第74話 ☆潜在能力
王立天文台を目指し、二人はひたすらに北上を続けていた。
ユノの手がかりを求め、歩み続けるリゼ。
その隣には、退屈そうに空中を漂う火の最高位精霊イグニスの姿があった。
——しかし、平穏な旅路は、突如として破られる。
不気味な黒いローブを纏った集団が、岩陰から音もなく現れ、二人の行く手を阻んだ。
「黒の教団……!」
現れたのは、教団の幹部であるバリアルと、その手下10人ほど。殺気立った包囲網がリゼを中心に敷かれる。
「へえ、やっと敵のお出ましか。ちょうど退屈してたところだ。あたしがやろうか?」
イグニスがニヤリと好戦的な笑みを浮かべ、その周囲にパチパチと不穏な火花を散らせて戦闘モードに入る。
しかし、リゼはその前に静かに一歩を踏み出した。
「イグニスさん、私にやらせてください」
リゼの声は信じられないほど冷徹で、落ち着いていた。
その琥珀色の瞳には、確かな闘気が宿っている。
「そ。じゃリゼに譲る」
イグニスは面白そうに肩をすくめると、リゼに向かってパチンとウインクをしてみせた。
その瞬間、リゼの全身に真っ赤な炎のオーラが薄くまとわりつく。
火の精霊による補助魔法だ。
以前の自分であれば、黒の教団の幹部を前にしただけで、恐怖に足がすくんでいただろう。
しかし不思議なことに、今のリゼには恐れなど微塵もなかった。
それどころか、胸の奥からメラメラと熱い闘志が湧き起こってくるのを感じていた。
元来、好戦的な性格ではないリゼにとっては、自分でも驚くような感覚だった。
「ククク……肝心のユノはいないか。しかし好都合だ。弟子のリゼ、お前をここで始末しておいた方が、後々ユノを御しやすい。悪く思うなよ?」
幹部バリアルが勝ちを確信したように不敵な笑みを浮かべる。
以前黒の教団の幹部アデスが襲撃した際、リゼが手も足も出なかったことを知っていたからだった。
だが、今のリゼはあの頃とは明確に違う。
「来なさい。その薄ら笑み、すぐに消してあげるわ」
毅然とした態度。
以前のリゼからは到底想像もつかない、強烈な言動だった。
「生意気な小娘が! 死ぬがいい!」
バリアルの怒号と共に、黒の教団の構成員たちが巧みな連携をとりながら一斉に襲いかかってくる。
リゼは「ふう」と小さく息を吐き、愛用の杖を静かに構えた。
(なんだか、みんな動きが遅くないかしら……?)
不思議なほどに、敵の侵攻ルートも、魔力を練るタイミングも、手に取るように把握できる。
このとき、リゼは深く集中していた。
それは極限の集中といえる状態。『ゾーン』といわれる精神状態だった。
先ほどイグニスがウインク一つでかけた補助魔法の正体は、精神集中《 コンセントレート 》と魔力鋭化《 シャープネス 》。
これにより、術者の魔法の精度とキレは格段に跳ね上がる。
リゼの瞳から火花が散る。まばたき程の極小の時間。リゼはほぼ無詠唱のまま、杖の先から超高速の火球を連射した。
ドガァン!と爆音が響き、襲いかかってきた手下のうち二人が一瞬で炎に包まれ、吹き飛ばされて倒れる。
「なっ、なんだと!?」
一瞬で連携がわずかに乱れる。
残った手下の一人が慌てて防御の魔法陣を展開しようとし、同時に後方からバリアルの凶悪な闇魔法が発動する。
しかし、リゼはそれよりも早く、瞬時に体内の魔力を限界まで溜め、解き放つ。
「ハァッ!!」
凄まじい熱波が直撃し、展開されかけた防御魔法陣は構造ごと一瞬で焼失。その背後にいたバリアルも防御が間に合わず、爆炎に煽られて地面を転がった。
集中の極致にいるリゼは強い。魔力量、詠唱速度、反応、知識……すべて申し分ない。その実力は、並み居る賢者に勝るとも劣らないレベルといえる。
そもそもリゼは、大陸全土のエリートが集う最高難度の王都中央魔法学校を、堂々の首席で卒業した才女。
そして、あの伝説の大賢者ユノの唯一の弟子なのだ。
その潜在的な実力は、元から折り紙つきだったのである。
ただ、これまでは動揺や、心の乱れ、自信のなさが災いして、本領を十分に発揮できていなかったに過ぎない。
今のリゼには、一切の邪念も迷いもない。
これこそが、もともとのリゼの『本当の強さ』だった。
実戦において、越えるべき相手は、眼前の敵ではない。越えるべきは、心の中の自分自身。
そして、不安や迷いといった己の弱い心を完全に淘汰したとき、人は見違えるほど成長を遂げるものである。
戦いにおける戦略や戦術の要諦など、確固たる己の前には取るに足らないものなのだ。
最も重要なのは、いかに自分自身を信じられるか、である。
「ば、バカな……! 貴様、何者だ!? 本当にリゼなのか……!」
地面に伏せ、信じられないものを見る目で驚愕するバリアル。
リゼは冷ややかに彼らを見下ろし、容赦なく杖を天に掲げた。
「私は、リゼ。リゼ・アンブレスト」
毅然と言い放ち、その魔力を最大値まで高める。
「先生の、一番弟子よ!」
そして、最高位の炎魔法を唱えた。
「——《 エクスプロージョン・ノヴァ 》!!」
凄まじい閃光と共に、大爆発が荒野を包み込む。
爆風が収まったときには、黒の教団の姿は影も形もなく殲滅されていた。
戦闘が終わる。
あまりにもあっけない幕切れだった。
「お疲れー。やるじゃん、リゼ」
イグニスがあっけらかんとした調子で、パチパチと拍手を送る。
リゼは自身の右手の甲に浮かぶ、赤く輝く契約印をじっと見つめた。
「これが……イグニスさんの力……」
「いや。今のは正真正銘、あんたの力だよ。リゼ」
そう言うと、イグニスは珍しく、嬉しそうに笑った。
◇
それからほどなくして、二人は旅の経由地である次の町へと到着した。緊張が解けたせいか、リゼのお腹が小さく音を立てる。
「……お腹が空きましたね」
リゼは近くにあった賑やかな酒場へと入り、カウンターに腰掛けた。
「えーと、マスター。パンと、腸詰のソテーと……」
リゼが食事を注文しようとした、その時。イグニスが壁に貼られた一枚の紙を見つけて声をあげた。
「あれ? おいリゼ、これユノじゃねぇか?」
「え!? 先生!?」
リゼは身を乗り出して手配書に目を走らせた。そこには確かに、指名手配犯としてユノの似顔絵がデカデカと印刷されていた。
——だが、問題はそこではない。
ユノのすぐ隣には、これまた指名手配犯として、美しく凛々しい謎の女性の顔が並んで印刷されていたのだった。
「——って、ちょっと待ってください! 誰ですかこの隣の美女はァァァァァーーー!????」
酒場全体に響き渡るような声で叫ぶリゼ。
「さあ? 駆け落ちじゃねーの?」
面白がったイグニスがケラケラ笑いながら、容赦なくガソリンを注ぐ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!!!
突如として、リゼの全身から、先ほどの教団幹部との戦闘時すら遥かに凌駕する、禍々しいほどの漆黒の殺気と莫大な魔力が放出され始めた。
酒場のグラスがカタカタと震えだす。
「おおっ! すっげぇ! さっき戦った時よりも一段と魔力上がってんじゃん!」
イグニスが素直に感心する。
「私という……私という可愛い弟子がありながら……! 知らない女と恋の逃避行ですかあぁぁ!!」(※100%誤解です)
「……あ、あの、お姉ちゃん、注文は以上でいいのかい?」
リゼから放たれる規格外の威圧感に気圧され、冷や汗をダラダラと流した酒場のマスターが怯えながら話しかける。
「注文……?」
完全に目が据わった「黒いリゼ」が、地を這うような声で静かに呟いた。
「……蒸留酒を……ボトルで持ってきなさい!!」
「ひぃっ! た、ただいま!」
こうして、お酒がめっぽう弱いリゼによる真昼間からの大荒れのヤケ酒がおっ始まるのだった。




