第75話 ★伝説の剣技 グランド・チェス
古代ダンジョン『試練』。
——その第2階層。
今度は、ユノが戦う番だった。
特に言葉を交わしたわけではなかったが、なんとなく「一階層ごとに交互に魔物と戦う」という流れになっていた。
薄暗い通路の先から、獰猛な唸り声をあげて獣型の魔物が多数現れ、ユノたちを包囲する。
ユノは歩みを止めることなく、手にした大杖をひょいと軽く掲げた。
「《 バニッシュ 》」
パァン、と乾いた音が空間に響く。
次の瞬間、無数にいた魔物たちは一匹残らず光の粒子となって消滅した。
文字通りの一瞬。これで終わり。
「……え? もう終わったの?」
後ろを歩いていたメリッサが、目を丸くして普通に驚いている。
「まあ、魔法だからね」
ユノは振り返りもせず、いつもの調子で適当な返事をした。
——続く第3階層。
目の前の道が三つに分岐していた。しかし、ユノの脳内ではすでに、地の精霊テラリアによる精密なスキャンが完了している。
(ユノ、右は落とし穴のトラップ。左は毒沼。真ん中が正解だよ)
「了解」
ユノはテラリアのナビゲートに従い、迷うことなく真ん中の道を突き進んでメリッサを先導する。難なくクリア。
——第4階層。
メリッサが戦う番。
上空から襲いかかる、羽を持つ飛行型の魔物が数体出現した。
「騎士《 ナイト 》!」
メリッサが鋭く地を蹴り、華麗に宙を舞う。空中で一閃、瞬く間に魔物を1体撃破した。
すぐさま、別の魔物が死角からメリッサめがけて急降下攻撃を仕掛ける。
「司教《 ビショップ 》!」
彼女は斜め方向へと滑るように移動して攻撃をかわし、振り抜きざまにカウンター攻撃を入れる。
見事にすべての魔物を撃破した。
——第5階層。
今度は、起動型の岩石製のゴーレムが10体。通常の剣撃が通りにくい、前衛泣かせの嫌な敵だ。
だが、当然ながらユノには問題にすらならなかった。
ユノはゴーレムが起動して動き出す前に、その魔力構造を瞬時に解析。胸部の奥にある『核』が弱点であることを見抜く。
「《 フリーズランサー 》」
放たれた10本の氷の刃は、寸分違わず、すべてのゴーレムのコアへと同時に突き刺さった。
ガラガラガラ……と音を立てて崩れ落ちるゴーレムたち。
(……まずいな)
砂礫と化したゴーレムを見つめながら、ユノは強い不安感に襲われていた。
——恐れていたことが、今まさに起きようとしている。
(このままのペースで攻略していったら、普通の冒険者が10日以上かけるこのダンジョンを、おそらくは数日……下手したら1日でクリアしてしまうかもしれない……)
それは、通常の冒険者がまず考えもしないであろう、あまりにも贅沢で謎すぎる心配だった。
このダンジョンは、地上の役人どもを巻くための「時間稼ぎ」でもある。
街にはまだ自分たちの指名手配書が出回ったばかり。1日で出てしまっては、すぐに確保されてしまうだろう。
(これから先は、かなり意図的にペースを落とさないと……)
「メリッサ。ここらで一度、休憩にしよう。というか……極論を言えば、ここから数日間は何もしなくてもいいくらい」
ユノが真面目な顔で提案する。
「ええっ!? もう休むの? まだ始まったばかりじゃない。あなた、魔法の使いすぎでバテちゃったの?」
メリッサがつまらなそうにムスッとする。
(いや、バテるどころか魔力はほぼほぼ減ってないんだけど……)
ユノは心の中で呟きつつ、彼女の不満を逸らすために話題を変えることにした。
「じゃあさ、メリッサの剣技について教えて。興味がある」
「……いいわ。そういうことなら話してあげる」
ユノの真剣な体裁の言葉に納得したのか、メリッサは近くの岩に腰掛け、レイピアを愛おしそうに見つめた。
「私のスタイルは『グランド・チェス』。この流派は、私の師であるエレオノーラ先生によって生み出された。
誰も真似することができない、先生による、先生のための独自の剣技なの」
メリッサの口から、伝説の流派の全貌が語られる。
基本となるのは4つの型。
重い斬撃を放つ——重装兵《 ポーン 》
超高速の突進から放たれる神速突き——戦車《 ルーク 》
空を制する斬撃——騎士《 ナイト 》
変幻自在の回避とカウンターを仕掛ける——司教《 ビショップ 》
「先生は、戦いにおける奇襲や小細工なんてすべて蛇足だと考えていたわ。
この4つの基本だけで十分だと。
そして、奥義。戦場を縦横無尽に駆け抜けながら、狂気的なまでの超高速連撃を繰り出す——女王《 クイーン 》。
私は10年の月日をかけて、そのすべてを習得したわ」
メリッサはそこで一度言葉を切り、少し目を伏せた。
「……だけど、その先にある『秘奥義』だけは、私にはどうしても習得することができなかった。それを使えるのは、世界でエレオノーラ先生ただ一人だけだったのよ」
——白銀の女王。閃光の騎士。
かつて世界に轟いた、彼女を称える様々な二つ名。
名だたる高名な武闘家も、歴戦の戦士も、大魔導士も、そして名のある賢者すらも、彼女の剣技の前にはことごとく屈したという。
「先生はただ強いだけの人じゃなかった。誰よりも気高き魂を持った、本物の騎士だった。強きを挫き、弱きを助ける……私に本当の騎士道を教えてくれた人。
でもね……その先生も、4年前に亡くなってしまったわ。28歳という若さでね。先生は、私にとって永遠の伝説なの。その技を後世に伝えるのが、唯一の弟子である私の役目だと思っているわ」
言い終えると、メリッサは少し悲しそうに、そしてどこか懐かしむように虚空を見つめた。
(エレオノーラ・ヴァレンティア……か)
ユノは静かに彼女の言葉を噛みしめていた。
確かに、もし全盛期の彼女を相手に正面から戦うことになったら、大賢者である自分であれ、勝負の行方はどうなっていたか分からない。
彼女は、ユノにしてそう思わせるほどの、最強の騎士だった。
「その先生と、今のメリッサが戦ったら?」
ユノがふと問いかけると、メリッサはふふっと上品に笑った。
「私が勝てるわけないじゃない。私の剣技なんて、先生の足元にも及ばないわ。……でも、もし叶うなら、もう一度だけ先生と戦ってみたい。少しは成長した私の姿を、先生に見てもらいたいから」
そう言って、メリッサは立ち上がり、にっこりとユノに極上の微笑みを向けた。
レイピアの柄に手をかけ、その瞳に再び凛とした光が宿る。
「さあ、お喋りはここまで。次は私の番ね。ユウ、よく見ていてね? ——あなたに、私の女王《 クイーン 》を見せてあげるわ」
「……あ、うん。でも、もう少し休んでいかない?」
ユノの提案を華麗にスルーし、師への誇りを胸に、魔法戦士メリッサは再び、ダンジョンの奥深くへと歩みを進めるのだった。




