第76話 ▲打ち上げ飲み会
夜の帳が下りた、音楽の都『ハーモニア』。
この町は太陽が沈んだ後もなお、至る所から人々の楽しげな歌声や楽器の音が響き渡る、賑やかな不夜城だった。
街の一角にある賑やかな酒場では、先ほどの精霊に捧げる演奏会の大成功を祝して、音楽団が盛大な打ち上げを行っていた。
「ルカくん! 君のおかげだ、本当にありがとう!」
主賓として呼ばれているルカへ、団長が並々ならぬ感謝の言葉を述べる。
彼がいなければ、演奏会の成功はなかった。
それどころか精霊を失望させかねない状況だったのだ。
「いっそのこと、うちの楽団の正式な団員にならないかい!?」という熱烈なスカウトに対し、ルカは生真面目な顔で首を振った。
「お気持ちは嬉しいのですが、僕は『ユノ大先生という真理』を追いかけている身ですので。せっかくですが、それはお受けできません」
「そうか、残念だ……! ならば今夜は朝まで飲み明かそう!」
団長がルカのグラスに景気よく酒を注ぎ、他の団員たちも代わる代わるルカの元へ乾杯をしにやってくる。
共に極上の音を奏でた仲間として、彼らはルカを心から認めていたのだった。
その様子を空中から見ていたシルフィは、ふと思った。
(……いっそのこと、本当にあの音楽団に入っちゃった方がいいのに。
あてのないユノのストーカーを続けるより、何百倍もマシよ。
あいつ、黙っていればかっこいいんだし。
もともとハイスペックなんだから、変態でさえなければどこでだって輝けるのに……)
そんなシルフィが惜しい男を見るような目をしていると、一人の男がルカの席へと近づいていった。
それは、昼間に広場の屋根の上からルカを観察していた、あの謎の吟遊詩人だった。
(あれ? あの男……どこかで……)
シルフィは訝しんで男を眺めた。
「僕にも注がせてくれよ」
男は親しげに笑うと、ルカのグラスに滑らかな手つきで酒を注いだ。
「乾杯♩」
カチィン、と軽やかな音を立ててグラスが鳴る。
ルカは「どうも」と短く返し、一気にグラスをあおった。
「君の提琴、本当にすごかったね。僕、感動しちゃったよ」
「提琴は、昔に少し嗜んでいただけですから」
「へぇ、謙虚だね。君のことをもっと教えてくれないかな?」
男は、手元で竪琴をポロンと美しく奏でてみせた。
ルカは酒のせいか、多少饒舌になりながら、脚色しながら語った。
「……僕は、『真理』を探求するため、世界中を旅しています。色んな変装をしながら、あるときは魔法使い、またあるときは動画配信者、温泉マイスター、魔女の肉壁……様々な仕事をしています」
(いや、お前の本分『学生』だからな? てか、何? 温泉マイスターとか肉壁って?!)と、シルフィが心の中でツッコんだ。
「へぇ、それはすごいね。『真理』、か。いい響きだね。実は僕も各地を巡っているんだ。君とはなんだか、すごく気が合いそうだなぁ。……それから、変装は僕も得意なんだ」
そう言うと、男は上着をバサァッ!と脱ぎ捨てると、マントとハーフマスクをスチャッ!と装着してみせた。
「なかなかやりますね。ならば、僕も……」
ルカも負けじと上着をバサァッ!と脱ぎ捨てると、『マジカル☆マジルカ』のコスチュームにチェンジした。
(へ……変態が二人に……!!)
シルフィは引きつった笑顔のまま、猛烈にドン引きしていた。
◇
深夜。
酒場の喧騒はすっかり静まり返り、音楽団の面々は床やテーブルに突っ伏して、気持ちよさそうにスースーと寝息を立てて眠りこけていた。
そんな静寂の中、吟遊詩人の男だけが、椅子に座ったまま物憂げに竪琴を奏でている。
「ふふ、みんな、綺麗に眠ってくれたみたいだね」
男は不敵な笑みを浮かべると、静かに動き出した。
なお、行方不明の音楽団の提琴奏者も、この男によって眠らされていたのだった。
シルフィは自分の意識が混濁していくのを感じていた。頭がクラクラして、まともに飛行を維持できない。
(……おかしい、最高位精霊であるこのあたしが、睡魔に襲われるなんて。
あの男の竪琴……まさか、魔導機……!?)
「さあ、シルフィちゃん。僕と一緒に来てもらおうか」
男が指先から怪しげな魔法の光を放つ。
シルフィの身体は抵抗する力をもぎ取られ、妖精ほどのサイズへと強制的に縮小され、透明な瓶の中へと閉じ込められてしまった。
「な、何すんのよ……力が入らな……っ」
捕らえられてしまったシルフィ。万事休すかと思われた、その時——
「——何をしているのですか」
背後から、凛とした冷たい声が響いた。




