第79話 ◇豪華クルーズ
水の都『アクアリア』を発ってから、3日。
星の賢者フィオナは、後輩にあたる魔導省捜査局のミリアに用意させた最高級の魔導馬車の進路を、南東へと向けていた。
ちなみにこの魔導馬車には御者はいない——なんなら、馬もいない。
推進力は、直列に繋いだ純度99.9%の最高品質の魔導石から得られる膨大なエネルギー。
そして、最適なルートを魔導回路が自動で計算して進む最新仕様(オートドライブ・レベル5)を搭載。
元来、『魔法』とは、その時代における最先端の科学技術を指す言葉であるといえるが、この最新モデルはまさにこの言葉を体現していた。
さらに、この魔導馬車。
内装が常軌を逸していた。
まず目に入るのは絢爛豪華な装飾。
国民の血税で作られた役人専用の馬車であるはずだが、特権階級の貴族馬車を遥かに凌駕している。
金やダイヤモンドといった贅沢を極めるオーナメントがこれでもかと散りばめられている。
その上、設備が無駄にハイテクだった。
魔導式経路案内機、魔導式全方位録画機の搭載はもちろんのこと、冷蔵庫、空調機、受像機、そして、24時間いつでも連絡可能なミリア直通の魔導話機——
加えて、座り心地抜群のふっかふかの特注ソファと、振動を完全に吸収する優れたサスペンションにより、揺れは皆無。
滑るように進む、まるで無重力体験。
しかも、最大出力は驚異の500kW(680馬力)——
いざとなれば爆発的なスピードを出せる。
その上、最大トルクは異次元の3,000Nm——
本気になれば切り立った崖すら登る。
この魔導馬車。
まさに『動く王室/要塞』の様相を呈していた。
もう一度言うが、これらはすべて真面目な国民の血税で作られている。
「快適ね。これなら長旅も悪くないわ」
手元には先日のカジノで合法的に毟り取って稼いだ軍資金がたんまりあるため、旅で不自由することなど何一つない。
フィオナは極上の『時の塔』へのクルージングを満喫していた。
フィオナが車内に優雅な音楽をかけ、温かい紅茶を飲みながらテレビを見ていると、指名手配犯のニュースが入ってきた。
「あら? これ、ユノじゃないかしら」
「この、まったく悪びれていない顔……間違いありませんね、主です」
隣でお茶を淹れていた水の最高位精霊ウンディーネが、呆れたように頷く。
画面の向こうでは、凶悪な脱獄犯として大々的に紹介されているユノ。そして、共謀者とされる魔法戦士のメリッサの顔が映し出されていた。
もちろん、ユノがその気になればプリズンブレイクなどお茶の子さいさいであることを二人は知っている。
「あの子、監獄の中で彼女でもできたのかしら?」
「あのタチの悪い主のことですから、最初から真面目に刑期をまっとうするつもりなどサラサラなかったのでしょうね……」
本当に更生の余地のない、ろくでもない犯罪者を見るような目で、ウンディーネは憐れみの混じった冷ややかな視線を画面のユノへと送る。
実際は、ユノもメリッサも特別執行官レーヴェンにはめられて不当に投獄されただけなのだが、そんな事情を知る由もない二人は、車内で好き放題に毒づいていた。
すると、車内に設置された魔導話機がけたたましく鳴り響いた。
ミリアからだ。受話器を取ると、いつもの慌てふためいた声が鼓膜に飛び込んでくる。
『せんぱーい! ちょっと大変なことになってますー!』
「どうしたの、ミリア。落ち着いて説明して」
『実は、例のカジノの奴隷取引をきっかけに、監視局特別執行官のレーヴェンにまで捜査のメスが入ったんですけど、やっぱり黒の教団との繋がりや贈賄罪、公金横領とか様々な容疑がゴロゴロ浮上しまして!
捜査局が身柄を押さえようとしたら、奴め、魔導省の最新鋭の魔導式高機動型戦闘機を持ち出して逃亡を図ったんです!
それで、つい先ほど王立天文台の観測結果が出たのですが……その戦闘機の進路、先輩の馬車に向かってるみたいなんです!』
「……なるほど。そういうことね」
フィオナは実にあっさりと納得した。
というのも、彼女は自身の《 星詠み 》の能力によって、少し先の未来——大型の謎の戦闘機と自分が一戦交える未来を見ていたのだ。
「5分後に戦闘になるわ。一旦切るわね。あ、それからテレビで見たけど、脱獄中のユノともう一人は無実よ。適当に裏から手を回して、なんとかしておいて」
『えぇ!? 先輩、未来見えてたんですか!? ていうか脱獄囚の処理って、先輩、人使い荒すぎ——』
——ガチャン!
ミリアが向こうでわなないて叫んでいたが、お構いなしに受話器を置くフィオナ。
「返り討ちにしてあげるわ」
フィオナは優雅に馬車の扉を開け、荒涼とした大地へと降り立った。




