第68話 ◇狂気(後編)
このゲームの本質は、いかに手役をあがるかではない。
——いかに相手を勝負の舞台から引き摺り下ろすか、である。
心の折れた人間の心理は、想像するに易い。
勝ち急ぎ、楽な方、安易な方へと思考が流される。
あえて、イカサマを使わせる。それをしなければならない状況へと導き、逆手に取る。
天性のギャンブラーであるフィオナは、その勝利への方程式を熟知していた。
その後も、カードを見ないまま無慈悲にレイズを続けるフィオナ。
バロンには最初の取り決めがある。すなわち、どんな手役でも決して降りることはできない。
1チップ100万ゴールドという常軌を逸した超高額レート。
だが、フィオナは大陸でも指折りの資産家である。まだまだ余力がある。
一方、バロンはいよいよ後がない。すでに賭け金は、バロンの総資産に匹敵するほどの天文学的な額に達していた。
「も、もうこれ以上は出せない……! 財産が底を突く……っ!」
「あらそう? じゃあ、これくらいで許してあげるわ。コールよ」
バロンはすでに精神的に崩れ落ちそうだった。
負ければ破産。
だが、最後のドローで最高役さえ引き入れれば、少なくとも負けは無い。
狂気の沙汰といえる、このイカれた勝負から生還できる。
バロンの思考にはこのとき、最高役を引き入れる以外、選択肢がなかった。
「私はスタンドパット(交換なし)よ。さっさとドローしたら?」
「……くっ!」
(最強のカードを3枚よこせ!!)
バロンは、死に物狂いでディーラーに葉巻を使ってサインを出す。
そして、ディーラーが、カードを配ろうとしたその刹那——
「《 グラビティ・バインド 》」
フィオナの静かな呟きと共に、ドンッ!!という凄まじい衝撃音が会場に響いた。
「ぐあああああーーーっ!?」
ディーラーの右手が、テーブルへと叩きつけられる。
フィオナはおよそ50倍の重力をディーラーの右手にかけていた。
頑丈な木製のテーブルに手がメリメリと沈み込む。
同時に、ディーラーの袖口からバラバラとカードが溢れ出る。
それは、あらかじめ仕込まれていた、魔法が使えないときのための『すり替え用のカード』だった。
そのカードと、バロンの手札を合わせればロイヤルフラッシュ——ドローカードにおける、最高役が完成する。
イカサマの動かぬ証拠が白日の下に晒されたのであった。
「あら、これは何かしら? 」
フィオナが白々しく、くすくすと笑う。
「あ、ああ、あああ……っ!」
ディーラーとグル。言い逃れのできない状況。
会場のギャラリーもざわめき出している。
完全に追い詰められ、すべてを失ったバロンは半狂乱になり、懐から隠し持っていたナイフを取り出した。
「このアマ、ぶっ殺してやるぅぅうう!」
狂乱状態でフィオナに襲いかかるバロン。
——パチン。
フィオナが気だるげに指を鳴らす。
ズガアアアンッ!!!
カジノの床が激しく陥没した。バロンの巨体が、まるで目に見えない巨大な鉄槌に叩かれたかのように床へと叩きつけられる。
かけられたのは、およそ100倍の重力——
身動き一つ取れず、床に顔をめり込ませるバロン。
フィオナは優雅に歩み寄ると、ピンヒールでバロンの頭を容赦なくギュウと踏みつけた。
「火遊びは大概にすることね、坊や」
バロンは全身の骨が砕け、泡を吹いて気絶していた。
「あら、やりすぎたかしら?」
フィオナはバロンの頭を踏みつけたまま、背後で震えていた、若い女性へと視線を向けた。
「それからあなたも、ギャンブルはもうやめなさい。——向いてないわ」
「は、はいっ……!!」
そこへ、ミリアたち魔導省捜査局の局員が一斉に突入してくる。
「お見事です、フィオナ様」
ウンディーネがミリアたちを引き入れたのだ。
「ミリア、あとはあなたたち捜査局の仕事よ。これで監視局のレーヴェンとかいう男の鼻も明かせるんじゃない?」
「先輩、本当にありがとうございます! 馬車はもう最高級のやつを手配させましたから!」
フィオナは踏みつけていたバロンから足を離すと、伸びをしてドレスの裾を整えた。
「さーて、私はもう少しこのカジノで遊んでいくわ。ミリア、今夜のホテルの最高級スイートルームを手配しておいて頂戴?」
「ええっ!? 先輩、まだ私を使うんですか!? 人使い荒すぎですよぉー!」
ミリアの絶叫を受け流しながら、フィオナとウンディーネは、再びカジノの光の中へと優雅に戻っていくのだった。




