第69話 ▲音楽の都
シルフィの案内により、ルカはついに音楽の都『ハーモニア』へと辿り着いた。
広大な大陸横断の旅において、これが二人にとっての最初の旅の目的地への到着であった。
ここは風の精霊を祀る、光と風が踊る美しい都。
陽気な雰囲気が町全体を満たしており、大通り、路地裏、テラス席、あらゆる場所から美しい楽器の音色や歌声が聞こえてくる。
精霊は通常、人間の目には見えないが、この町では心地よい風のゆらめきやリズムとして、人間たちはその存在を確かに感じ取って共生しているのだ。
「あたし、この町大好き♪」
故郷ともいえる場所に帰ってきたシルフィは、嬉しそうに空をくるくると舞い踊る。
そんな陽気な音楽と町の空気に乗せられ、ルカもまた、じわじわとテンションが上がってきたようだった。
「なんだか、僕も楽しくなって興奮してきました! ……シルフィさん、生配信始めてもいいでしょうか?」
そう言うや否や、ハーフマスクとマントを用意し、勝手に上着のボタンに手をかけて脱ごうとするルカ。
「絶対やめて!!! 一応あたし、この町ではめちゃくちゃ崇められてる神聖な存在だから! お願いだからこの町では問題を起こさないでぇ!?」
シルフィは涙目で全力の懇願を叩きつける。
そんないつも通りの不穏なやり取りを経て、二人は町の奥へと進んでいった。
ルカとシルフィが街の中央広場に差し掛かると、そこには無数の精霊たちが空中に集まっていた。
精霊にも厳格なランクがある。
意志を持たない粒子のような精霊、下位精霊、意志を持つ中位精霊、上位精霊、世界に数体しか存在しない聖獣・幻獣たる高位精霊。
そして、その頂点に君臨するのが、目の前でギャル風に浮遊しているシルフィなのだ。
「あ! シルフィだ!」
「シルフィが帰ってきた!」
シルフィの姿を認めた精霊たちが、一斉にわっと騒ぎ出す。
「久しぶりー♪ みんな元気にしてたー?」
シルフィは眷属たちに囲まれ、楽しそうに話を弾ませていた。
一方その頃、ルカは広場のベンチに座り、お気に入りの魔導機『撮影くん』の入念なメンテナンスを行っていた。
すると、すぐ近くで明らかに二進も三進もいかない様子で「あー、困った困った」と頭を抱えている人たちが目についた。
それは、これから演奏を行うらしい、楽器を携えたプロの音楽団であった。
【ユノ大先生語録第0001番】
——「助けてやれ」
これはルカのノートに記された、記念すべき第一号の語録だ。
困っている人がいれば助ける。人として当然のことをしろという、ありきたりだが、実に味わい深い言葉である。
ちなみに、この言葉が生まれた背景はこうである。
当時、ユノが魔法学校で受け持っていた授業「実戦模擬演習」は魔力消費がハンパなく、あまりのキツさから生徒たちの間で『地獄の演習』と恐れられていた。
そのため、各自ポーションを持参し、回復しながら演習を乗り切るのが通例だった。
しかしそんな中、一人のわんぱくな生徒が「早弁」ならぬ「早ポーション」してしまい、ユノの授業開始時点でポーションがすっからかんになっていた。
当然、演習の途中で魔力切れを起こし、泡を吹いて倒れるわんぱく君。そんな自業自得なわんぱく君を見かねて、ユノが周囲の生徒たちに呆れ果ててかけた言葉こそが、「おい、誰か助けてやれ」であった。
ルカはその歴史的瞬間(※ただの不憫な生徒への救済)をも完璧に脳内に録画し、慈愛に満ちた教えとして昇華させていた。
「どうしました? 何かお困りですか」
ルカが音楽団に事情を尋ねると、団長が焦った様子で答えた。
「ああ、実は今日は月に一度の、風の精霊たちに音楽を捧げる重要な日なんだ。
それなのに、うちのメインの提琴奏者が突然行方不明になってしまって……。
代わりが見つからず、このままでは精霊様たちをがっかりさせてしまう……!」
「なるほど。では、僕がその代役をやりましょう」
「えっ!? 君がかい!?」
ルカは幼少期、ウェイン家の跡取りとしてひと通りの苛烈な英才教育を受けていた。そのため、提琴を弾くくらいどうということはない。
そして、その演奏はプロ顔負けと言って差し支えないレベルであった。
ルカは団員から楽器を借りると、簡単な音合わせをし、楽譜をペラペラと確認した。
「……ええ、問題ありません。行きましょう」
そして、迎える本番。
広場に設置された特設ステージに、音楽団とルカが上がる。精霊たちも最前列に集まってきた。
「って、なんであの変態がステージに立ってるのよォ!?」
精霊たちと並んで見守っていたシルフィは、飛び上がってビックリした。
シルフィはこう見えて、『音楽』には非常にうるさい。
(あの男、まさか提琴なんて演奏できるわけ……)
——厳かに演奏が始まった。
ルカはこともなげに、極めて優雅な動作で提琴の弓を引いた。
紡ぎ出されたのは、優しく、それでいて力強い、風を呼び起こすような美しい旋律。
(なによ……こいつ、嘘でしょ……めちゃくちゃ上手いじゃない……!)
シルフィはその圧倒的な才能と音色に、息を呑んで驚嘆した。
陽光を浴びて輝く端正な顔立ち。一切の無駄がない完璧な指の動き。そして、何よりも音楽に打ち込むその真剣な眼差し。
普段の変態としての姿からは想像もつかない、あまりにも劇的なギャップ。
それが、ルカの本来持っている高い魅力を、これ以上ないほど引き立てていた。
「トゥクン……!」
シルフィの胸の奥から、何故かときめきの効果音が発せられる。
(って、なに今のトゥクンって!? いや、おかしいおかしい!! 勝手に変なSE付けないでよね! あたしがあいつにときめくわけないでしょ、世界が滅んでもあり得ないわよ!!)
シルフィは赤くなった顔を隠しながら、誰に対してともなく心の中で激しくツッコミを入れた。
やがて演奏は大成功のうちに幕を閉じ、広場は精霊たちと人間たちの割れんばかりの拍手と大歓声に包まれた。
ステージを降りてくるルカに、シルフィも少しだけ顔を赤くしながらパチパチと拍手を送る。
(……まぁ、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ見直したわよ)
そんな盛り上がる広場の様子を、遠くの建物の屋根の上から見下ろしている、一人の男がいた。
羽根つきの帽子、腰差し、派手な衣装を身に纏い、手元で小さな竪琴を弄ぶ吟遊詩人。
「んっん~♩ 面白い子が現れたねぇ」
男は怪しく目を細め、ルカの姿を凝視しながら、ニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
音楽の都ハーモニアに響く美しい旋律の裏で、新たな波乱の足音が、静かに近づきつつあった。




