに胸が跳ねた。


「何?」


「呼んだだけ」


「意味分かんない」


美月は笑った。信号が青になった。


歩き出す。人が多かった。


反対側から来る人を避けようとしたとき、蓮が美月の腕を軽く引いた。ほんの一瞬。


すぐ離れた。


「危な」


「ごめん」


「なんで美月が謝るの」


また名前。美月は自分の顔が熱くなっているのが分かった。


駅へ着いても、二人ともすぐには改札へ入らなかった。


「明日何してんの?」


蓮が聞いた。


「友達と買い物」


「男?」


「女の子」


「そっか」


「何?」


「いや、男だったら嫌だなと思って」


美月は蓮を見た。蓮は笑っている。


冗談なのか、本気なのか分からない。


「なんで佐伯くんが嫌なの?」


わざと聞いた。


「分かんない?」


蓮が一歩近づいた。さっきまで普通に話していたのに、美月は急に緊張した。


「分かんない」


本当は少し分かっていた。蓮はしばらく美月を見ていた。


「俺、美月のこと好きだよ」


周囲にはたくさん人がいた。電車の到着を知らせる音も聞こえる。


それなのに、その言葉だけが妙にはっきり聞こえた。


「付き合ってほしい」


美月はすぐに答えられなかった。嫌だからではない。


嬉しかったからだ。胸が速い。


顔も熱い。蓮の顔をまともに見られない。


こんな感覚は久しぶりだった。


「……うん」


それだけ言った。


「マジ?」


「何その反応」


「いや、普通に嬉しい」


蓮が笑った。美月も笑った。


「じゃあ今日から彼女?」


「そうなんじゃない?」


「美月」


「何?」


「こっち見て」


美月が顔を上げる。蓮が嬉しそうに笑っていた。


その顔を見た瞬間、美月も嬉しくなった。好きなんだ。


今度は、はっきりそう思った。帰りの電車。


座席に座ってからも気持ちが落ち着かなかった。蓮からすぐにメッセージが来た。


『もう会いたい』


美月は思わず笑った。


『さっき別れたばっかりじゃん』


『明日会えないから』


『明後日は?』


『会う』


『決定?』


『彼氏なので』


美月はスマートフォンを胸元に寄せた。幸せだった。


家に着いて部屋へ入る。バッグを置く。


ベッドに腰を下ろす。誰かに話したかった。


千紘には明日会う。母親にはまだいい。


そう考えて。真っ先に浮かんだのは拓海だった。


美月はスマートフォンを開いた。拓海とのトーク画面。


『拓海さん』


送る。少しして既読がついた。


『ん?』


美月は文字を打った。


『蓮くんと付き合うことになった』


送信。既読がつく。


返事が来ない。1分。


2分。美月は少し不安になった。


当然だった。拓海が自分を好きなことを知っている。


それなのに、真っ先に報告した。今になって、その残酷さに気づいた。


消せない。


『ごめん』


と打ちかける。そのとき返事が来た。


『おめでとう』


美月は画面を見つめた。それから、


『ありがとう』


と返した。しばらくしてもう一通来た。


『変な男じゃないといいな笑』


美月は少しだけ安心した。


『大丈夫だよ』


『ならよし』


いつもの拓海だった。美月は笑った。


一方。拓海は自宅のベランダに出ていた。


スマートフォンを握ったまま、夜の街を見ている。祝福した。


自分でそう決めた。美月が嬉しいなら、それでいい。


嘘ではない。本当にそう思っている。


それなのに胸の奥が痛かった。拓海は画面をもう一度見た。


『蓮くんと付き合うことになった』


短い一文。何度読んでも意味は変わらない。


美月に彼氏ができた。拓海はスマートフォンをポケットへ入れた。


夜風が少し冷たかった。


「おめでとう、か」


自分で送った言葉を口にする。笑おうとした。


うまく笑えなかった。翌朝。


美月は蓮からのメッセージで目を覚ました。


『おはよ、彼女』


思わず布団の中で笑った。


『おはよ、彼氏』


返す。すぐ既読がついた。


そのやり取りだけで朝から嬉しい。鏡の前に立つ。


昨日までと同じ自分なのに、少し違って見えた。拓海から連絡はなかった。


それは特に気にならなかった。今、美月の頭の中は蓮でいっぱいだった。


その日の午後。拓海は奈緒と亮介と三人で昼を食べていた。


亮介がラーメンをすすりながら聞いた。


「そういや最近、美月ちゃん来ないな」


拓海は水を飲んだ。


「彼氏できたって」


亮介が箸を止めた。


「マジ?」


「うん」


「お前じゃなくて?」


「俺だったら彼氏できたって言い方しないだろ」


「それもそうか」


亮介は笑った。奈緒は笑わなかった。


拓海を見ている。


「大丈夫?」


「何が」


「何がって」


「大丈夫だよ」


拓海は普通にラーメンを食べた。亮介が言う。


「まあでも、そのうち別れるかもしれんしな」


拓海の箸が止まった。


「そういうこと言うなよ」


「なんで?」


「美月が好きで付き合ったんだから、続いたほうがいいだろ」


亮介が呆れたような顔をした。


「お前、本当に意味分からんな」


「何が」


「普通、好きな女に彼氏できたら別れろって思うだろ」


「思わん」


即答した。奈緒だけが黙っていた。


店を出たあと、亮介は先に帰った。奈緒と拓海が駅まで歩く。


奈緒が言った。


「拓海」


「ん?」


「本当にそれでいいの?」


拓海は前を向いたまま答えた。


「いいも何もないだろ」


「でも」


「美月が選んだんだから」


奈緒は何も言わなくなった。しばらく歩く。


拓海が笑った。


「そんな顔すんなよ」


「どんな顔」


「俺が振られたみたいな」


「振られてるじゃん」


「二回目みたいに言うな」


奈緒は笑わなかった。


「拓海」


「ん?」


「あんたさ」


少し間を置いた。


「いつまで美月ちゃんの一番都合のいい人でいるつもり?」


拓海は足を止めた。奈緒も止まる。


「言い方」


「ごめん。でも私はそう見える」


「美月は――」


「分かってんの。悪気ないんでしょ」


先に言われた。拓海は黙った。


奈緒は少し声を落とした。


「でも彼氏できたんだよ」


「うん」


「これから美月ちゃんが寂しいとき、誰が隣にいるの?」


拓海は答えなかった。


「嬉しいことがあったときは?」


「……彼氏だろ」


「じゃあ、あんたは?」


拓海は少し笑った。


「友達」


奈緒はしばらく拓海を見ていた。


「それ、本当にできる?」


今度は拓海が答えられなかった。その夜。


美月からメッセージが来た。


『拓海さん』


いつもならすぐ開く。拓海は画面を見たまま少し待った。


30秒ほど。それから開いた。


『蓮くんがさ』


その文字を見た瞬間、拓海は目を閉じた。やっぱり。


嬉しいことも。不安なことも。


美月は自分に話す。それが嬉しかった。


今までは。拓海はしばらく考えてから、


『どうした?』


と返した。美月からすぐに長い文章が送られてくる。


拓海は読み始めた。選んだのは拓海ではない。


それでも、その恋について一番話したい相手は自分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。