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大賢者ユノと弟子のリゼ  作者: グランチャイルド
第3章 大陸横断編(前編)
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第82話 ★王の領域

 ——人間の身体能力の最盛期。


 それは測定の対象となる能力などによっても異なるが、おおむね20才前後といわれている。

 

 現在のメリッサは22才。

 

 一般的に反応速度や敏捷性、瞬間的な短距離スピードの全盛期は20代前半とされていることから、メリッサは今まさに、自身の剣士人生における全盛期の渦中にいるといえた。

 

 だが——眼前に立つエレオノーラ・ヴァレンティアにおける全盛期は、19才。

 

 このときの彼女には、並み居る一流の剣士はおろか、名だたる高名な賢者すらも太刀打ちできず、敗れ去ったといわれている。

 

 さらに身体能力だけでなく、19才の彼女はその生涯において、最も感覚が研ぎ澄まされ、そして、最も戦闘的であった。


 当時の彼女は、『剣聖』と呼ぶに相応しく、その剣技は神域に達していたといえる。

 

 畏怖、憧憬、そして、死別したはずの彼女と今再び戦うことができるという、剣士としてこの上ない喜び。

 

 息が詰まるほどの緊張感の中、メリッサの胸中には様々な感情が濁流となって渦巻いていた。


 対峙するエレオノーラの構えはどこまでも洗練されており、無駄がなく、一部の隙も見当たらない。


  

 それでも、メリッサは退くことなく覚悟を決めた。

 

「行きます……ッ!」

 

 メリッサが動く。

 

「戦車《 ルーク 》!」

 

 地面が爆ぜる。直線的な超高速突進を仕掛けた。それと同時に、エレオノーラも地を蹴った。

 

「戦車《 ルーク 》」

 

 両者の姿が空間から完全に消える。

 

 先に初動を起こしたのは間違いなくメリッサだった。しかし、全盛期のエレオノーラの方が圧倒的に速かった。

 

 気付いたときには、エレオノーラはすでにメリッサの目の前、その懐へと潜り込んでいた。

 

 加速の頂点で進路を塞がれたメリッサは、この体勢から突きを放つことができない。無理に姿勢を変えようとしてバランスを崩し、地面へと倒れ込んだ。

 

 冷徹な金属光沢を放つレイピアの刃先が、倒れたメリッサの首筋へピタリと突きつけられる。

 

「チェックメイト」

 

 エレオノーラの声が響く。


 一秒にも満たない、一瞬のうちの決着——

 

「……まだ、です!」

 

 メリッサはすぐに地を払い、跳ねるように起き上がると、再び果敢に師へと挑みかかる。

 

「重装兵《 ポーン 》!」

 

 渾身の魔力を刃に宿し、叩きつけるような斬撃を見舞う。

 

「司教《 ビショップ 》」

 

 エレオノーラはそれを紙一重のステップでかわし、流れるようなカウンター攻撃へと繋げる。

 

「騎士《 ナイト 》!」

 

 メリッサはその鋭い返しを予期していた。


 鋭く上空へと跳躍し、空中からの死角を突く一撃を繰り出す。

 

「騎士《 ナイト 》」

 

 だが、エレオノーラもまた、空へと舞い上がった。


 重力を無視したかのような宙返り。空を蹴って加速するエレオノーラ、一瞬の火花。

 

 エレオノーラの鋭烈な斬撃がメリッサの剣撃を打ち破り、その身体を容赦なく地上へと撃ち落とした。

 

 ドサリと闘技場の土煙の中に叩きつけられるメリッサ。

 

「チェックメイトよ」

 

 すぐさま着地したエレオノーラが、再び横たわるメリッサにレイピアの切っ先を向けた。

 

「ま、まだ……まだです!」

 

 息を乱しながらも、メリッサは食い縛った奥歯から血を滲ませて三度立ち上がる。執念だけで踏み込み、攻撃を仕掛けた。

 

「重装兵《 ポーン 》!」

 

 しかし、エレオノーラはその一撃をすれ違いざまに、まるで幻影のように揺らめいてかわす。

 

「交差移行《 アンパッサン 》」

 

 直後、メリッサの脇腹に鋭い斬撃が刻まれた。

 

(今の攻撃は……っ!?)

 

 衝撃に目を見開くメリッサ。


 『グランド・チェス』の基本技(ポーン、ルーク、ナイト、ビショップ)には存在しない、未知の技。

 

(こんな技……見たことがない……! 太刀筋がまったく見えなかった……いつ斬られたのかすらわからなかった……!)

 

 それは、エレオノーラの『初動』の瞬間に、すでに攻撃のプロセスが完了していたことを意味していた。

 

 メリッサは歯を食いしばる。先生の技は、自分が知る段階よりもさらに先へと、進化している。

 

(私の持てるすべての力を、今ここで先生にぶつけなければ——絶対に、届かない……!)

 

「女王《 クイーン 》!!」

 

 メリッサの口から、流派最高の奥義の名が叫ばれた。

 

 縦横無尽、四方八方から押し寄せる、荒ぶる女王の超高速連撃。全方位を埋め尽くす刃の嵐。

 

 いかに全盛期のエレオノーラといえど、この速度と密度の連撃をすべて剣で捌き切るのは不可能なはずだった。

 

 だが、19才のエレオノーラは、襲い来る刃の嵐を前に、静かにその美しい目を閉じた。

 

 そして、身体の前で垂直に構えていたレイピアを流れるように反転させると、トン、と静かにその先端を地面へと突き立てた。

 

「王の領域《 キング 》」

 

 その瞬間、エレオノーラの周囲の空気が鉛のように重くなり、闘技場全体に不気味なほどの『静寂』が訪れた。

 

 『グランド・チェス』における、唯一無二の秘奥義。

 彼女だけの支配領域の展開である。

 

 ——キング。

 

 それは絶対的な存在であり、法則すらをも統べる者。

 

 「竜蟠虎踞(りゅうばんこきょ)」という言葉がある。

 王は自ら動かず、ただそこに存ずるだけで、盤上のすべてを支配する。

 

 この秘奥義の発動によって、エレオノーラを中心としたおおよそ半径10メートルの領域は、彼女の意志が支配する『絶対領域』へと変貌を遂げる。

 

 そして、この王の領域内において、あらゆる物理攻撃及び魔法攻撃は、一切その効力を失う。

 

 かつて全盛期の彼女に、大陸最高峰の賢者すらも傷一つ負わせられずに退いた最大の理由。

 

 それこそが、あらゆる干渉を無に帰す、この領域の展開に他ならなかった。

 

 メリッサが放った最大奥義『クイーン』の超高速連撃は、煙のように霧散し、発動を許されずに強制終了となった。

 

「あ……っ、な……!?」

 

 自身の最高火力が一瞬で『無』にされたことに、メリッサの思考が凍りつく。

 

 エレオノーラは静かに開眼すると、地面からレイピアを引き抜き、垂直に構え直した。

 

「重装兵《 ポーン 》」

 

 メリッサの胸元へ、重い斬撃が叩き込まれた。

 

「がはっ……!」

 

 凄まじい衝撃を受け、メリッサの身体は闘技場の壁際まで派手に吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

 観戦者であるユノは思った。

 

 白銀の女王、エレオノーラ・ヴァレンティア。


 その戦いぶりは、艶やかな攻撃においても完璧な防御においても、どこまでも優雅で美しく――そして、圧倒的。いや、絶望的ですらある、と。

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