第73話 ★古代ダンジョン
二人がたどり着いたその場所は、交易都市『バロール』。
大陸の物流の要とされる大都市の一つである。
運河や港がない、内陸に位置するこの街が異常なまでの活気を見せ、栄え続ける理由——
それは、一攫千金や名声を求めて地下迷宮攻略を目指す冒険者たちが、大陸中から集まる立地にあるからだった。
周辺には無数の、そして大小様々なダンジョンが点在しており、それに伴って数多くの冒険者ギルドが軒を連ねていた。
そんな中、ひょんなことから——というか、指名手配から逃れるためのメリッサの苦しまぎれの嘘から、ダンジョン攻略へ挑むことになったユノとメリッサ。
酒場で最低限の簡単な食事を済ませた二人は、さっそく街の一角にあるダンジョン管理のギルドへと向かい、職員のお姉さんに会いに行くことにした。
「あなたたちが、高難度のクエストに挑むという冒険者たちね。酒場の主人から話は聞いたわ。本当に命懸けのクエストになると思うけれど、大丈夫?」
受付のカウンター越しに、ギルド職員のお姉さんが心底心配そうな表情で二人を見つめる。
「ええ、問題ありませんわ。どんな逆境であれ、それを乗り越えてこそ。その過酷な道のりの先にこそ、私たちの真の愛があるのですから」
メリッサはまだ完璧に「駆け落ちの恋人」という役に入り込んでいた。堂々たる演技力である。
「ああ。……まあ、そうね」
ユノは完全に生気のない、気のない返事をした。
(もういいや……。何とでも言ってくれ……)
内心は半分ヤケクソである。
隣でテラリアがまだ少し不機嫌そうに気配を尖らせているのも、ユノの精神的な疲労に拍車をかけていた。
「ふふ、熱いわね。それじゃあ説明するわ」
ギルドのお姉さんはコホンと咳払いをし、地図を広げた。話が早くて助かる。
「このダンジョンは、古くから『試練』と呼ばれている未踏破ダンジョンよ。最深部は30階層まであるとされているわ。現れる魔物も、仕掛けられている古代の罠も、かなり危険。
通常なら、熟練の4人パーティで挑むのが鉄則のクエストなんだけど……二人は愛の力で乗り切るのね!」
お姉さんが力強くぐっと拳を握る。
「ちなみに、30階層をクリアすると何かあるの?」
ユノが淡々と質問を挟む。
「お宝がある、と言われているわ。なんでも、最深部に到達した者が『絶対に手に入れたいもの』があるらしいの。でも……」
お姉さんの表情が、急に暗く曇った。
「でも?」
「まだ、誰もクリアした人はいないのよ」
「それって、30階層から生還した人が誰もいない、ということかしら?」
メリッサが問い詰めると、お姉さんは重く頷いた。
「そういうこと。だから、命が惜しければ29階層までで引き返すことを強くお勧めするわ。ちなみにクエスト攻略には、一流の熟練冒険者でも最低10日はかかるわ。
数ヶ月かけて挑む冒険者もいるくらいよ。一応、ダンジョン内には魔力を回復できる聖域や、安全に休めるキャンプ地があるから、無理はしないでね」
◇
——街の近郊。
人目もあるため、二人はそそくさと案内された薄暗いダンジョンの入り口へと入っていった。
「じゃあ、頑張ってね! 二人で手を取り合って、真実の愛を掴み取るのよ!」
ギルドのお姉さんは、最後まで二人の身分を怪しむ様子もなく、笑顔で熱い声援を送ってくれた。
(——女ってやつは、本当にこういう色恋沙汰に弱いんだな)
ユノは歩きながら、心の中でそんな偏見混じりの感想を抱いていた。
「……ふぅ。なんだか、妙なことになってしまったわね」
ダンジョンのひんやりとした空気に包まれ、ようやく役を解いたメリッサが、苦笑いを浮かべながらレイピアの柄に手をかける。
「……まったくだ」
ユノが大きくため息を吐く。
だが、ダンジョン内で10日程度——冷静に考えれば、ここで焦って地上を闇雲に移動するのも得策ではない。
現在の自分たちは、あの特別執行官レーヴェンによって仕立て上げられた国家の指名手配犯であり、お尋ね者だ。
しばらくこの危険なダンジョンに深く潜って、地上のほとぼりが覚めるのを待つというのは、隠れ蓑として悪くない選択肢だった。
追っ手側の魔導省の役人どもも、さすがに未踏破の危険な古代ダンジョンの中まで、命を懸けて追っては来られないと考えていい。
「——さっそくお出ましね。ユウ、ここは私に任せて」
前方の暗闇から、おぞましい唸り声と共に、そこそこ危険度の高そうな大型の魔物たちが数体、這い出てきた。
メリッサが鋭い足取りで前に出る。
そして、独特の戦闘体勢に入った瞬間——ユノの黒い瞳が、大きく見開かれた。
(……っ、この構えは……!)
メリッサは、細身のレイピアを自身の身体の正面、正中線に沿って垂直にぴたりと構えていた。
無駄な力が一切抜けた、しかし一分の隙もない、あまりにも美しく独特なその構え。
ユノはこれとまったく同じものを、過去に見たことがあった。
「——戦車《 ルーク 》」
メリッサの姿が、一瞬でかき消えた。
速い。魔法による身体強化の比ではない。純粋な体術と踏み込みだけで、彼女は一瞬にして魔物の目の前へと肉薄していた。
しなやかに伸びる右腕。そこから放たれたのは、目にも留まらぬ神速の突き。
ドガァァァン!と重々しい衝撃音が響き、巨大な魔物の身体が、まるで大砲の直撃を受けたかのように遥か後方へと吹き飛んで壁に激突した。
「重装兵《 ポーン 》」
流れるようなステップのまま、今度は一転して、鋭く重い斬撃が翻る。
レイピアとは思えないほどの超高密度の魔力が刃に宿り、もう一体の魔物の巨体を一太刀で真っ二つに引き裂いた。
軽やかなフットワーク、一切の淀みがない洗練された一連の動き。優雅で、美しく、そしてしなやかで力強い。
(間違いない……。この剣術は……)
それはかつて、大陸で『伝説の女流騎士』と謳われた、エレオノーラ・ヴァレンティアが編み出した完全オリジナルの流派——『グランド・チェス』。
その剣技は、この広い大陸においてかつて無敵・無敗と言われた。最強にして至高の剣術だった。
ユノもその昔、一度だけ彼女が戦う姿を見たことがあった。
エレオノーラとユノは、同い年。当時18歳だった。そのときは、魔法こそが至高と信じて疑わなかった若き日のユノでさえ、彼女の戦いには思わず目を奪われ、魂を揺さぶられた。
これほどまでに美しく、完成された戦いが、剣の世界にあるのか——と。
模倣は不可能と言われた剣技。大陸に彼女と同じ我流剣術の使い手はいなかった。
つまり、目の前で息を整えているこのメリッサは——あの伝説のエレオノーラの後継者ということになる。
静かに剣を引き、魔物のチリが消え去るのを見届けたメリッサ。これだけの魔物を瞬殺しておきながら、彼女にとってはウォーミングアップにもなっていない、といった様子だった。
「……驚いたな」
ユノは本当に驚いていた。
あれだけのキレと精度。並大抵の努力では到達できない領域だった。
メリッサはレイピアを鞘に収めると、振り返ってふふっと誇らしげに笑った。
「さあ、私の実力、少しは信用してくれたかしら? 次のステージへ行きましょう、ユウ」
思わぬ大物の血を継ぐ存在に、ユノは「しばらくは退屈しないで済みそうだ」と小さく笑みをこぼし、彼女の後に続いて古代の深淵へと足を踏み入れるのだった。




