第72話 ★脱獄(後編)
半時間ほどの贅沢な休憩を経て、テラリアの索敵を頼りに警戒しつつ再び走り、二人はようやく大きな規模の街へと到着した。
時間は午前。街にはまだ朝市の活気が残っており、大勢の人々で行き交っている。
「人混みに紛れて体勢を整えるわよ。まずは情報収集。酒場に行きましょう」
さすがは場数を踏んできた冒険者。メリッサはノウハウを心得ており、手際がいい。ユノは彼女の案内に任せて後ろをついて行った。
街の酒場に足を踏み入れると、昨日の夜からずっと飲んだくれているであろう荒くれ者の男たちが、赤ら顔でまだ大騒ぎしていた。
ユノたちがカウンターの隅に座ろうとした、その時。
「ん? ……おい、あれ? あんたら……これにひどく似てないかい?」
一人の酔っ払いの男が、酒場の壁、一枚の紙を指差した。
「手配書!?」
ユノは思わず目を剥いた。
そこには、昨晩脱走したばかりのユノとメリッサの顔が描かれた指名手配書がバッチリと張り出されていたのだ。
(——早すぎる。もうバレたか。それにしてもデザプリの地上部隊に動きはなかったはず……。
とすると、伝書鳥か、あるいは魔導省の『魔導式飛空体』で上空から先回りされたか。
やられたな……)
さすがのテラリアの索敵も、空を飛ぶものまでは捕捉できない。
酒場の男たちの視線が一斉にユノたちに集まり、不穏な空気が流れ始める。
「……話を合わせて!」
メリッサがガシッとユノの腕を掴み、至近距離で鋭く囁いた。そして、一転してわざとらしいほど可憐な笑顔を作り、酒場の男たちへ向けて声を張る。
「これはただの他人の空似よ! 私たちは将来を誓い合った仲。大陸の高難度クエストを乗り越えて、二人の愛を本物だと証明するために、各地を旅してるの。
……ねぇ、どなたか、ダンジョンを管理しているギルドの職員さんのところへ案内してくれないかしら?」
「…………は?」
ユノは完全に呆気にとられた。何だその急ごしらえの設定は。
しかし、単純な酔っ払いたちは、メリッサの演技にコロリと騙された。
「なんだぁ! なんだよ、あんたら結婚するのか! 駆け落ちか?!」
「ヒューヒュー! だったらさぁ、お熱いところを見せてくれよ! 本当に愛し合ってるってんなら、ここでキスして見せろよ!!」
一人の男が叫ぶと、酒場全体がドッと沸いた。
「「「キース! キース! キース!」」」
完全に悪ノリした酔っ払いたちによる、凄まじいキスコールが巻き起こる。
「キキキ、キスぅぅーーー!???」
先ほどまで凛々しかった魔法戦士メリッサは、一瞬で顔面を真っ赤に染め上げ、露骨に狼狽しだした。
実は彼女、これまで剣と魔法の修行に人生のすべてを捧げてきたため、男性とキスをした経験などただの一度もなかったのだ。
「やれやれ……」
ユノはため息を吐くと、場の空気を壊して怪しまれないよう、観念してメリッサの顔へとゆっくり唇を近づけた。
至近距離で見るユノの顔は、悔しいほどに整っていた。
(え、ちょっと待って……カッコいい。ていうか、すごく私のタイプかも……。でも、まだ知り合ったばかりだし、心の準備が全然——!)
メリッサの脳内は大パニックを起こし、顔から火が噴き出しそうになっていた。
ユノの吐息がすぐ近くに迫る——
——その、刹那。
ドゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!
突如として、街全体を揺るがすような凄まじい激震が走った。
酒場のテーブルがひっくり返り、酒瓶が割れ、酔っ払いたちが「うわあああ! 地震だぁあ!」と大慌てで外へと逃げ出していく。
「……て、テラリア?」
ユノは呆気に取られて呟いた。
(ユノ……。あんな女の人と、キスしちゃダメ……!!)
脳内で、普段は物静かなテラリアが、見たこともないほど頬を膨らませて、激怒していた。
「な、何だったのかしら、今の地震……」
命拾いしたメリッサが、真っ赤な顔のまま胸をなでおろす。
こうして、指名手配された魔法戦士メリッサと、正体を隠した大賢者ユノ、そしてちょっぴりやきもち焼きな地の精霊テラリアによる、前途多難なクエストが始まった。




